新防具と討伐依頼


 武具商店は傭兵ギルドのすぐ近くに何軒も看板を掲げて建っていた。

 そこの通りを歩きながらアリアが呟き、ケイルがそれに返事をする。


「近くとは聞いてたけど、ほぼ真向かいなのね」


「傭兵達の武器や防具の整備を行う場所として利用し易くする為に、近くに建ててるんだろ」


「いっそ、ギルド内に設ければいいのに」


「広さがあれば、それも良いんだろうけどな」


「そういえば、マシラのギルドより随分と小さく感じるわね」


「実際に小さいぞ。マシラの三分の二も無いかもな」


 そんな会話をアリアとケイルは交えながら、武具商店を選ぶ。

 アリアの目に止まったのは、工房を備えた店ではなく、商品が並び見せられているだけの店。

 その中に淀みも躊躇も見せずアリアは入り、他の三人もそれに付いて入店した。


「いらっしゃいませー」


 武具店の店員が入店したアリア達に挨拶すると、軽く会釈をしてアリアが商品を見ていく。

 そして他の三人も並べられる武具を見ると、僅かな違和感を宿した。

 実際にケイルが手に取り防具を触ると、違和感の正体を明確にさせた。


「……この防具、見た目は鉄っぽいけど違うな。でもそこそこ硬いのに木製の物より軽い……。なんだ、これ?」


「この店の防具は全て、他の材料を溶かして樹脂と混ぜ合わせて固めた合成樹脂で出来てるの。鉄より耐久性は落ちるし熱に弱くなるけど、木製の物より柔らかくてしなやかなのよ。重量は鉄の十分の一以下で、木製の三分の一以下だわ」


「へぇ。随分と便利な素材があるんだな」


「皇国で普及し始めたのは五年くらい前だから、まだ知名度は低いのよね。皇国は技術躍進は四大国家の中で随一と言われてるから、いつか鉄製や木製の防具は時代遅れになって、こういう軽量化素材が強化されて様々な物が作られて行くはずよ」


「……うげ。でもこれ、値段が普通の防具より十倍近く高くねぇか?」


「皇国だけでしか波及していない技術と人工素材だし、製造方法も皇国の職人以外には極秘なのよ。高くて当たり前だわ」


「……だから誰も寄り付かねぇんだな」


「そうね。普通の傭兵なら木製や鉄の方が安心できるでしょうからね。ここは皇国貴族が経営してる合成樹脂専門の武具店なの。防具の試作と耐久実験も兼ねてるらしいわ」


 ケイルの疑問にアリアは答え、全員が改めて売られている物を見て触っていく。

 従来の防具より軽く柔らかい防具に違和感を覚える三人に、アリアは装備を見ながら話し掛けた。


「自分が欲しい防具を見つけたら、まとめて買いましょう。ちゃんとサイズが合うか試着してね」


「分かった」


「僕も見よー!」


「……やっぱ皇国は、金銭感覚が狂っちまうな」


 それぞれが反応して散らばり、店内に飾られる防具を見ていく。

 そしてマギルス以外の全員が選び試着した防具を、そのままアリアは購入した。


 エリクは黒い色合いの物を選び、腕回りの補強具や肘や膝などの関節部分と腰と胸の防具を購入する。

 ケイルは分厚い服の下に胸と足回りを補強する防具を購入した。

 アリアも間接部と手足を覆い守れる防具を買い、全てを合わせて購入金額は金貨百枚に達した。


「お金は回してこそ有用な物で、溜めててもしょうがないでしょ? それに、こういう時だからこそお金を使わないと、いざという時に必要な物を購入出来るチャンスを逃しちゃうじゃない?」


