狐に誘われる狼 (閑話その十七)


アリアとエリク達がマギルスの馬で山の麓を瞬く間に通る頃。

元闘士達との戦場から数百メートル離れた先に、

虫の息で地面を這いずる男が居た。


狼獣族エアハルト。


ケイルを襲い殺そうとするも失敗した後、

エリクの魔力斬撃に直撃して消し飛んだと思われた人狼が、

辛うじて生き永らえていた。



「……ク……ソォ……ッ」



エリクの魔力斬撃が放たれた時、

咄嗟に自分自身の魔力を放出して壁にしたエアハルトは、

左半身を削がれながらも息を残す。

しかし重傷の身体で身動きが取れないエアハルトは、

憎々しい表情を浮かべて右腕だけで地面を移動している。


そんなエアハルトの横側から、

茶色の外套を羽織る人物が姿を見せた。

それを鼻で嗅ぎ取るエアハルトは、

苦しい表情を見せながら匂いの方へ顔を向けた。



「……お前、は……」


「お久し振りねぇ」



外套の人物が頭に被るフードを脱ぎ、顔を見せた。


顔は人間の姿をした美麗な女性であり、

黄色の髪と茶色の毛が混じる長髪が見える。

しかし耳は頭部に生えており、

イヌ科の動物的な耳をしていた。


その女性を見て、エアハルトは声を漏らした。



「……クビア……」


「不様な姿だわねぇ、エアハルトぉ。獣族屈指の戦闘種族が、半身を失って地面を転がってるなんてねぇ?」


「……」


「言い返せないほど余裕が無いのかしらぁ。……しょうがないわねぇ」



軽く溜息を吐き出したクビアは、

右手の裾から出した文字の刻まれた呪符を取り出すと、

体内の魔力を呪符に集め、それをエアハルトに投げ付ける。


呪符はエアハルトの背中に付着すると、

凄まじい魔力をエアハルトに与え浴びせた。



「グ、ガァア……ッ!!」


「私ぃ、回復は得意じゃないのぉ。我慢しなさぁい」



緑の魔力が呪符から溢れ出ると、

凄まじい激痛をエアハルトに与える。

それと反比例するようにエアハルトの傷が塞がり、

左腕の傷が塞がり削がれた胴部分が僅かに再生した。


呪符の効果が途切れた後、

エアハルトは激痛の声を抑えて膝を着いて身体を起こした。



「ハァ……ク……、ガッ、ハァ……ッ」


「やっぱりぃ、左腕までは無理ねぇ。高位の回復魔術の使い手じゃないとぉ、治せないかしらぁ?」


「……いい」


「んぅ?」


「このままで、いい……。この怒りと、憎しみを、忘れない為に……」



エアハルトは憎しみの顔を宿したまま、

彼方の方角を見て睨みを向ける。

その方角はエリクとケイルが旅立った方角であり、

そちらに足を向けたエアハルトが動き始めた。


それを見ていたクビアが呆れながら口を開いた。



「馬鹿ねぇ。貴方があの子達に勝てるわけないでしょぉ?」


「……なんだと?」


「あのケイルって子ならともかくねぇ。あっちの男と女の子は無理ねぇ。今の貴方じゃ逆立ちしたって勝てないわよぉ?」


「……侮辱のつもりか?」


「単なる事実ぅ。だってぇ、片方は魔大陸で最強と謳われてた戦鬼の子孫だしぃ。片方は人間大陸で最強の『白』を継承してるじゃなぁい?」


「!?」


「今の貴方じゃ無理ねぇ。だって今の貴方ぁ、凄く弱いものぉ」


「……ッ!!」


「ゴズヴァールもぉ、少し前に言ってたわよぉ。エアハルトが弱くなったのはぁ、俺のせいだってぇ」


「……」


「昔の貴方はぁ、凄い速さで強くなったわよねぇ。……でもねぇ、今の貴方は強さの成長が止まっちゃったものぉ」


「……ッ」


「ゴズヴァールじゃぁ、貴方に合う戦い方はもう教えられないものねぇ?」



クビアの言葉にエアハルトは憎々しい表情を浮かべる。

そしてクビアに向けて、違う話を向けた。



「……闘士を抜けた貴様が何故、戻って来た?」


