別つ闘士達


王宮の最奥区へ潜入したケイルと、

拘束から脱し同行するアリアは、

マシラ王の居る王室を目指して走る。


その通路の途上、

アリアが不自然な状況を述べるように喋った。



「誰もいないわね。給仕や護衛の兵士さえ中に居ないなんて、おかしくない?」


「ああ。だが、今は王室を目指すのが先決だ」


「……そうね」



手薄な警備に疑問を持つアリアだったが、

ケイルの一言でそれを頭の片隅に残しつつ、

王室を目指して走り続けた。

階段を登り、通路を駆けながら進み続けると、

他の扉とは意匠が異なる、堅牢な扉が見えた。



「あそこが玉座?」


「ああ。王室は玉座を抜けた先にある、最奥の部屋だ」



ケイルがそう答え、

玉座を閉じた扉の前で立ち止まった。

扉を開けようとするケイルだったが、

それを止めたのはアリアだった。



「待って」


「?」



ケイルを止めたアリアは扉を調べつつ、

自らの短杖を扉の前に向けて、小さな呟きを行う。

それに扉が反応を示したかのように、

扉を覆う巨大な術式が浮かび上がった。


薄い膜状の障壁が扉を覆う光景に、

ケイルは驚き、アリアは教えるように呟いた。



「やっぱり、物理障壁シールド魔力障壁バリアを伴う結界が張られてる。警備が手薄な理由がコレね」


「結界か……」


「どちらにしても邪魔だから、私が解くわ」


「解けるのか?」


「当たり前よ。師匠のならともかく、他の魔法師が編んだ術式を解析して解除するくらい、簡単だわ」


「出来るならやってくれ」


「はいはい」



アリアは短杖を結界に向けたまま瞳を閉じ、

自身の意識を結界を維持する術式に向けた。

すると扉の術式の一部が紐のように解けていき、

術式が消滅していくのが浮かび上がる。


ケイルはそれを見ながら、改めてアリアに述べた。



「お前もお前で、化物だよな」


「そう?」


「結界の解除なんて、魔法師が十数人単位で行わなきゃできないもんだって聞いてるぞ」


「そうね。入り組んだ結界なら、それくらい必要じゃないかしら」


「それを一人でやっちまうのかよ」


「私の場合、その十数人で小分けしながら解析して理解する演算処理を一人で出来ちゃうからね。後は的確に術式を紐解けば、大抵の術式は解析できるし、解除できるわ」


「そんなお前でも、あのガンダルフの術式は解析できないのか」


「解析は出来るわ。その気になれば解除もできる。でも師匠の場合、それを見越して解除された際の、カウンターを術式に満遍なく施してるせいで、解除すると高確率で罠を踏んじゃうのよね」


「魔法式に、罠?」


「酷いのだと、魂が砕けてそのまま一生、廃人になっちゃうのもあるらしいわ。怖くて踏めないわよ、あんな術式」


「……弟子が弟子なら、師匠も師匠だな」



そんな事を話す中でも、

アリアは順調に結界の術式を紐解き、解除していく。


そして術式の最後の一画を解除しようとする際、

玉座へ続く通路から足音が鳴り響いた。



「!」



それに気付いたケイルとアリアはそちらを振り向く。


すると通路に歩いて来たのは、

頭を隠すように覆う外套を羽織った、

長い杖を持つ魔法師風の装いをした男だった。


ケイルはそれを見て、小さく舌打ちをした。



「……チッ、やっぱりコイツだったか」


「誰?」


「闘士序列の第五席テクラノス。肉体派の闘士の中では、唯一の魔法師だ」


「魔法師、テクラノス……嘘、まさか」



テクラノスの名を聞いた瞬間、

アリアは訝しげな表情が僅かに驚きに染まった。



「知ってるのか?」


「指名手配されてる魔法師よ。ガンダルフ師匠の元弟子でもあるわ。確かやばい思想と魔法実験を行ってたとかで、四大国家に追い回されてたはずよ。なんでもここで、闘士なんてやってるのよ」


