南国編 三章:マシラの秘術

罪人


闘士達の戦いから数日後。

アリアは思い瞼を開けて意識を取り戻した。



「……ぅ……」



瞼を開けたアリアが見たのは、

赤い布張りで敷かれた天井を見る。



「……ここは……」



呟くアリアは僅かに顔を横に向け、

自分が居る場所を再確認する。


その時に自分の頭付近に柔らかい感触があり、

柔らかい羽毛が入った白い枕に乗っている事に気付き、

僅かに見える部屋の様相から、

自分がベットの上に居るのだと気付かされた。


アリアは重たく感じる上半身を起こし、

足も動かしながらベットから抜け出した。



「……塔の部屋、でも無いわね。……何処よ、ここ……」



起床したアリアが真っ先に思い浮かべた発想は、

再び監禁されたというものだった。

しかし、部屋の造りは軟禁された塔の部屋と違う。


部屋の内装を見たアリアが思い浮かべたのは、

自国である帝国の、賓客を迎える為の迎賓館だった。

ただ飾られた芸術品等は帝国の物とは違い、

マシラ共和国特有の国色が見える物が大半だったが。



「……」



アリアは目覚めたばかりの頭を回転させ、

状況を確認しつつ自分の状態を確認した。


拘束する為の道具を身に付けてはおらず、

マギルスとゴズヴァールの戦いでボロボロだった服も、

一新して着替えさせられ、白いネグリジェ姿となっていた。



「……どういうこと……?」



部屋の様子や自分の状態を鑑みた時、

自身が拘束されたと言うには考え難い状態だと、

アリア自身は察した。


そう考えつつも用心深く、

アリアは部屋の中にある扉に近付き、

手を伸ばしてドアノブを掴んだ。



「!」



アリアが何かに気付き、すぐに手を退けた。


次の瞬間に握ったドアノブを中心に、

青の紋印が広がり扉を覆うように氷が発生し、

扉そのものを氷の障壁で塞いだ。



「この術式って……」



扉全体に広がる紋印を見た瞬間、

何かを思い出したアリアは咄嗟に窓に駆け寄り、

アリアの手が窓に触れたと同時に、

氷で塞がれた扉と同じ現象が発生した。



「……やっぱり。これは水魔法の『冷獄の城塞カルテシュロース』。一定の空間に閉じ込めた対象が触れると、自動的に発動する氷の牢獄……。こんな高位魔法を扱えるのは……」


「儂じゃよ」


「!?」



部屋に施された術式を見破ったアリアだったが、

突如として部屋の内部に声が鳴り響き、

閉ざされた扉の氷が一瞬で蒸発して消えた。


その扉が開け放たれると同時に現れたのは、

絵物語に出てきそうな格好をした、

意匠の凝った青い衣と長い錫杖を持つ魔法使いの老人。


その老人を見たアリアが、

後退りしながら老人の名前を呟いた。



「……やっぱり、ガンダルフ師匠……」


「久しいの。アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン」



古老ガンダルフとアリアの本名が互いの口から述べられ、

その場に一瞬ながらも緊張が走った。


その緊張を紐解くかのように錫杖を動かし、

部屋に張り巡らせた氷の牢獄を崩したガンダルフが、

アリアに対して尊大ながらも圧を加えた風格を持って話し掛けた。



「さて。どうしてマシラに来ておる、アルトリア。御主、帝国の皇子と結婚しとる頃じゃろ」


「……もう私は、ローゼン公爵家の人間ではありません」


「どういう事じゃ?」


「……私はユグナリスとの婚約を破棄し、ローゼン公爵家を自らの意思で出て、ここまで旅をして参りました。師父ガンダルフ」


「ふむ。簡潔じゃが分かり易い。理由は、予想が着くがの。御主は猫被りの御転婆な娘じゃったからのぉ」


「……師父ガンダルフ。私からも質問をしても?」


「構わんよ。じゃが、三つだけじゃ。それ以上の質問は許さん」



そう告げたガンダルフの威厳ある言葉に、

アリアは珍しく萎縮しながらも、

頭の中に浮かべた事柄を瞬時に取捨選択し、

ガンダルフに対して質問を投げ掛けた。



「分かりました、まず一つ目の質問です。……ここはマシラ共和国内の、何処でしょうか?」


「マシラ共和国首都、王宮内にある迎賓館じゃ。儂が招かれた場所でもある」


「ガンダルフ師匠が、マシラ共和国に招かれていた……?」


「その理由を聞くのが、二つ目の質問にするかね?」


「いえ。……では、二つ目の質問です。私達がマシラ共和国の王宮にて行った事件前後、どのような推移を辿り、このような事態となってしまったかを、御教え頂きたいです」


「ふむ。良い質問じゃ。一つの質問で複数の事柄を聞き出す。一つの詠唱で複数の意味を見出す、魔法哲学を上手く利用しとる」


「……」


「さて、二つ目の質問じゃが。儂が知る限りでは、今回の事件でマシラ政府側は混乱しとる。ベルグリンド王国とガルミッシュ帝国の戦争開始。それに伴う物流制限と経済と人員の移動。その中で起こった若い王の急病。王子の失踪。それに伴う闘士達の独断行動。マシラ共和国はまさに、混乱の渦中じゃったそうじゃな」


