楽しいこと


 恐怖を味わう少年闘士を冷然たる瞳で見据えながら、アリアは周囲を凍結させる魔法を実行しながら話した。


「このままだと、アンタは死ぬわね」


「イ、ヤ……だ……」


「そうね。でも、アンタは成す術も無く死ぬ。このまま全身が凍結して、肺や心臓、脳さえ凍って死ぬわ。そういう魔法だから」


「……ア、ギ……」


 自分の勝利ではなく、少年闘士の死を告げるアリアの冷然な瞳は、迫り来る死の恐怖に怯える少年闘士の瞳を見る。

 顔部分も凍り始め、口すら満足に動かせなくなり、薄らと浮かべていた涙すらも一瞬で凍結して瞼を閉じる事さえ出来なくなる。


 凍結する少年闘士を見ながら、アリアは僅かに歯を食い縛り、両手を下げて深呼吸を吐き出した。


「はぁ。もういいわ」


「……!?」


 アリアが諦めるように呟いた後、少年闘士と周囲を覆い広がる凍結が収まった。

 氷の霧が晴れて日光の暖かみが庭園に再び降り注ぐと、効力を失った凍結が少しずつ溶け始める。

 少年闘士に纏う氷も溶けていくと、体温も僅かに戻ってきたことに少年闘士は驚いた。


「……え、え……?」


「魔力で精製した氷は、術者が魔法を止めればすぐに蒸発するわ。実物の氷とは物理法則が異なるから。でも下がった体温は自力で温かくして戻しなさい」


「……僕を、助けたの?」


「違うわよ。私、弱い者イジメは好きじゃないの。弱いアンタを痛めつけても、楽しくないだけ」


「!!」


 少年闘士から目を背けて背中を見せたアリアは、何かを思い出すように話し掛けた。


「アンタ。弱い奴と一緒に居ても面白くないって言ったわよね?」


「う、うん」


「私も子供の頃、同じような事を思ってたわ」


「!」


「でも色々と知って、人間の強さは力だけじゃないと思った。特別な強い力を持っているから。強い権力があるから。そんな単純な事で、人は量れないんだと知った」


「……力だけじゃ、ない……? だって、お姉さん。それだけ、強いのに……?」


「ええ。でもね、強すぎる力っていうのは、人を寄せ付けないものになるの。そんなの、つまらないでしょ」


「……強いのが、つまらない……?」


「私は、そんなつまらなくて狭い世界よりも、もっと広い外に世界を見たいのよ。……アンタも、力の強弱で人を判断する前に、もっと他の事に目を向けなさいよ。その方が楽しいし、飽きないわよ?」


 そう話すアリアは軽く手を振りながら少年闘士と別れた。

 少年闘士はそれを聞きながら、初めて聞く価値観に驚きを隠せていなかった。


「強くなるだけが、楽しいことじゃない……?」


 少年闘士は呟きながら手足を動かし、ゆっくりと立ち上がり体の状態を確かめた。

 落とした大鎌の柄を握り、全身を素早く動かしながら大鎌を構えて身体の状態を確認する。

 確認し終えた少年闘士は、アリアの後を追うように走り出した。


 少年闘士を撃退したアリアは、走りながら王宮から出られる場所を探す。

 しかし庭園の水路は狭く人が通れる程の大きさは無い。

 王宮を覆う外壁も高く、アリアが登るのを躊躇う程だった。


「……やっぱり、正面から突破するしか、手段はないかしら……」


 正面の門を探して突破する事だと考えたアリアは、庭園を出る為に進む。

 しかし庭園を出た瞬間、アリアは捜索していた兵士に発見された。


「いたぞ、あそこだ!!」


「チッ、見つかった」


 兵士の一人が大声を上げ、他の兵士にも伝えていく。

 アリアは兵士達とは逆方向へ逃げながらも、次第に集まる兵士達はアリアの先へ回り込み、疲弊したアリアは息を乱しながら追い込まれていた。

 壁際まで追い詰められたアリアを兵士達が囲み、それぞれが武器を持ちながら詰め寄った。


「……ハァ、ハァ……ッ」


 呼吸が乱れながらも打開策を考えるアリアだったが、目の前の多くの兵士達に上手く対処できるか自信を持てなかった。

 何かを諦めたアリアは呟いた。


「これは、ダメかな……。ごめん、エリク」


 この場に居ないエリクに謝りながら、アリアは静かに目を閉じ、再び冷たい瞳を見せながら魔法を唱えようとする。

 しかし、集まった兵士達が瞬時に蹴散らされ、周囲に土埃を巻き起こしながら吹き飛ばされた。


「!」


 アリアは一瞬だけ、エリクが現れたのかと期待した。

 しかし、アリアを助けたのはアリア自身ですら予想もしない相手であり、それに対して兵士達が動揺し叫ぶ声で相手の名前が判明した。


「と、闘士マギルス……!!」


「序列、第三位の……!?」


「何をする!!」


 しかし聞き覚えの無い名前と同時に、聞き覚えのある闘士の序列を聞いてアリアは驚いた。

 土埃が晴れ、アリアの視線に映った相手。

 それは先ほどまで自分を追い詰めていた、少年闘士の姿だった。


 アリアは少年闘士に目を向け、疑問を零した。


「ア、アンタ……。なんで……?」


「僕、楽しいことを見つけたんだ」


「え……」


 少年闘士は笑みを浮かべ、集まった兵士達を大鎌で殴り飛ばす。

 軽く兵士達を吹き飛ばす膂力と素早さは子供離れしており、エリクにさえ匹敵するのではないかとアリアは思う。

 全ての兵士を沈黙させた少年闘士が、アリアに笑い掛けた。


「お姉さんと一緒に居れば、楽しい事を見つけられそうだから。だから、こんなところで死んだらつまらないよ? お姉さん」


「……助けて、くれたってこと?」


「違うよ。僕は楽しい事をしたいから闘士になってたんだ。ゴズヴァールおじさんに勝つのが楽しい目標だったから。でも、もっと楽しそうな人を見つけたんだもん。それがお姉さんだよ?」


「え……?」


「そういえば、自己紹介してなかったね。僕はマギルス。お姉さんの名前は、なんだっけ?」


「……アリアよ」


「そっか。じゃあアリアお姉さん、よろしくね」


 満面の笑みで自己紹介をするマギルスに、アリアは困惑しながらも状況を飲み込んだ。


 こうしてアリアの脱出劇に、思わぬ助けが入った。

 少年闘士マギルス。

 マシラ共和国で序列三位の闘士が、この場でアリアの味方となった。

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