「十数年前にゴズヴァールが捕まえたらしい。その時にゴズヴァールが奴隷に仕立てて従えてるんだ」


「四大国家の許可は?」


「してなきゃマズいだろ。というか、お前の兄弟子になるのか?」


「私とは半世紀近く時代が違う人よ。師匠といい、魔法師はなんでこう長生きなのよ」



そう呟き話すアリアとケイルを意に介さず、

テクラノスが二十メートルほど間を空けて立ち止まった。


顔を隠すフードを僅かに上げ、

皺を残す顔と黒い髭を見せたテクラノスが、

アリアとケイルに対して話し掛けた。



「……我の術式に誰ぞが手を出していると思えば、四席ではないか」


「久し振りですね。テクラノス」


「そして隣の小娘は……。なるほど、捕らえたというガンダルフめの直弟子か」


「どうも、初めまして」



テクラノスが凝視し相手を見る中で、

軽い挨拶をアリアとケイルは交わらせた。

そんな二人に対してテクラノスが黒い髭を触り、

厳しい声で状況を聞いてきた。



「王に何か用か。四席の」


「ええ」


「正規の手続きはとっておらぬようだな」


「火急の用にて、王と会う必要があるのです」


「それを、儂に見過ごせと申すか?」


「でなければ、貴方を打ち倒して突破するまで」



長剣を引き抜いたケイルが構えるが、

テクラノスはそのケイルから敢えて目を逸らし、

結界の傍に立つアリアに意識と声を向けた。



「小娘。その結界、まさか一人で解いたのか?」


「ええ、そうよ」


「それは五つの亡星式の核点を合わせ束ねた、負典構築を用いた複雑な結界。それを僅かなこの時間で、四つの構築式を紐解いたというのか?」


「ええ、もうすぐで五つ目も解除できるわ」


「……なるほど、ガンダルフ師父直々に拘束する理由も頷ける。これでは一般的な拘束魔道具を用いても、意味を成さぬだろうて」



自身の結界術式が解かれた事に、

自身で納得を示したテクラノスが、

何度か頭を頷かせながら、改めて二人を見た。



「さて。お前達の理由はともかく、我の立場としては、お前達の行動を阻止せねばならぬ」


「……」


「しかし、若い娘が二人掛かりで老人を痛め付けるのは本意ではなかろう。……なので、呼んでおいた」


「!」



玉座の間の扉と通路を挟む中で、

更に異なる足音がその場に響く。


それを耳で確認したケイルとアリアは、

テクラノスの背後にある曲がり角から出てきた人物を見た。



「……第二席、エアハルト」


「あの時の……」


「……やはり裏切り者だったか。ケイティル」



ケイルが苦々しく呟き、

アリアが捕らえられた夜の事を思い出す。


互いに登場したエアハルトを快くは迎えず、

その中でもケイルが一歩前に出て、

右手に長剣を握り、左手に小剣を握り抜いた。



「アリア、時間を稼ぐ。結界を解いて王の所に行け」


「!」


「役割を忘れるな。今回は戦うのが手段じゃない。王を救って見せるのが目的で、それがお前の役目だ。私はそのお前を、王の元に連れて行くのが役目だ」


「……分かったわ」



アリアはすぐに残りの結界の術式の解除に取り掛かり、

ケイルは二つの大小の剣を持ち構え、

エアハルトとテクラノスに相対した。



「テクラノス、お前はあの魔法師の女をやれ。俺は、裏切り者を仕留める」


「適材適所。四席のは任せよう」



二人と相対する気のケイルと違い、

テクラノスは結界を解除するアリアを狙い、

エアハルト自身は裏切ったケイルを目標にした。


エアハルトが一気に走り出し、

横壁を蹴り上げながら素早く蹴り足をケイルに飛ばした。

それをケイルは屈んで回避すると同時に、

小剣を持つ左手を跳ね上げてエアハルトの胴を薙ぐ。

それを腕の篭手で防いだエアハルトは、

そのまま接近戦に縺れ込ませて手足を飛ばした。