「……」


「その中で、王子誘拐犯を捕らえたと情報を得た各勢力じゃが、当の王子は別の者に連れ去られ、その相手の様相から異国人だと察し、すぐに首都内部の兵士と滞在する異国人の出入りを禁止した。そうした中で王子を連れ戻し、闘士達が捕らえたのがアルトリア。御主じゃよ」


「……」


「そして御主が捕えられた翌日には、あの魔人が侵入者として王宮に踏み込んだ。王が休む王宮最奥部にまで踏み入ろうとしたと、そう話も聞いておる」


「……ッ」


「闘士長を含むほぼ全ての闘士が重傷。兵の大半も負傷しとる。死者がおらぬのが不思議じゃが。しかし、大逆罪にも類する行為。男の死刑は免れぬ」



アリアはそれを聞き、

自分とエリクのマシラ共和国に対する立場が、

王の一族に不逞を働いた者達だという見解に達している事を、

師匠であるガンダルフの口から聞いた。


そしてエリクの死刑を免れぬと聞いた時、

必死に頭の中で思考を回しながら、

どうするべきかを考え尽くそうとした。


そんな中で、ガンダルフが言葉を続けた。



「ただ、今は少し事情が異なっておる」


「!」


「元老院の一人と直接交渉した者達がおってな。今現在は事情を伝えておるそうじゃ。儂の弟子という事もあり、お前さんは儂が居る迎賓館で拘留のみに留まっておる。それがお前さんの状態じゃ、アルトリア」


「……そう、ですか」



ガンダルフからそう聞いた時、

アリアは事が終わった寸前に気絶した光景を思い出した。


ガンダルフと共に現れたケイル等が、

僅かな時間でマシラ共和国の元老院に接触し、

捕まった自分に対する交渉を行ってくれたのだと考え至った。


そこに感謝しつつも、

敢えてガンダルフが二つ目の質問に答えなかった事を、

アリアは三つ目の質問に選んだ。



「では、三つ目の質問です。……エリクは。王宮内に侵入したという男は、今現在はどうなっているのですか?」


「……」


「師父ガンダルフ。お答えください」


「……その質問を答える前に、約束せい。決して取り乱さず、この部屋から飛び出す事無く、落ち着いて聞くと」


「はい」


「あの男は、首都から離れたとある場所の、地下監獄にて収容しておる」


「!!」


「王宮内にあるような軟な監獄ではない。日の目を見る事が敵わぬ程の地下で、大罪人として処刑を行う予定となっている者達が放り込まれる監獄じゃよ」


「……ッ」


「あの男も御主同様、本来ならば有無言わさずに元老院で決断し、処刑してもおかしくはなかった。それが互いに生きておるんじゃ。儲けものという事じゃろ」


「……」



アリアはエリクの生存に安堵しながらも、

大罪人が収容される監獄へ収容されたと聞き、

内心では穏やかな気持ちには至れなかった。


そんなアリアにガンダルフは、

忠告するように釘ある言葉を刺した。



「アルトリア。あの男を救う為に自身で動こうなどとは考えぬ事じゃ」


「!」


「あの男。聞けば魔人で、しかも変異の鬼の血を引いておると聞く。それが人の身を脱して暴れたとなれば、それを危険と思うのは、人間という種から見れば正常な理よ」


「……」


「今は大人しゅうし、御主達を救おうと動く者達を信じよ。もしそれを待てねば、より事態は悪化を招く事となるぞ」


「……ッ」


「ここは御主が好き勝手出来る庭ではない。それを忘れるな」



突き刺し止めたガンダルフの言葉に、

アリアは下唇を噛みながら表情を前髪で隠しつつ頷いた。


そしてガンダルフは部屋の扉に触れ、

再び紋印を描いて部屋の空間を氷の牢獄で覆い、

アリアが脱出しないように細工を施した。

そして扉から出る去り際、

ガンダルフはアリアにこう告げた。



「アルトリアよ、以前にも言うたな。お前はローゼンという名によって、守られておったと」


「……はい」


「その名の楔を解いたということは、御主という異端の才が、世に出て認識されるということじゃ。それを理解しておるか?」


「……」


「異端の才を見せすぎれば、御主の才は他の者達にとって、脅威と成り得るモノだと認識されてしまう」


「分かっています。ちゃんと……」


「ならば何故、古代魔法と秘術を使った」


「ッ」



低く怒鳴るガンダルフは、

背を向けたままアリアに対して話し続けた。



「あのまま古代魔法を過剰に使い続けておれば、どうなるか教えたろう」


「……はい」


「魂に刻まれし紋を、必要以上は使ってはならぬ。魂が果てれば宿す身の鎖は解け、起源へと帰される。そうなれば御主は、人では無くなるぞ」


「分かっています。師父ガンダルフ」


「……分かっておらぬから、こうして怒鳴っておるんじゃ。出来の良い馬鹿弟子め」



ガンダルフはそのまま扉を魔法を行使して閉めると、

部屋の中に閉じ込められるように留まったアリアは、

一息を吐き出してベットの端へ腰を降ろした。



「……魂の起源に繋がる紋への接触。触れ続ければ、いずれ天へと帰る者となる。……『神の使徒』、か。昔の魔法使いがそう呼ばれてた理由も、分かる気がする」



そう呟いたアリアは鈍く重い体を横に倒して、

青い瞳を閉じて再び眠った。


こうしてアリアとエリクは大罪人として拘束され、

外で奮闘するケイル達を信じて待つ事となった。




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