無邪気な小鬼


 一方その頃。

 エリクが王宮に踏み込む直前に、アリアもまた行動を起こしていた。


 それは昼食時。

 アリアを拘束する部屋の中に入った侍女が、部屋の中に違和感を見つけた。

 室内にあったベッドのシーツが剥がされ、鉄格子の付いた小窓が開け放たれ、その鉄格子に布が巻かれていたのだ。

 侍女はそれを見て、驚きを見せながら鉄格子の付いた小窓に近付いた。


 鉄格子に巻かれて結ばれた布が幾重にも重なり、ある程度の長さまで外壁に垂れ下がっている。

 そして室内には、捕らえていたはずのアリアが居ない。

 侍女は小窓からアリアが逃げたと思ったが、鉄格子が嵌められた小窓は人が通れる隙間など無く、例えアリア程の体格の女性が通るにしても、確不可能だと考え至った。


 しかし、現にアリアが部屋の中にいない。

 侍女は部屋の各所を確認し、アリアが何処かに潜んでいないかを確認する。

 クローゼットの中やベッドの下。

 箪笥や棚の陰に隠れたのでは考え探りながらも、侍女はアリアを発見できなかった。


 本当に脱出不可能の小窓を利用しアリアが抜け出したのではと疑った侍女は、急いで階下に居る兵士達に知らせる為に、部屋を飛び出した。

 それを聞いた兵士達も驚いて軟禁部屋へ訪れ、鉄格子に巻かれた布や誰も居ない部屋を確認する。

 不可解さを抱きながらも兵士達は軟禁塔の外に出て、アリアの捜索を開始した。


「……上手くいったわね」


 そして誰も居ない部屋から、軋む音と共に小言が漏れる。

 部屋の中央にある床に敷かれたカーペットが動き、床板が横へ移動すると、穴となった空間からアリアが出て来た。


「こういう部屋って、罪を犯した王族とか、国にとっての重要人物を幽閉する為の部屋だと思ったのよね。だったら、仕掛けの一つや二つは施されてると思ったけど……」


 隠れた床の仕掛けから出ながら、少し薄汚れた状態になったアリアは溜息を吐き出した。


「一時的に隠れられるだけで、抜け出すのは出来なかったけど。誰がこんなの作ったのかしら。……でも、兵士達の目は誤魔化せた」


 不敵な笑みを浮かべ、アリアは拘束された部屋から抜け出した。

 注意深く周囲の音や気配を感じ、拘束された両手のまま静かに移動する。

 軟禁塔内部は王宮の一部に組み込まれており、幾度か王宮内に常駐する兵士と鉢合わせしそうになりながらも、視覚的角度を利用して身を縮めて隠れた。


 幸いだったのが、侍女や兵士達はアリアが外に完全に逃げ出したと思い、塔の内部にほとんど兵士達が残っていなかったこと。

 一時的に床下へ身を隠したとしても、外に逃げたという疑心を生まなければ、拘束された部屋の中を隈なく捜索され、見つけ出されるだろうとアリアは予測していた。


 だからこそ、カモフラージュの為の小窓の細工。


 絶対に脱出できないと思われた小窓に仕掛けを施して脱出口に見えるようにし、捜索する者達に疑心ながらも植え付けながら、同時に脱出されたという心理的な窮地を生み出し、兵士達の意識を塔の外に向けさせた。


「……賭けだったけど、成功してよかった。……さっさとこの場所から抜け出さないと……。でないと、エリクだったら無茶して乗り込みかねないし……」


 賭けにも近い脱出作戦を決行したアリアの心理には、エリクの行動が予期出来た事が関わっている。


 合流出来なかったエリクは、恐らく自分を探す為に情報を得ようとする。

 そして襲って来た相手がこの国の闘士だと知れば、エリクは必ず闘士が居る王宮に乗り込むか、忍び込む。

 そして自分を見つけ出す為に、無茶をする。

 そういう思考を予期したアリアは、急いでエリクと合流する為に脱出する賭けを実行した。

 闘士と敵対するということは、マシラという国そのものと敵対する事に等しい。

 それが分かっているからこそ、アリアは焦っていた。


 この国でも、エリクを大罪人にしない為に。


「――……やった、外だわ。急がないと……」


 上手くすり抜けて脱出したアリアは、出入り口に辿り着いて注意深く様子を伺いながら外に出た。

 そして王宮と思しき通路に繋がる道を避けながら素足で地面を走り、小窓から見えていた庭園と思しき空間を目指す。


 庭園には水が通う場所がある。

 つまり、水路が存在している。

 上手く水路を利用して王宮を出られないかとアリアは考え、庭園を目指した。

 なんとか捜索する兵士達の目をすり抜け、庭園と思しき入り口に扉を見つけたアリアは、注意深く中を観察しながら庭園の鉄扉を開けて入ろうする。


 しかし鉄扉を開けた瞬間、後ろから拍手が聞こえた。

 アリアはその音に驚き、後ろを振り向いた。


「凄いね、お姉さん。たった一人で逃げ出すだなんてね」


「……子供?」


 アリアの後方に居たのは、青黒い髪に黄色い服を纏った少年。

 年頃は十二・十三歳程度にも関わらず、子供の手には似つかわしくない大きな両手鎌が握られている。

 それを苦も無く抱え、アリアに向けて拍手していた。

 そして拍手を止めた少年は、アリアに話し掛けた。


「僕さ、お姉さんに興味あったんだ。だから監視してたんだよね」


「……私は、あんたに興味は無いわ」


「そんなこと言わないでよ。覚えてない? 僕、昨日の夜にお姉さんと会ってるんだ。ほら、お姉さんが捕まった時だよ」


「……」


「その時にお姉さん、言ってたよね。ゴズヴァールおじさん以外は、大したことはないって」


「……」


「だからね、それを証明できる機会を待ってたんだ。……お姉さんが僕には勝てないってことの、証明をね」


 無邪気に微笑みながらも、少年は両手鎌を抱えてアリアに歩み寄る。

 アリアは少年らしからぬ言動を見て聞き、庭園の庭園内に逃げ込んだ。


「お姉さん、待ってよぉ」


「……ッ」


 少年の無邪気な声が逆に不気味さを感じさせ、アリアはそれを無視するように庭園の内部を走った。

 しかし後方から感じた悪寒を感じたアリアは、自分の感覚を信じて咄嗟に横へ飛び退いた。

 アリアが居た場所を何かが通過し、正面に置かれていた物置が破壊された。

 その物置には、少年が持っていた鎌が突き刺さっていた。


「あはっ、外れちゃった。お姉さん、勘がいいね」


「……なんて、馬鹿力……ッ」


「お姉さん、知ってる? 鎌ってね、死神っていう神様が使ってた武器なんだよ。鎌の刃を引いて、罪人の首を切っちゃうんだって」


「……ッ」


 両手鎌を離した少年が歩み寄る姿を見ながらも、アリアは拘束された自分の腕を見て反抗は難しいと感じ、そのまま立って走り出した。


「追いかけっこだね。僕、お姉さんなんかに負けないよ」


 後ろから聞こえる少年の声に、アリアは振り返る事も無く庭園の中を走り続けた。

 こうして魔法を封じられたアリアは、少年闘士に遊ばれるように追われる事となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る