王宮潜入


アリアとケイルの面会から三日後。


再びケイルが迎賓館を訪れ、

アリアが拘束された部屋を訪ねた。


しかし今回は、傭兵ケイルとしての姿ではない。

赤い仮面を被り、黄色い衣を纏った闘士として。

闘士序列、第四席のケイティルとしての面会だった。


その傍にはケイルより少し小柄な、

色違いの黄色の仮面を被りつつ、

黄色い布で身体を覆う者がいた。


その者からややきつめの香水が漂い、

迎賓館の前に立つ守備兵長は、

それを嗅ぎつつ訝しげにケイルに聞いた。



「その者は?」


「私の従者です。今回の面会に同行させて頂きます。元老院の許可は、ここに」



ケイルは差し出した書面の内容を見せ、

守備兵長は手に取って確認する。

そこに書かれた同行者込みの面会許可の内容と、

マシラ共和国の元老院の印鑑が押されている事を確認し、

守備兵は幾らか不可解さを残しながらも通行を認めた。



「分かりました。今回はどのような目的で?」


「今回の事件に際し、当人がどのような関わり方をしたか、確認する為です」


「既に調書等は済んでいると聞いていますが?」


「ゴズヴァール闘士長は捕らえた者を尋問する際、私情を差し挟み冷静な判断力を持たないまま、供述の幾つかを無視した可能性があります。公平な立場から、私自身がもう一度供述を聞き確認するよう、元老院からの指示を受けてのことです」


