和平の花嫁 (閑話その十六)


帝国内の反乱から三ヶ月後。

季節は冬となり、予想通り雪が帝国内で降り始める。


ローゼン公爵家を継いだセルジアスは、

各領主と将軍達に連絡を取り合い、

各領地で燻る内乱後の治安を整える為に駆り出され、

多忙な日々を過ごしていたある日。


久方振りに領地の屋敷へ戻ったセルジアスは、

信頼を置く老執事からとある報せを受けた。

セルジアスは領地内にある柵で囲まれた屋敷を訪れ、

客間で待っていた者達と対面した。



「――……来たんだね。ユグナリス」


「セルジアス義兄上あにうえ!」


「僕はもう、君に義兄上と呼ばれる立場ではないはずだけどね」


「ぅ……」


「……」



疲れた表情を見せるセルジアスの皮肉に、

ユグナリスは表情を渋くさせて顔を俯かせる。

そしてユグナリスと共に訪れた同行者の一人が話し始めた。



「セルジアス様じゃな?」


「はい。……ログウェル伯爵ですね? 私が子供の頃に御見かけした時以来でしょうか」


「ええ。大きく立派になられたようで、なによりです」


「まだまだ若輩の身です。しかし公爵家を任された以上は、立派に見られるよう努めています」


「御立派でございますよ。クラウス様よりも公爵らしく見えます」


「父のように怠けられるのなら、存分に怠けたいところです」


「ほっほっほっ。若い時に働き、年寄りになって存分に遊びなされ」



冗談染みた本音を言うセルジアスに、

ログウェルは微笑んで言葉を返す。

そして他の同行者である二名にセルジアスは話し掛けた。



「貴方達が、傭兵ギルドで雇わせて頂いた傭兵団の方ですね?」


「ああ。『黒獣』傭兵団団長代理、ワーグナーだ」


「同じく、団長補佐のマチスだ」


「貴方達とログウェル伯爵の活躍で、ユグナリスを反乱軍に渡さずに済んだと聞いています。依頼を出した前当主に代わり、御礼を申し上げます」



公爵に頭を下げられるという稀有な経験をしたワーグナー達は、

驚きながら苦笑いを浮かべている。

そして全員と対面しながらセルジアスは椅子に腰掛けた。


共に来ていた老執事と女性給仕が全員分の紅茶を配り終える。

紅茶を香りを楽しみながら飲んだセルジアスは、

整えられた動作で紅茶を机の上に置くと、話を続けた。



「貴方達がこの領地へ訪れるまでに、状況がかなり変化しました。それは、御存知ですね?」


「王国軍の撤退。帝国貴族の内乱終結。二ヶ月にも満たぬ期間でそれ等を治めるとは、誠に優秀ですのぉ」


「私は、父の脚本に従い物事を処理しただけです。頑張りを見せたのは、私より領民達でした。父が戦死した事を知り、反乱軍を討つ為に一致団結してくれた。同盟領主達も同様です」


「クラウス様が、民に愛されていた証拠でしょうな」


「ええ。まだ若い私が公爵家を継ぐ事自体も、領民達や各同盟領主が受け入れ支援してくれました。ゴルディオス皇帝陛下が後ろ盾になって頂いたのも助かりましたね。ただ、些か不可解な部分も残されているので、こうして忙しく働いているわけですが……」



