波乱の閉幕


習得した古代魔法『魂で成す六天使の翼アリアンデルス』を使い、

アリアは六枚の天使の翼を背負い広げた。


それを自身の目でも確認するアリアは、

溜息に近い深呼吸を吐き出しつつ、

呟くように愚痴を零した。



「私の趣味じゃないんだけど。せっかく樹海で覚えた魔法なんだから、有効活用しないと……」


「グ、ガ……ッ」


「……でも、これを使う初めての相手がエリクっていうのも、複雑だけどね」


「グオオオオオオアアアアアアッ!!」



目の前のアリアに向けて、

エリクが吼えるように叫んだ。

それと同時に再び口から放たれた魔力の圧撃が、

アリアに浴びせられるように直撃する。


咆哮の威力で土埃が周辺に巻き起こさせる中。

それは二つの翼が広がると同時に、

まるで払い除けられるように四散された。



「――……うるさいわねぇ、鼓膜が破れちゃうじゃない」



晴れた土煙の中から、

翼を背負うアリアが平然と立つ姿が見えた。


魔力で編み込まれた二枚の翼がアリアを包み守り、

残る二枚が直撃した魔力を逃がすように散らし、

余った二枚が土埃を払うように広がっていた。



「『魂で成す六天使の翼アリアンデルス』は、私の魂で作り出した翼よ。たかだか魔力を圧縮した砲撃程度で、砕けるものですか」


「ガ、グァ……」



咆哮の影響で喉を焼いたエリクが、

僅かに苦しみつつ自己治癒能力で回復する中、

アリアは右手の人差し指を向け、エリクに対して告げた。



「エリク。私、怒ってるんだからね。無茶しないって約束を破ったり、挙句に暴走してそんな姿になってるんだから」


「グァ……ガ、ガ……」


「でも、私も勝手な事やってエリクを巻き込んだし、無茶な事したりもしたから、お相子ってことで許してあげるわ」


「ガァ……ッ」


「……貴方を元に戻す。戻ったら、また私専属の護衛に戻ってもらうからね。覚悟しなさい」


「ガァァ、アアアッ!!」



喉を回復し終えたエリクが再び吼え、

その拳を直接アリアにぶつけた。

アリアは六枚の翼でそれを防ぐが、

飛ばされるように体は空に浮かぶ。


吹き飛ばされたかと思いきや、

アリアの体は六枚の翼を再び広げ、

翼が同時に羽ばたくと、宙を舞うように飛んだ。



「グガァァッ!」


「言ったでしょ。私の魂は砕けないのよ!」


「ガアアアアッ」



空に浮かびながら眼下のエリクを見下ろし、

アリアは高らかに告げながらも、

鼻から再び垂れた鼻血に気付き、左手で拭った。



「流石に、もう限界かしらね」


「ガアアァ……ッ!!」


「……行くわよ、エリク。少し痛いだろうけど我慢しなさい。男なんだから」



太陽を背負うように羽ばたくアリアが、

落下するように急降下し、

暴走し続けるエリクに襲い掛かった。


エリクはそれを迎撃するように拳を振り、

それを紙一重で回避したアリアが、

そのままエリクの眼前で急停止し、

六枚の翼を広げてエリクを包み隠した。


エリクの全身を翼から放たれる魔力の光が拘束し、

身動きの出来ないエリクの頭部にアリアが手を付け、

再び詠唱を開始した。



「ガアアッ!!」


「『我が魂で抱擁する咎人よ。汝が魂と我が魂に交わり問い掛ける。汝は誰か、汝は何処か、汝が閉ざす門を叩き尋ねる』」


「ガ、ガ、ガ……ッ!?」


「『神の使徒たる我が魂が尋ねる。咎人の魂は門を開き、彼の者の魂を救いたまえ』」


「ガ、ガア、アアア!!」


「『魂の救済リリーフ』――……ッ!!」



アリアの手を通じて広がる光が、

暴走するエリクの全身を包み、世界と隔した。


光に閉ざされた世界の中で、

エリクの魂にアリアの魂が干渉する。

干渉したアリアの魂が赤黒く濁るエリクの魂を包み、

浄化するように魂の濁りを払い除けた。



「――……いい加減に起きなさい、エリク。でないと私、貴方のこと嫌いになっちゃうわよ?」


「ガ、ア、アアアアアアァァァアアァァァァア……!!」



そう微笑みながら伝えたアリアの声に、

エリクは断末魔でもあげるように叫んだ。


その叫びと共に光の中に閉ざされた肉体が、

徐々に体の末端から紐解くように開放され、

エリクの全身が拘束した光から開放された。


光の翼で羽ばたきつつ、

二枚の翼でエリクの体を支えたアリアが、

ゆっくりとエリクの変貌した身体を地面へ降ろした。


エリクの体は赤い肌が徐々に薄まり、

膨張した肉体が縮むように変化していく。

額にあった黒い角は砕けるように散り、

赤い肌が日に焼けた褐色に戻り、

体格は三メートル前後から二メートル弱まで縮小した。


衣服の大半は攻撃された影響で破れ、

肥大化した肉体に耐え切れず消失していたが、

間違いなくその姿は、人間のエリクだった。


アリアの翼と体に支えられたエリクは、

力なくアリアに持たれ、僅かに目を開けた。

眼球が黒から通常の白に戻り、

その瞳が僅かに動き、エリクがアリアの顔を見た。


そして小さく呟きながら、エリクは聞いた。



「――……ア、リア……?」


「おはよう、エリク」


「……おは、よう」


「目覚めはどう?」


「……まだ、眠い……」


「そう。じゃあ、ゆっくり休みなさい。これは雇用主としての命令よ。いい?」


「……そう、か。分かった……」



再び瞳を閉じたエリクは、

