才姫の鱗


 魔道具の手錠で魔法を扱えないはずのアリアと、戯れるように対峙する大鎌を持つ少年闘士。

 その戦いを終わらせる為に、アリアが駆け出した。


「あはっ、本当に突っ込んで来た。じゃあ、今は魔法が使えるんだ!」


 嬉しそうに身構える少年闘士は、突っ込むアリアに躊躇無く大鎌を振った。

 アリアはそれを脚力を振り絞って跳躍して回避し、恥を感じさせない生足の飛び蹴りを浴びせる。

 しかし少年闘士はそれを軽く避け、大鎌の柄を引いてアリアを殴り飛ばした。


「ア、グ……ッ!!」


「えっ?」


 殴り飛ばされ倒れるアリアを見て、少年闘士は違う意味で驚いた。


「さっきみたいに、魔法で防がないの?」


「……ガハッ。……グ……ッ」


「魔法が使えるようになったから、突っ込んだんじゃないんだね。ハッタリ?」


「……さぁね。自分で考えたら?」


「うーん。お姉さんは間違いなく、僕の大鎌を魔法の物理障壁シールドで防いだよね。だから魔法が使えるのは、確かだよね?」


 少年闘士が考えている間に、アリアは立ち上がり身構える。

 回復魔法が使えないアリアの全身は打痕や擦り傷を残し、髪は乱れながらも息を整えようと深呼吸をした。

 そんなアリアの様子など気にも留めず、少年闘士は考えながら呟いた。


「でも。さっきも今も、魔法で防ごうとしなかった。……そういえばお姉さん、詠唱してなかったよね?」


「……」


「お姉さんは詠唱もせずに物理障壁シールドを出来た。無詠唱魔法ってやつだっけ。術式を刻んだ魔石が無いと、凄く難しいって聞くよね?」


「……」


「そうか。お姉さん、その魔石を何処かに隠し持ってたんだ。だからあの時だけ魔法を使えた。でも今は魔石を使い果たして、防御が出来なかった。そうでしょ?」


「……ッ」


「当たりかな、当たりだよね? だって、それ以外に考えられないんだもん。そうでしょ、お姉さん?」


 答えを導き出した少年闘士は微笑み、大鎌を構え直してアリアに歩み寄った。


「答えはもう分かったよ。やっぱりお姉さんは、魔法が使えないと凄く弱い、ただの人間だね。ガッカリしちゃった」


「……そうね。私は、ただの人間よ」


「そっか。じゃあ、もういいや、興味も無くなっちゃった。――……お疲れ様。もう死んでいいよ、お姉さん」


 アリアの目の前に立った少年闘士は、最後に微笑みながら大鎌を横這いに振った。

 アリアの体を上下に両断する為に。


「――……えっ!?」


「でもね、ただの人間を舐めるんじゃないわよ」


 少年闘士は驚いた。

 自分の振った大鎌が、アリアの体を両断する直前に防がれ、止められたのだ。


 アリアは青い瞳を輝かせて手錠が嵌められた両手を横へ靡かせ、まるで剣を持ったように振った。


「――……『波乱の風を纏いし剣ウィンドソード』!!」


「!?」


 詠唱を呟きながら両手を振ったアリアの動作に気付いた少年闘士は、咄嗟に身を引いて飛び退いた。

 しかし少年闘士の未成熟な体の正面を、袈裟懸けに風の剣が切り裂いた。


「ッ、ァ……ッ」


 避けたのが幸いしたのか、切り裂かれた部分に流血は見えたが、少年闘士の傷は見た目よりも浅かった。

 しかし少年闘士は、傷の痛みよりも精神的な衝撃の方が勝っていた。


「……ッ、なんで……魔法が……?」


「言ったでしょ。自分で考えなさいよ」


「だって、もう魔石は……持ってないはず……。なんで、魔法を……?」


 少年が驚きながら見ていたのは、アリアが魔法で生み出した風の剣。

 それをワザと見せながら、アリアは冷たい目線を向けて教えた。


「ヒントをあげる。魔法ってのはね、奥が深いのよ」


「……奥が、深い?」


「アンタが知ってるのは、所詮は魔法っていう技術の表面だけ。魔法という強力な力があることを知るだけで満足した、ただのガキよ」


「……ッ」


「まぁ、私が今やってるのは、その表面も表面。魔法使いの初心者だって、誰でも出来る事よ」


 アリアは風の剣を消し去ると、その場で魔法の詠唱を開始した。


「――……『冷然なる大いなる氷、我が名を持って命ずる。我が敵に苦痛なる冷獄を与え――……」


「ま、まさか……それって……」


「『神の理を持って、彼の者に罰を与えたまえ』」


「ご、五節詠唱の最高位魔法……!? そんなの、ただの人間が使えるはず――……ま、まさか、聖人……!?」


 少年闘士は信じられないモノを聞き、目の前のアリアに渦巻く巨大な冷気を視界で捉える。

 それが嘘偽りの無い最高位魔法の詠唱と発動だと気付いた少年闘士は、初めて怯えを含んだ表情を見せた。


「う、嘘だよ……。だって、こんな……」


「そうね、ごめんなさいね。私、一つだけ嘘を吐いてたわ」


「!?」


「私ね、ただの人間じゃないの。……天才なのよ」


 アリアの冷たい青の瞳は、少年闘士を見据えながら言い放った。


「――……『冷獄に埋もれし荊カルストレイ』」


「う、うわぁッ!!」


 アリアの周囲を纏う冷気の魔力が、庭園一帯を覆うように凍らせた。


 日光で照らされる空の光を氷の霧が遮り、芝生や草木が一瞬で凍結する。

 近くで流れる水路の水が一瞬で凍り、周囲を無差別に氷の世界へ導いた。


 目の前に居る少年闘士も例外ではなく、凄まじい速さで氷に体が包まれる。

 一瞬で人体の体温を奪い、手足を自分の意思で動かすこともできず、その場から逃げ出す事さえ不可能にしていた。


「ウ、ア、ア……ッ」


「……」


 少年闘士は自身の体の状態を正しく認識し、瞳の中に恐怖を含んだ光が宿った。

 少年闘士は生きる人生の中で、初めての恐怖を味わっていた。

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