状況を話すセルジアスとログウェルの脇で、

苦々しい表情を浮かべるユグナリスが話に加わった。



「……ローゼン公爵閣下。お聞きしても?」


「なんだい?」


「クラウス叔父上が死んだというのは、本当の話なのですか?」


「……嘘だと思うかい?」


ジジ……ログウェル伯爵がここに来る途中、幾つかの推論を聞かせてくれました。その中で、クラウス叔父上の死は嘘という可能性があると言われていたので」


「ほっほっほ。まぁ、言ったのぉ」



ユグナリスの質問をログウェルは肯定し、

セルジアスはその答えを、やや渋りながら答えた。



「……そうですね。貴方達には教えても構わないでしょう。むしろ私がお願いしようとした事でもある」


「?」


「我が父クラウスの行方を捜して欲しいのです。ログウェル伯爵、そして傭兵ギルドにも」


「ほぉ」


「殿軍の生き残りが、少し前に領地へ帰還しました。その証言で判明したのですが、殿の目的を終えた父達は領地への帰路、手練の追っ手に襲われたそうです」


「!」


「その者を引きつける為に父は自らを囮にし、部隊を離れて南下した後の消息が掴めない状態になりました。貴方達が南から来る途中、父と思しき者の情報を聞いたことは?」


「無いのぉ」


「そうですか。……黒獣傭兵団の方々には、本来は内乱の掃討と王国軍への対処をお願いしようと思っていましたが。王国側が引いた今、内乱の処理は我々だけでも可能です。なのでその代わりの依頼となりますが、傭兵団の方々にはログウェル伯爵と共に南へ赴き、父クラウスの生存か死を確認して頂きたい」


「!?」



そうセルジアスが依頼を出した時、

蚊帳の外に置かれたユグナリスが思わず聞いた。



「ローゼン公爵、俺は?」


「ユグナリス、君は曲がり成りにも帝国の皇子だ。本来は旅などさせない。前回は緊急事態だった為に皇帝陛下がログウェル伯爵に依頼したが、今回は我が領に残ってもらう」


「そんな……。俺も、クラウス叔父上の捜索に加わります!」


「また勝手な行動をするのかい?」


「!?」


「君とアルトリアの間に亀裂があるのは、私も父上も知っていた。ゴルディオス様も、クレア様もね」


「……!?」


「どちらかが素直に婚約を破棄したいと申し出れば、私達もそれ相応の行動も出来た。元々は二人の婚約も、反乱貴族達の手の者と関係を持たないようにする為だったからね」


「そうだったんですか……!?」


「ああ。だから君の魔法学園卒業後、改めて婚儀を行う前に尋ね、君達の意思を尊重するつもりだった」


「!?」


「君があの茶番に関わらなければ、アルトリアを手放さす事無く、反乱勢力を決起させて駆逐する事も可能だっただろう。父はアルトリアが国を出て行く口実を作った君を怒っていたよ。そして私も、君に対して大きく失望している」


「……ッ」


「勿論、あの騒動は君だけのせいではない。アルトリアにも悪い所は多くあるよ。あの子は出来が良い分、自尊心が強くて正義感も人一倍強いからね。思い込みが激しく、他者と衝突する事も稀にあった」


「……」


「……けどね、私はアルトリアの兄を十六年間してきた。妹が居なくなれば身を案じて心配もするし、見つからなければ焦りもする。……妹が居なくなるきっかけを作ってしまった君に対して、今の所は良い印象を抱けない」


「……申し訳、ありませんでした」


「私に謝罪してもらっても意味が無い。君自身が犯した失態は、君自身の今後の行動で取り返すしかない。……だが今の状況で君の自由を許せば、更なる厄介事に利用される事もある。それを回避するには、君に残ってもらうのが一番いい。流石にそれは、君でも理解出来るだろう?」


「……はい」


「父の捜索は、ログウェル伯爵と傭兵団の方々にお願いする。そしてユグナリス、君はこの屋敷で事態が収拾するまで軟禁する。これはゴルディオス皇帝陛下と、クレア皇后も了承済みの事だ。いいね?」