 会計時にケイルの渋い表情を見ながら、アリアは白金貨を取り出して力説する。

 微妙な説得力を持つ言葉にケイルは軽く溜息を吐き出し、そのまま全員で店を出た。

 一通りの格好が出来上がると、アリアは話を進めた。


「マギルスは、本当に何も要らないの?」


「うん。僕に合いそうなの無かったし。動くのが逆に邪魔そうだったし」


「そうね、子供用の保護具も売り出せばいいのに。それじゃあ次は、武器屋に行く?」


「アタシはいい。得物には問題ねぇし」


「俺も、大剣に問題は無い」


「僕の鎌もー!」


「私の杖も特に問題無いし、武器屋はいいのかしらね。……となると、次は……」


「傭兵ギルド!」


「……分かったわよ、行けばいいんでしょ。ケイル、本当に大丈夫なのよね?」


「行く分には問題は無いと思うぜ。……あぁ、ただ……」


「ただ?」


「ここの傭兵ギルド、傭兵の入り口と客の入り口が違う場所なんだ。あそこの入り口は依頼主や役人専用で、裏手に傭兵専用の入り口がある」


「へぇ。マシラとは違うのね?」


「ああ。だから、ちょっと面倒臭い」


「?」


「まぁ、付いて来いよ。行けば意味は分かると思うから。ガキが二人も行くんだから、覚悟しとけよ」


 そう諭し話すケイルの言葉に、アリアとマギルスは不可解な表情を浮かべる。

 逆にエリクは何かを察し、表情を僅かに強張らせた。

 ケイルに付いて行く三人は傭兵ギルドの裏手に回り、大門が構える入り口を通った。


 その先に広がる光景に、アリアは僅かに驚いた。


「……」


 傭兵ギルドの傭兵側受付は、そこで飲食や素材の買取が出来る場が整っていた。

 その中に傭兵達が集まり、飲食しながら何かを盛んに話し合っている。


 しかし入り口を通った四名に気付くと、厳つい表情を見せる無数の兵士達が無言で睨む。

 その中には、アリアとマギルスを見て軽蔑の表情や馬鹿にした笑みを浮かべる者達もいる。

 今までに無い傭兵ギルドの様子に、歩き進むケイルにアリアが小声で話し掛けた。


「……なるほど。そういうことね」


「そう。ここは皇国の中心で、この大陸で腕利きの傭兵達が集まる場所だ」


「値踏みされてるって感じね」


「お前等はここでは新参だからな。階級の高さや強さなんて関係無く、傭兵としての知名度が無いんだ。しかもガキを二人も連れてれば、舐められるのは当たり前だと思え」


 そうした忠告を改めて伝えるケイルが、受付の前まで辿り着いた。

 受付をするのは傭兵達と同様に厳つい表情と体格をした中年男性。

 ケイルはその受付に話し掛けた。


「登録更新をしたい」


「……認識票を出しな」  


 ケイルは無言で認識票を出し、他の三名も認識票を出す。

 それを受付は受け取り、僅かに驚く顔を見せてアリアを見た。


「……その女が二等級? しかも傭兵になって三ヶ月ちょいだと……?」


「何か問題でも?」


「大有りだな。何処のギルマスだ、こんなガキを二等級に昇格したのは……」


「ドルフという人ですが、文句はそっちに言ってもらえません?」


「ドルフだと!?」


 受付がドルフの名を聞いた途端、驚愕の表情と声を浮かべる。

 怪訝な表情を見せるアリアは、訝しげに聞いた。


「お知り合いですか?」


「ここの傭兵でドルフを知らねぇ奴なんてのは、新米だけだ。……仕方ねぇ、ちょい待ってろ」


「……何なの? あれ」


 受付の様子が変わった事にアリアは疑問に思い、ケイルに聞く。

 ケイルは軽く考え、思い出した事をアリア達に伝えた。


「……そういえは、あのギルマスがドルフだったのか。すっかり忘れてた」


「どういうこと?」


「少し名の知れた傭兵だったんだ。『影』の凄腕魔法師ドルフ。十年前近く前までは前線で活躍してたはずだ」


「ふぅん。あの人、やっぱり有名人になってたのね」


「やっぱり?」


「当時の帝国魔法学園では成績上位者で、闇魔法の使い手として将来を嘱望されてたのよ。実際に魔法を見たけど、アレほどの影を駆使した闇属性魔法に卓越した人は今まで見た事は無かったし。ターナー男爵家が潰れなければ、今では帝国魔法師として闇魔法の権威も担えてた人材でしょうね」


「元貴族の魔法師だったってワケか。お前が褒めるくらいなら、相当な使い手なんだな」


「ええ。ドルフは四つの構築式をマルチキャストして影の魔物を生み出してたわ。私は闇属性魔法はそこまで得意じゃないから、マルチキャスト出来ても二つから三つが限界よ」


「マルチキャスト?」


「複数の構築式を使って魔法を行使すること。私は得意な属性魔法だったら十個の構築式をマルチキャスト出来るけど、不得意な属性だと二つから三つが限界。まぁ、四つ以上マルチキャスト出来るだけで十分に優秀な魔法師なんだけどね」