「仕事のついでよぉ。面白い子が来てるって情報があったからぁ、ずっと見物してたのぉ」


「見物だと?」


「貴方も気付いてたんでしょうぉ? 貴方の嗅覚ならぁ、私が近くに居たのも気付いてたわよねぇ?」


「……」


「そしてぇ、私が王子様を偽者にすり替えたのもぉ、知ってたわよねぇ?」


「……」


「王様が死んで王子様も居なくなればぁ、ゴズヴァールはこの国に拘らないものねぇ。だから何も言わなかったしぃ、王様を起こすあの子達を邪魔したのよねぇ?」


「……ッ」



エアハルトは今回の事件の根幹に、全て気付いていた。


王子の偽者の匂いを嗅ぎ分け、

マシラ王が毒を飲んでいない事も嗅ぎ破っていた。

本物の王子の匂いが首都内に漂っている事を知りながらも、

本気の追跡はしようとせずに無難にやり過ごした。


しかし王子を連れ去った金髪碧眼の女の証言を得てしまい、

ゴズヴァールに誤魔化しきれず追跡に加わった。


仕方なくアリア達と接触してメルクに王子の方を追わせ、

王子と連れ去ったアリアが逃げ切る事を心の隅で目論む。

しかし王子は連れ戻され、

アリアがケイルと手を組んでマシラ王を目覚めさせた為に、

ゴズヴァールをマシラ血族から引き剥がす事に失敗する。


目的を遂げられなかったエアハルトは、

邪魔をして侮辱を向けたケイルに対して、

凄まじい怒りと憎悪を向けて今回の奇襲を仕掛けた。


そのエアハルトの内情を、クビアは察して話した。



「ゴズヴァールもぉ、薄々は気付いてたわよねぇ? 貴方が王様や王子の事を気付いててぇ、それを隠してたってのはねぇ」


「!!」


「だからこんな事をする貴方を止めなかったしぃ、返り討ちにされるのが分かってるから放置したんでしょぉ?」


「……ッ」


「このままゴズヴァールの所に戻ったらぁ……。貴方ぁ、殺されるわよぉ? 殺されなくてもぉ、一生哀れむ目で見られるでしょうねぇ?」


「……ッ」


「浅はかなことしちゃったわねぇ。人間は私達に比べたらすぐ死んじゃうんだからぁ、気長に待てばゴズヴァールもいつか開放されるのは、みんな分かってたのにぃ」


「……」


「貴方はぁ、自分のせいで帰る場所を無くしたわねぇ」



緩やかながらも辛辣な言葉を向けるクビアに、

エアハルトは何も返す言葉が無いまま、

苦々しい表情を俯かせながら地面を黙って睨む。


そして行き場を失ったエアハルトを、クビアは誘った。



「私ねぇ。今は【結社】っていう組織に入ってるのよねぇ」


「……」


「貴方ぁ、そこに入らないかしらぁ?」


「……」


「仕事の報酬で貰ったマシラ王家の秘術は写して貰ったしぃ。後は帰るだけなのよねぇ」


「……」


「付いてらっしゃぁい。エアハルトぉ」



クビアは誘いながら山を下り歩く。

そして右手の拳を強く握り締めたエアハルトは、

憎しみを宿す表情でクビアの後ろを付いて行った。


それを確認したクビアは妖艶な笑みを浮かべ、

外套を脱いで九つの尻尾を見せながら呪符を周囲にばら撒き、

指で掴む呪符に魔力を込めて術を発動させた。



「それじゃぁ、行くわよぉ」



全ての呪符が魔力の光を放ち、

それに囲い覆われるクビアとエアハルトは、

次の瞬間に魔力の光に覆われて姿を消した。

その場に舞う呪符は塵となって消失する。


妖狐ようこ族。


魔力を特殊な呪符に注ぎ、

書き込まれた術式を用いて特殊な魔術を扱う獣族。

その中には極少数の者達しか使えない、

時空間魔術と称される『転移』を扱える者もいる。


アリアは漠然とした不安を抱いていた理由。

それは王子の虚言誘拐で雇われた者達の存在に心当たりがあった為。


【結社】が自分の傍に居た事を、アリアは気付いていた。

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