エアハルトとケイルが攻防を繰り広げる中で、

テクラノスがアリアに向けて、長杖を構えた。



「おいたはそこまでだ。小娘」


「あと少し、あと数秒……ッ」



結界の解析と解除をあと数秒ほど残す中、

テクラノスが長杖に魔力を集め、

嵌め込まれた魔石に刻まれた術式を開放し、

五つの光の輪を展開させ、空中に展開させた。



「『混沌と叡智の輪リングオブシューク』。防げるものなら防いでみせよ」


「!」



長杖を纏う光の話が高速で回転し、

それをテクラノスがアリアに向けて三つ同時に放った。


解析を一旦止めて魔力障壁を展開させたアリアが、

その光の輪を弾きながらも、テクラノスが口元を吊り上げた。



「!」



アリアは驚きの目でそれを見た。


弾いた光の輪同士か衝突し消滅するかと思った瞬間、

その輪が互いに触れ合い、

まるで知恵の輪のように結び付き、

再び離れてアリアに向かって回転しながら迫ったのだ。


魔力障壁を維持したまま耐えるアリアを、

放たれた三つの光の輪が触れ合い結び付き、

加速を付けて投げ放ち襲い掛かる。


防ぐので精一杯で結界の解析と解除が出来ないアリアに、

テクラノスが煽るように黒い髭を触りながら話した。



「『混沌と叡智の輪リングオブシューク』。我の生み出した、独自魔法の一つよ」


「ッ!!」


「現代魔法師の扱う攻撃系魔法には欠点がある。魔法とした形を成した魔力を放出した後に、距離と魔力の放出量次第で、魔法はすぐに四散してしまう。そして大抵は、目標に命中した時点で攻撃系魔法は形が崩れ、消失する。術者に持続的な大きな負荷を掛け、魔法の連続行使は極めて難しい」


「……ッ」


「しかし、コレは放出時の形状に魔力を留めたまま、対象に命中しても崩れず、損耗する魔力を他の輪で接触し魔力を吸収させて補う。注ぎ込めた魔力分、術者の手を離れても持続的に対象相手を攻撃し続ける。いくら防いでも、その攻撃は止まぬぞ」



自身が放った魔法の事を話し、

テクラノスはアリアに向けて、

更に残った光の輪を投げ放った。


凄まじい威力を持った光の輪が継続的に襲い、

魔力障壁の展開で自分を守るアリアが手一杯の中、

アリアを守るはずのケイルもエアハルトとの交戦で手一杯。


更にテクラノスが新たに光の輪を生み出し、

追撃するようにアリアの魔法障壁に光の輪を浴びせた。



「クッ……!!」



防戦一方になった中で、

守るだけで攻める事が出来ない状態になったアリアを、

テクラノスが更に追い詰めていく。


光の輪を更に五つ出現させ、

それを真上に投げ放ち、

今度は魔力障壁を展開するアリアを、

まるで輪投げの筒にでもするように覆い包んだ。



「!?」


「このまま輪を狭めよ。障壁を破壊し、小娘を拘束じゃ」



投げ放った輪が急激に狭まり、

魔力障壁を食い破るように狭まる。

苦悶の表情を浮かべるアリアとケイルは、

テクラノスとエアハルト相手に防戦するしかない。


その防戦の中。


天井の窓を破った何かが降り立つと同時に、

テクラノスが放った輪が全て切り刻まれ、

形状を維持できずに四散し消滅した。



「!」


「……やっと来たわね」



自身が生成した光の輪を全て切り裂かれ、

その光景にテクラノスは驚いた。

その中でアリアは、

降り立った相手に呆れたような声を向けた。


エアハルトとケイルがそちらを目にした時、

そこに現れた相手に一番驚いたのは、エアハルトだった。



「……マギルス」


「ごめんね、エアハルトお兄さん。僕、こっちの方が面白そうだから、こっちに付くね」



大鎌を腕と肩に背負った少年マギルス。

闘士の序列三位の少年闘士が、

アリアとケイル側に味方に付いたのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る