「……化物自慢か?」


「ドルフは優秀だって話よ。私的には、気に食わない人だったけどね」


 東港町でのドルフを思い出し、アリアは嫌そうな表情を浮かべる。

 そんなアリアの話を聞かされたケイルは溜息を吐き出し、受付が戻るのを待った。

 その間にもアリア達を睨み観察する視線と共に、小馬鹿にしたような会話も聞こえてくる。


 ケイルとアリア、そしてエリクはそれに対して気にする素振りは見せない。

 しかし、マギルスだけは遠巻きに聞こえる自分達の悪口に次第に我慢が出来なくなっていた。


「アリアお姉さん。あの人達、首取っていい?」


「ダメ。少しは我慢しなさいよ」


「だってあの人達、どう見ても僕等より弱そうなのに、何であんな偉そうなの?」


「自分達の方が強いと思ってるからよ」


「じゃあ、やっぱり首取っていい?」


「ダメ。適当な依頼を探したらすぐ出るから、厄介事は起こすんじゃないわよ」


「むー……」


 不貞腐れるマギルスを宥め、アリア達は受付の男を待った。


 そして数分後。

 受付の男が全員の認識票を持って出て来ると、それぞれに投げ渡して返却した。


「全員の更新は済んだぞ。他に用は?」


「仕事を探しに来た。出来れば護衛関連じゃなく、魔物か魔獣の討伐がいい」


「なら、あっちの掲示板を見て来い。未達成依頼を載せてる」


「はいよ」


 受付から掲示板の場所を聞き、一行は掲示板の前まで移動する。

 エリクは周囲に視線を向け、マギルスは憮然とした面持ちでその隣に立つ。

 そして掲示板を見ていたアリアとケイルが、載せてある依頼内容を見ながら話し始めた。


「ケイル。魔物や魔獣の討伐依頼って、どうやって受けるの?」


「基本的には、掲示板に張り出されてる依頼の場所に行って獲物を倒して証拠になる戦利品を持ってくればいい。その後に傭兵ギルドの調査員が現場に行って、依頼主と一緒に討伐が成されていると確認出来たら報酬が貰える仕組みだ。すぐに報酬金額を貰いたかったり討伐した獲物の素材を売り捌くなら、自前の荷車か傭兵ギルドに配達人を同行させて運搬してもらう事も出来る」


「基本的じゃない場合は?」


「ギルド側が危険と判断した魔獣は等級の高い傭兵チームが名指しで指名される。手に負えない場合は軍と協力して出動する場合もある。あと、五等級から四等級の奴は下級魔獣から上の討伐依頼は受けれないな。今のアタシ等には関係ねぇけど」

 

「そうなの。……意外と多いわね。張り出されてる未達成の討伐依頼」


「冬場だからな。ここの連中みたいに温かい皇国内に留まって依頼が滞ってるんだろ」


「『雑種鼠ワイルドラット』『雑種狼ワイルドウルフ』『大烏ビッククロウ』『野生大猪ワイルドビックボア』『大蚯蚓ビックワーム』。ここら辺は一般的ね。他には――……!?」


「……ん、どうした?」


 アリアはこの時、一つの魔獣討伐依頼の張り紙に注目する。

 停止したアリアに気付いたケイルが、同じ張り紙に目を向けた。


「なんだよ、『大斑蛇スポットスネーク』の討伐依頼か。それがどうしたんだよ?」


「……ここ。蛇の特徴が書いてあるの」


「ん? ……茶色の鱗に斑の黒い模様が浮かんだ斑蛇の目撃情報有り。脱皮が放置されているのも確認。……それがどうしたんだよ?」


「依頼書では魔物扱いにされてるけど、黒の斑模様が浮かぶ大蛇は最低でも下級魔獣よ」


「それが?」


「他の依頼と見比べれば分かるわ」


「見比べる……?」


「魔物や魔獣討伐の依頼が出されている地域名と、斑蛇が目撃されている地域名の情報よ」


「……半分以上、重なってるな」


「一定の地域に留まった魔物や魔獣の討伐報告がなされていないまま、放置されてる。……危険かもしれない」


「危険?」


「この依頼の中で、攻撃的で捕食性を優先する危険な魔獣は、討伐依頼書を見る限りでは斑蛇だけ。もし斑蛇が魔物や魔獣達が蔓延る地域を狙って移動して来たんだとしたら……」


「……どうなるんだよ?」


「魔物と魔獣を捕食した斑蛇が進化する。下手をすれば繁殖さえしてる可能性さえあるわね。……上級魔獣になると群れを成し始めるし、蛇型の魔獣なら被害は町一つを簡単に潰す脅威にもなるわ」


「でも蛇だぞ? 冬場なら冬眠に入るだろ」


「依頼に張り出されてる日付を見て」


「……最近だな。二十日前か」


「普通なら冬眠に入る時期なのに、そうしていない。冬眠する必要が無いほど代謝し体温を暖めた状態で、他の魔物や魔獣を捕食して進化を優先にしてるのよ。だから今でも脱皮している。それが斑蛇が進化し続けてる証拠でもあるわ」


「……なるほどな」


「もし未討伐の魔物が全て捕食されてるとして、冬眠の必要が無くなってるとしたら。最低でも中級魔獣以上に進化してる……。まずいわね……」


 アリアは依頼として張り出される斑蛇に危険性を感じる。

 冬場に活動する斑蛇と、その目撃場所と一致する多数の魔物と魔獣の討伐依頼。


 厄介事を招かずとも厄介事が起こることを、アリアは予期していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る