「……そうですか、分かりました。面会時間は、最低でも二十分程で切り上げて頂きますが?」


「それで大丈夫です」



こうしてケイルは迎賓館の守備兵に了承させ、

迎賓館に招かれたガンダルフに了承を取り、

アリアとの面会を許可した。

再び術式で閉じられた扉が開かれ、

ベットに座るアリアの前にケイルと付き人が現れた。


鋭い視線で凝視するアリア。

そして仮面の内側で視線を合わせるケイルが、

後ろの兵士とガンダルフに向けて告げた。



「私達だけで質問を行います。他の皆様はしばらく退席をお願いします」


「それは……」


「国の機密に関わる内容を漏洩しない為に。それに先ほどお渡しした紙面通り、元老院の許可は取り付けていますので」


「……分かりました」



やや渋りを見せる守備兵長だったが、

ケイルの言葉に押され、そのまま引き下がった。

大魔導師ガンダルフも応じるように頷いて出て行き、

部屋の中が再び魔法の術式で閉鎖された。


室内にはケイルと付き人、そしてアリアの三人だけになる。


それから十分ほど経過すると、

中からケイルの声が響いた。



「面会は終わりました。開けてください」



それに応じた守備兵がガンダルフを呼び、

ガンダルフが再び術式を解いて扉を開けた。


室内に特に変わった様子も無く、

ベットの上に座ったまま長い金髪の髪を垂れ下げ、

背中を見せるアリアの姿があった。


ケイルとその付き人は部屋から出ると、

兵士とガンダルフに向けて面会の終わりを改めて告げた。



「再び拘束をお願いします」


「……ふむ」



ガンダルフは室内に居るアリアと付き人に視線を送り、

僅かに鼻で溜息を漏らしながら、

扉を閉めて魔法の術式を発動させた。


そのまま守備兵と守備兵長の後を歩いて、

迎賓館を出ようとするケイルに、

守備兵長は問うように聞いた。



「何か、新しい情報は得られましたか?」


「ええ。やはりゴズヴァール自身の聴取が強引だった為か、肝心な部分を幾つか取り零していたようです」


「そうですか。……今回の事件、どういう形であれ、早く解決するといいのですがね」


「私も、そう望みます」



守備兵長とそんな他愛も無い会話をし、

迎賓館を出たケイルと付き人は、そのまま王宮に向かった。


その移動中、小さな声で付き人がケイルに話し掛けた。



「……上手くいったみたいね。このまま王様の所に行けそう?」


「まだです。油断しないでください。気を抜くと、貴方の偽装が嗅ぎ分けられる」


「どういうこと?」


「香水で誤魔化してはいますが、闘士の中に匂いだけで相手を判別できる者がいます。その闘士と鉢合わせしないと限らない」


「そんなのもいるのね。分かったわ」



丁寧な口調のまま対応するケイルと、

やや馴れ馴れしい口調で話す付き人が、

王宮内を移動しながら、とある場所を目指している。


そして破壊された跡を残す王宮内の小門を、

兵士の許可を得て通過したケイルと付き人は、

エリクとゴズヴァールの建物の崩壊跡を復旧する者達を横目に、

ケイルと付き人は王宮は最奥区の前に辿り着いた。


そこは少し前、ゴズヴァールがエリクと遭遇した場所。

マシラ王を守る兵士と闘士の姿も見える中で、

歩きながら小声で付き人がケイルに話し掛けた。



「ここが、王の居る区画?」


「そうです。……ここからは、強行突破になるかもしれません」


「えぇ……。お得意の元老院の許可は?」


「下りませんでした。どうやら一部の者以外、通る事さえ許されていないようです」


「……それだけ厳重にしてるってことは、王は生きてる可能性は高いわね」


「ええ。少なくとも、闘士長であるゴズヴァールが頻繁に出入りしていた事は確認済みです。奴が王室に出入りする理由は、王との謁見のみですから」


「でも、誰にも会わせられない状態になってるという意味でもある」


「そうです。……まず、あの扉の兵士と闘士を、どうにか対処しないと」


「……ゲッ」


「どうしました?」


「あの門の前に居る女闘士、あの時の奴じゃないのよ……」



付き人が微妙な声色になって愚痴を漏らす対象は、

最奥区の扉を守る兵士と共に立つ、闘士の一人。


エアハルトと共に追跡してきた、女闘士メルクだった。



「知り合いですか?」


「そっちの方が知ってるんじゃない?」


「しばらく離れていたので、彼女の顔は知りませんね」


「そういえば、新しく入った闘士だとか言ってたわね。闘士の第十席だとか、マギルスが言ってたかも」


「十席、ですか」


「どうするの?」


「……私に任せてください」



そんな会話をしながら、

ケイルと付き人は扉の前に辿り着いた。


門を守る兵士が槍で扉を塞ぐように構え、

女闘士メルクが二人の前に立った。



「……赤い仮面。貴方が噂の第四席ですか」


「初めまして。第四席のケイティルと申します。貴方は?」


「私は第十席のメルクと申します。ゴズヴァール、エアハルト等の闘士の列に名を連ねる古き闘士にお会いできて、光栄ですね。……それで、何かこの先にに御用でしょうか?」


「故あって王に面会したく思い、赴きました」


「元老院の許可は勿論、得ているのですよね」


「いいえ」



問い掛けを否定するケイルを、

兵士とメルクはやや驚きながらも、

一瞬の困惑を封じて僅かな時間と動作で構えた。



「ならば、ここを通すわけには行きません。例え、第四席であろうとも」


「それが正しい。貴方は私達を通してはいけない。……だからこそ、私達は押し通らせて頂く」



そう告げた瞬間、

ケイルが素早い動作で懐から何かを投げた。


投げられたのは、緑に染まった小袋。


それをギリギリで回避するメルクだったが、

扉を守る兵士達がそれを顔面に浴び、

緑の粉末がその場に舞った。



「グッ、ゴホ、ゴ……ア……」


「ゲホ、ゴホッ……ゥ……」



兵士達が粉末状の何かを浴びて咽た後、

数秒で意識を失いその場に倒れた。

それを見たメルクが、

自身の腰に下げた魔法剣を引き抜き発動させた。



「この――……ッ!?」



しかし、その一瞬の隙を見逃さないケイルが、

鞘が付いたままの長剣を右手に取り、

鞘の部分でメルクの胴を薙いだ。



「グ、ハ……ッ」



胴を薙ぎ痛みで膝を着いたメルクは、

魔法剣となる短剣を手から離し、痛みに堪える。


それでもケイルは冷静に、

鞘をメルクの後ろ首に強く打ち付け、

完全に意識を失わせた。


そのケイルの手並みに、付き人は小さく拍手した。



「やっぱり実力を隠してたわね。ケイティルさん」


「……コレが五席以上の相手であれば、上手くいきません」


「私でも少し時間が掛かった相手を、一瞬で完封しておいてよく言うわ」


「貴方が弱いだけでしょう」


「ムッ」


「さぁ。気付かれる前に早く行きますよ」



そうして最奥区の扉を開けようとするケイルを他所に、

意識を失い倒れたメルクが持っていた魔法剣を見た付き人が、

それを拾いつつ僅かな時間で仕組みを理解し、

こっそり羽織る布の内側に収めた。



「武器は、多い方がいいものね」


「開きましたよ」


「ええ。この服と仮面、もう取っちゃっていい?」


「……そうですね。慣れない貴方がそれを着けたままでは、不意打ちでもされて倒されては元も子も無いですし」


「言葉に棘がある気がするんだけど。ケイティルさん」


「気のせいでしょう」



そんな会話を行いつつも、

付き人が仮面と身に纏う黄色い布を取り払った。

その下に隠された姿が、扉と共に開放される。

長い金色の髪と青い瞳を持つ女性が姿と、

金色の魔石が付いた短杖を腰に下げた女魔法師。


付き人に扮したアリアが、その場に姿を見せたのだった。



「行くわよ。王様の所に行って、私のエリクを開放してもらわないとね」


「……貴方の、ではありません」


「女の嫉妬は見苦しいわよ?」


「うっせぇ。これが終わったら、お前からエリクを絶対に引き剥がすからな」


「本性現したわね。そっちの方がいいわ。行きましょ、ケイル」


「……ああ」



こうしてケイルとアリアは最奥区の通路を走り出した。

エリクという男を救うという共通の目的を持った女性同士が、

互いの目的の為に手を組み、王室を目指したのだった。




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