「……」



セルジアスの問いに顔を伏せたユグナリスは無言で頷く。

それを確認して頷いたセルジアスは、

対面するユグナリス以外の三人に確認を取った。



「皆様。私の父の捜索依頼を、受けて頂けますか?」


「ええよ」


「人探しの依頼か。確かに聞かせてもらった、了解だ」


「人探しかぁ。数が必要だな」


「捜索に入用の物があれば、私の名で打診し近辺領と領主達に協力をお願いしておきます。後で私が渡す紹介状を通して頂ければ――……」



捜索の手順と提案を周りは話している最中、

客間の扉をノックする音が聞こえた。

それに応じた老執事は扉を開けると若い男性執事が訪れ、

一枚の書類を老執事に手渡す。


それを見た老執事は驚きの表情になり、

深呼吸を行いながらセルジアスに歩み寄った。

そして周囲に聞こえない程度の声量で耳打ちをする。



「セルジアス様」


「どうした?」


「実は、先ほどこれが我が領に……」


「……誰がコレを届けた?」


「一人の執事風の男が領地の検問所まで届けたそうで。この蝋印などは間違いなく本物かと……」


「……」



セルジアスが老執事から手渡された書簡には、

赤い蝋に印が押された物だった。

そしてその印を見たセルジアスとログウェルは、

驚きの表情を見せる。



「……セルジアス様。それは、まさか?」


「……間違いない。これは……」


「その手紙が、どうしたってんだ?」



傭兵達が不思議そうな声を向けて聞くと、

セルジアスは傭兵達に目を向け、

敢えて蝋印を見せながら話した。



「貴方達は王国出身の傭兵団だったと聞く。この蝋印に、見覚えは?」


「さぁ、知らねぇな。そもそも書簡なんて届いた事もねぇからな」


「そうですか」


「それがいったい、どうしたってんだよ?」



焦らされるワーグナーは答えを聞くと、

セルジアスの代わりにログウェルが答えた。



「その蝋印は、ベルグリンド王国の王族のみが使う印なのじゃよ」


「ベルグリンド王国の……王族!?」


「それって……」



驚く元王国傭兵の二人から視線を逸らしたセルジアスは、

席から立ち上がって四人に向けて話した。



「捜索の件は、また後日に改めてお願いさせて頂きます。それまでは我が領で御休息ください。傭兵団の方々にも、我が領の町宿を紹介させて頂きます。後日に使いを出し、改めて依頼の話を」


「あ、ああ」


「ログウェル伯爵とユグナリスはこの屋敷に部屋を用意しているので、そこで御休み下さい。ユグナリスは屋敷の庭までだったら自由に動いて構わないよ。ただし、監視を兼ねた護衛は付けさせてもらうからね」


「……はい」


「その手紙、どうするのかね?」


「私一人では判断できません。ゴルディオス陛下と一緒に拝見させて頂きます。では皆様、御足労をありがとうございます」



挨拶したセルジアスは客間から出ると、

老執事が用意していた紹介状をワーグナー達に手渡し、

女性給仕はログウェルとユグナリスを部屋まで案内した。


そして数日後。


奪還した帝都に戻ったゴルディオスの下へセルジアスは訪れ、

ベルグリンド王族からの書簡が届いた事を伝える。


そこに書かれた内容に、

セルジアスとゴルディオスは驚愕の表情を浮かべる。



「……『ベルグリンド王国ウォーリス=フォン=ベルグリンドから、ガルミッシュ帝国皇帝ゴルディオス=マクシミリアン=フォン=ガルミッシュ様。そして、新公爵セルジアス=ライン=フォン=ローゼン様へ。この度、我が国が行った無法な侵略行為に関して謝罪を述べさせて頂くと同時に、賠償を御支払いしたい』……」


「賠償の内容は、侵略した土地の返還と人民の解放。そして内乱が起きた貴族領に対する食料の供給と、賠償金は白金貨百万枚か……。随分と景気の良い援助をする」


「……『それに御同意頂けるのであれば、新国王ウォーリス=フォン=ベルグリンドが帝都へ赴き、帝国と王国の和平の為の調印を結ぶ事を望みます』」


「和平の調印……!?」


「ウォーリスというのは、例の第三王子です。既に王になっているとは……」


「いったい、王国で何が……。どういう事なのだ……?」



王国に起きている事態を計りかねる二人は、

二枚目の紙を開き見ると、更に驚愕の顔を見せた。



「……『帝国と王国の和平を永続的なモノとする為に、我が妹リエスティア=フォン=ベルグリンドを、ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュ殿下と婚約させて頂ければと思います』……」


「ユグナリスに、花嫁を……?」


「『また、ローゼン公爵閣下の妹君。アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン様を、私の……』……!?」


「……婚約者に。そして王妃として迎えたい、だと……?」



二枚目に書かれた内容を読み、二人は言葉を無くしてしまう。

そこに書かれている事は和平を行う上で必要な事ではあると、

ゴルディオスもセルジアスも納得はした。


アリアの不在という事態を除けば。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る