そのまま休むように目を瞑った。


アリアはエリクの体を優しく包むに抱き、

天使の翼は目的を果たしたように紐解かれ、

空気の中に羽根が舞いながら消失した。


こうしてエリクの暴走は、

アリアによって停止する事に成功した。


しかし、アリアは再び鼻血を出し始めた。



「……もうこれ以上は、流石に無理かしらね……」



呟くように零すアリアは、

自分の今の状態を正確に理解していた。


頭が割れるような酷い頭痛に襲われ、

全身に酷い痺れが起き、

立つ事さえ不可能にしていた。


既に意識が朦朧とするアリアは、

それでも残った意思を貫くようにエリクを支え、

なんとか立ち上がろうと震える身体を動かす。


しかし、そのアリアを阻むように、

人間の姿に戻ったゴズヴァールが、

血塗れながらも立ち塞がった。



「ゴズヴァール……」


「……自らを蘇生し、暴走する鬼神の子孫を治めるか。まるで聖人だな」


「……」


「鬼神の子孫。そして聖人崩れ。貴様等がどう繋がり、どういう経緯で共にいるかは知らぬ。だが、貴様等が国を脅かす危険な存在だということに、変わりはない」


「……いいじゃない。やってやろうじゃないのよ」



アリアはエリクを横に寝かせながら、

震える手足を無視するように立ち上がった。

ゴズヴァールは角が刺さった足を引きずりながらも、

ゆっくり動きながらアリアに近付いていく。


互いに満身創痍ながらも、

敵対し決着を求める二人は、

再び激突しようとした。


しかし、状況が大きく一変した。


一変した状況を知らせたのは、

足並が幾重にもその場に鳴り響く音だった。



「!」


「……マシラの精鋭兵が、やっと登場ってわけね。これだけ暴れてれば、当たり前だけど……」



アリアとゴズヴァールが目にしたのは、

完全武装した重装歩兵達が並び槍を持ち、

更に弓兵と近接兵士を備えた部隊が隊列を組み歩む姿。

中には、魔法師らしき服装の者達もいる。


見える数だけでも、約二百名以上。


それがアリア達を取り囲むように動き、

武器を構えて包囲して停止した。


それを見たアリアは絶望的な状況の中で、

諦めに近い心情を抱きながらも、

不敵に微笑みながら呟いた。



「……フフッ。なんでかしら。こんな状況なのに、怖くないわね」



空を仰ぐように見たアリアは、

青く雲が浮ぶ空を見て、こう呟いた。



「……そうね、国や臣民を守る為に死ぬんじゃなくて、自分がやりたい事の為に死ねる。それが今の私よね」



呟きを終え、空を見終わったアリアは、

囲む精鋭兵と対峙するゴズヴァールを見た。

深呼吸を終えて覚悟を決めたアリアは、

鋭い視線と意識を向けた。


その時、周囲を囲む兵士達の隊列が動いた。


しかし、それはアリアに対する動きではなく、

左右に別れ広がるような動きであり、

分厚い列に綺麗な道が作り出される。


その中を複数の人間が通る姿を、アリアは見た。



「……嘘、でしょ」



この時、アリアは信じられない人物を目にした。

それはアリアが幼い頃に知り合い、

『才姫』アルトリアの根幹を築いた人物。


アリアが持つ上級魔獣の魔石を嵌め込んだ短杖を送った、

魔法師としての師匠。



「師匠……。大魔導師、ガンダルフ……」



隊列の道を歩く先頭には、

長い白髭を垂れ下げながら歩む青い衣纏った老人が、

青く輝く魔石が嵌め込まれた長い錫杖を持ち、

しっかりとした足取りで歩み進む。


そして、その背後には見慣れぬ礼装の老人と、

アリアには見覚えのある姿の人物達が見えた。



「……あれは、リックハルトさん……。それにギルドマスターの、グラシウスだっけ……」


「――……アリア、エリク!」


「ケイルまで……?」



大魔導師ガンダルフを中心に、

見慣れた顔ぶれの中に、赤髪のケイルが居た。


ケイルはアリアと倒れるエリクの姿を確認すると、

何かをグラシウス達に話し、

急いでアリアの場所まで走り出した。


辿り着いたケイルはアリアの傍で歩み屈み、

息を整えながら話し掛けた。



「アリア、無事か!?」


「え、ええ……」


「エリクは!?」


「気は、失ってるけど。大丈夫……」


「そうか。はぁあああぁ……、良かった。間に合ったかよ……」



ケイルが安堵の息を盛大に漏らすと、

アリアは理解出来ない状況の中で、

ただ一つだけ理解できる事があった。


それはケイルが見せた安堵の息と共に伝わり、

紐解かれる緊張の糸が一瞬で緩みを見せた。


その直後、アリアは一際酷い頭痛に襲われ、

ケイルに持たれかかるように倒れた。



「お、おい、アリア。……おい、なんだよ。どうしたアリア、アリア!?」



尋常では無いアリアの様子を察し、

ケイルは慌てて声を掛けた。

しかしアリアは目を再び開ける様子は無く、

そのまま頭痛から逃れるように意識を途絶えさせた。


こうして、アリアとエリクの闘士達との戦いは終わった。


この戦いでの被害の規模は、

王宮内部の約三割近い建築物を破壊し、

王宮内部に常駐していた闘士と兵士の半数以上を負傷させた。


エリクが侵入してから、僅か一時間前後の出来事だった。




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