初討伐依頼


 傭兵ギルドから出たアリア達は、そのまま宿に戻る道へ入った。

 その道中、マギルスとエリクが確認し合うように話した。


「エリクおじさん。気付いた?」


「ああ」


「奥に居た人、他の人達と違って人間じゃないね。多分、僕等と同じ魔人かな」


「そうか」


「ゴズヴァールおじさんよりは弱そうだったけど、今のエリクおじさんとなら良い勝負できるかもね」


「そうなのか」


「僕の勘だけどね!」


 傭兵ギルド内に魔人が居た事に、エリクとマギルスは気付いていた。

 そんな二人の会話を耳にしたアリアは、ケイルに疑問を述べた。


「ケイル。魔人も傭兵ギルドに所属してるの?」


「当たり前だろ。エリクもマギルスも魔人だってのを忘れたのか?」


「魔人の絶対数自体、結構少ないはずよね。マギルスやエリクは例外にしても、こんな頻繁に魔人に会えるものなの?」


「さぁな。そもそも異常な力を見せない限りは、人間の姿をしてても魔人とすら疑われないだろ。普通の人間には、相手が魔人かどうか見分けが付かないワケだからな」


「エリクとマギルスは魔人だから、相手を魔人だと気付いた?」


「そうじゃねぇかな。感覚的なもので、アタシやお前には理解出来ないんだろうけどな」

 

「なら、相手もエリクとマギルスが魔人だと気付いたわけよね」


「!」


「もし他に魔人が近くに居たとして。エリクとマギルスは魔人だと判別できるし、相手も二人を魔人だと判別できる。そういう意味よね?」


「……何考えてるんだよ、お前」


「魔族の肉体的構造は、魔獣に似通ったものなの。そして魔族の血を引く魔人には、体内に芳醇な魔力を生み出す器官が存在してる」


「それが?」


「魔獣は本来、人間を好んで食べようとはしないわ。飢えてたり、棲み処に入り込んだ敵として危険性を感じたり、人間側から危害を加えられない限りはね。魔獣が人間を食べない大きな理由は、人間の体内には魔力が無いからでもあるの」


「……まさか、お前……」


「斑蛇が進化する為に魔物や魔獣を食べ尽くしたとして。進化した斑蛇は更に進化する為に芳醇な魔力を持つ新たな餌を探すはず。……上級魔獣に進化して繁殖し始めたら、飢えを解消する為に人間を襲う危険性が高くなる。そうなったら手が付けられなくなるわ」


「……やるのかよ? 斑蛇の討伐」


「今から傭兵ギルドが皇国軍に報告しても、迅速な調査を開始して討伐する為の軍備を整えて発見場所に向かうと最低でも三日は掛かる。その間に斑蛇が別の地域に移るかもしれない。それだったら、私達が行ってマギルスとエリクの魔力を餌に、斑蛇を誘き出して討伐した方が速いわ」


「……はぁ……」


「貴方が言ったのよ? 傭兵の仕事を受けておくべきだって。今回はその相手が、危険種指定の魔獣というだけの話よ」


「分かった、やりゃあいいんだろ。でもアタシは、はっきり言って上級魔獣を相手にタイマンできる自信なんて無いからな?」


「そこはほら、私とエリクとマギルスでどうにかするわ。二人共、やれるわね?」


「ああ」


「蛇の魔獣かぁ。僕、それは初めて見るかも。ちょっと楽しみ!」


 アリアの言葉に二人は反応すると、ケイルは諦めながらアリアに従った。

 全員が同意を見せると、アリアが改めて今回の討伐目的を指定する。


「斑蛇の依頼が出された村は、この皇都から馬車で四日掛かる場所。マギルスの馬なら往復二日で済む場所よ。今から宿に戻って荷物を持って目指しましょう。そして斑蛇を討伐して、討伐依頼を達成するわよ」


「はーい!」


「ああ」


「……ったく、分かったよ」


 行動指針を示したアリアに、一同が同意する。

 こうして宿に戻った面々は荷物を持ち、宿の部屋を確保したまま厩舎へ向かった。

 そこに置いた自分達の荷車に消えていた青馬を出現させて繋ぎ、門を出て目的地へ駆け出した。


 新しい耐寒着で寒さを凌ぐ中、ケイルはアリアの方を見て疑問を浮かべた。


「お前、それなんだ? その手に持ってる白いの」


「これ? カイロっていう物で、鉄の粉末が酸化する効能を利用して暖を取る物なの。こうやって手で軽く擦ると鉄の粉末に熱が生じて、温まるのよ」


「そんなもん、いつ買ったんだよ」


「服を買いに行った時に、一緒に売ってあったから買っておいたの。皇国で作られてるだけあって質は良いわよ。皆の分も買ってあるけど、ケイルも使ってみる?」


「まぁ、試しに使うわ」


「エリクは?」


「俺は寒くはない」


「そう。マギルスは?」


「使うー!」


「擦り過ぎるとどんどん熱って包んでる合成布が溶けちゃうから気をつけてね。せいぜい、人肌より温かい程度でね」


 アリアは鞄の中から同じ物を二つ取り出し、それぞれに投げ渡す。

 ケイルは試しに手の中で擦り、マギルスも真似しながら擦った。

 そして数十秒後に効果が現れ、二人は僅かに驚きの表情を浮かべる。


「確かに、温かいな」


「ちょっと熱いや」


「マギルスは擦り過ぎ。暖めれば少しの時間は持続するわよ。服の中に入れてお腹を暖めたり手足が冷たくなるのを防げるから、冬場には最適の物よ」


「……なぁ、アリア」


「なに、ケイル?」


「これ、一個で幾らした?」


「えっ、金貨一枚よ」


「……おい、御嬢様よ。節約って言葉を知ってるか?」


「知ってるわよ。でも冬の旅では必需品なのよ! 荷車では暖も取れないし、移動中はこれで我慢するしかないでしょ!」


「……おい。金の管理はアタシがやるから、お前の財布を渡せ」


「えー、なんでよ!?」


「お前に財布を握らせておくのがヤバイって気付いただけだ。こんなしょうもねぇもんを買い込みやがって……」


「しょうもなく無いわよ! ケイルだって、さっきからずっと擦ってるじゃない!」


「勿体無いから使ってるだけだっての」


「嘘! 実は結構気に入ってるでしょ!?」


「うっせぇ!」


 そんな言い争いをする二人を他所に、マギルスが再びアリアに話し掛けた。


「ねぇねぇ、アリアお姉さん。これフーフーしてもどんどん熱くなるんだけど?」


「だから鉄の粉末の酸化を利用して熱を発生させてるって言ってるでしょ。 熱を持った状態で息を吹きかけたら余計に熱くなるのは当たり前よ」


「えー、そもそもサンカってなに?」


「……しまったわ。酸化も知らないのね……」


「むっ。もしかして馬鹿にしてない?」


「してないわよ。しょうがないわね、教えてあげるわ。そういえば最近、エリクの授業も止まってたわね。ついでにしましょうか」


「……そ、そうだったか?」


 アリアが思い出したように話す内容に、エリクは僅かに顔を逸らす。

 そんな様子を無視して、アリアは指を突きつけながら告げた。


「そうよ。エリクも数字の計算や読み書きはかなり出来るようになったけど、今度は科学の知識も覚えてもらうわよ。良いわね?」


「……そ、それは、君の護衛に必要なのか?」


「必要よ。だから覚えなさい。コレは雇用主としての命令だからね?」


「……わ、分かった」


 そうした話になり、マギルスとエリクは目的地に着くまでアリアから科学の知識を教えられた。

 エリクは計算や文字の読み書き以上に疑問符を浮かべ、マギルスは面白そうにアリアの話を聞く。

 ケイルはそれを横目にしながら荷馬車を動かし、その日は街道を半日ほど駆けて移動し夜に野宿を行った。


 次の日の昼前。

 一行は斑蛇討伐の依頼が出された村に到着した。


「……今のところは、まだ襲われてないわね」


「だな」


「なーんだ、つまらないなぁ。いっぱい蛇が襲って来てると思ったのに」


「不謹慎なこと言わないでよ」


 アリアとケイルが村の様子を確認し、マギルスがつまらなそうに呟く。

 村に魔獣被害が遭ったような痕跡は無く、住民も数十名程が見えている。

 村の入り口を潜り、荷車から降りたアリア達は村人に尋ね、斑蛇の討伐依頼を出した村長の下へ足を運んだ。


 村長は白髪が見える五十代程の男性で、アリア達は傭兵認識票を見せて件の討伐依頼の話をした。


「斑蛇らしき魔物を目撃したというのは、本当でしょうか?」


「ええ、もう一ヶ月近く前ですかねぇ。山に入ったここの者達が『デカイ蛇が山に居る』と言うので、依頼を出したんですわ」


「具体的な特徴を、教えて頂いても?」


「茶色っぽい色の鱗で、黒い斑模様があるとかで。魔物の類じゃねぇかってことでねぇ」


「そうですか。依頼の後に、その斑蛇を目撃した人達は?」


「依頼を出した後は、山には近付かないよう言いましたわ。……ああ、そういえば……」


「そういえば?」


「いやね。随分前から山に居った動物や魔物等の姿が、大蛇を見てからいなくなったみたいなんですわ。少し前までは、畑なんかを狙って来てたんですがね?」


「そうですか。ちなみに、他にもこの近辺で魔物の討伐依頼を出していましたよね? 見かけなくなったのに、依頼は取り下げなかったんですか?」


「依頼を下げるのも金が掛かるんでねぇ。一年ほど経ったら向こうで依頼は取り下げられると聞いてたんで、そのままにしてましたわ」


「ここの領主や皇国軍には、魔物の報告は?」


「したんですがねぇ。冬場の蛇ならもう冬眠に入るだろうて、討伐は動き始める春先で良いだろうと、見送られてしまったんですわ」


「そうですか。……分かりました。貴重な情報、ありがとうございます」


「いえいえ。娘さん等も無理せずに気をつけてくださいねぇ。幸い、村にある薪や食糧も春まで余裕はあるんで。……というか、子供連れの娘さん等で、本当に魔物を倒すんですかね?」


「はい。私達、こう見えても強いんですよ」


 そう微笑みながらアリアは村長との話を終え、四名で情報の整理と擦り合わせをした。


「私の推察通り、やっぱり斑蛇は山に篭って進化と繁殖の為に力を蓄えてるわね。しかも、悪い方向に皇国側も情報を受け取って楽観的になってる」


「どうする?」


「今日は休んで……と言いたいところだけど、斑蛇がどのくらい成長してるのか分からない。移動したり繁殖し始める前に、討伐をした方が良いでしょうね。既にいなくても、移動したという情報自体も欲しいわ」


「じゃあ、今から行くのか?」


「ええ。皆、体調の方はどう?」


「平気だ」


「大丈夫ー!」


「問題ねぇよ」


「それじゃあ、今から山に入りましょう。目標は山の深部。そこを斑蛇は根城にしてるわ」


 話し合いを終えた一行は荷車を置いて必要な荷物を持ち、森が見える山へ入った。


 目指すはその深部。

 そしてそこに棲む魔獣として進化を試みる斑蛇の討伐。

 アリア達にとって初めての魔獣討伐依頼が、開始された。

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