闘士エアハルト
戦士エリクと闘士エアハルトの二度目の戦いは、囲み見る兵士達から見れば次元の違う戦いだった。
黒い大剣をまるでナイフでも扱うように右手で扱い、左手と蹴り足を飛ばしながら常人離れした動きを見せるエリク。
対するエアハルトはエリクの大剣を紙一重で回避しながらも、避けきれない場面では篭手と具足で受け流し、エリクの懐に入った瞬間に高速で拳と蹴りを打ち込んだ。
「――……ッ、ガァッ!!」
「クッ!!」
拳と蹴りを打ち込んだ瞬間にエリクは怯みを見せるどころか、むしろ好機とばかりにエリクも蹴りと拳で迎撃し、更に間合いを離れようとしたエアハルトに大剣で追撃する。
それが何度も続きながら二人の戦闘場所が人垣を分けて移動し、牢獄があった建物の近くまで流れると、エリクとエアハルトが互いに間を空けた。
エアハルトが攻めを止めて鋭い眼光を向けると、今までと違う独特な構えを見せた。
それをエリクは不可解な視線を向けて様子を見た。
「……?」
「……お前は強い。だからこそ、殺す気でやる」
腰溜めに前傾姿勢になったエアハルトが右腕を頭より上まで移動させ、指を僅かに動かしながら力を強めた。
そして次の瞬間。
エアハルトの右手が人間の爪から獣の爪のように伸び、形状を変化させた。
「!?」
「――……ハァアッ!!」
振り下ろされたエアハルトの右手から何かが放たれた事を察したエリクは、咄嗟に横へ飛んだ。
その後に凄まじい衝撃音が鳴ると同時に、エリクの背後にあった建物の壁が破壊された。
「魔法、か。……いや、違う」
エリクが破壊された壁を見た瞬間に連想したのは攻撃魔法だったが、それに関連付けられずエリクが不可解に思ったのは、エアハルトの右手が変化したように見えたこと。
振り下ろされたエアハルトの右手を再確認した後、自分が知る魔法での攻撃では無く、魔法とは別の特殊な技だとエリクは察した。
そんなエリクに、エアハルトは睨みながら呟いた。
「……俺の爪を避けるか。ならば……」
エアハルトは右手と左手の指に力を入れ、両手の爪を伸ばして形状を変化させた。
そして右手の左手を交互に動かし、エリクに向けて両手を素早く動かす。
エリクは相手の腕の動きを見極め、更に壁を背にしながら横へ移動し続ける。
先ほどと同じように建物の壁が衝撃と共に破壊され、エリクはそれを見ながら見えない何かを凝視した。
辛うじてエリクに見えたのは、壁が破壊された後の土煙を割いて通る見えない刃のような攻撃だった。
「アレは、見えずに切り裂く剣か」
相手の攻撃をそう称するエリクは、エアハルトの動きと連動して繰り出される攻撃に対処し、壊れた壁の中へ飛び込み、建物の中に隠れた。
エアハルトは建物内に逃げ込んだエリクを見ると、見えない攻撃を止めたと同時に駆け出し、エリクと同じように建物の中へ跳び入った。
壁が崩壊した事で室内に土煙が発生してエアハルトの視界を悪くさせたが、鼻を動かしたエアハルトが一瞬でエリクが居る場所を見定めた。
崩れた壁の部屋から出た扉の先で気配を消していたエリクに、エアハルトは右手に力を込めて見えない斬撃を飛ばして攻撃する。
「!」
「お前の匂いは、逃がさん」
エアハルトの攻撃に勘付いて咄嗟に飛び退いたエリクは、崩れ飛び出しす斬撃を避け、建物内の廊下を走った。
エアハルトはそれを追うように動き、後方から見えない斬撃を飛ばしてエリクを追撃する。
エリクは周囲を探るように視線を向け、飛んでくる見えない斬撃を観察しながら走った。
廊下の先にある階段を登り、二階へ移動したエリクをエアハルトは追撃すると、袋小路となっている部屋にエリクが逃げて扉を閉めた。
それを見たエアハルトは両手に力を込めて腕を二度振り、見えない斬撃を飛ばして扉を破壊した。
そしてエリクの匂いが強い場所に視線を向け、右手と左手を連続で動かし、見えない斬撃を飛ばした。
自身で破壊した壁と崩した土煙の舞う部屋の中を凝視しつつ、エアハルトは相手の様子を窺った。
「……埋もれたか」
部屋の外からエアハルトが見たのは、壁と天上の壁が崩れて瓦礫に押し潰された、黒い外套の端部分。
そしてエリクが持っていた大剣の先が瓦礫の中から飛び出し埋もれる姿を見て、戦っていた相手が瓦礫に埋もれた事を確信した。
それでも警戒しながら近付くエアハルトは、両手に力を込めながら足を進め、黒い布と剣が埋もれた瓦礫の前に辿り着いた。
「……」
無言のままエアハルトがエリクに手を向け、振り被るように頭上に右手を掲げた。
そして瓦礫に埋もれるエリクにトドメを刺す為に、見えない斬撃を崩れた瓦礫に向けて放った。
瓦礫が切り裂かれた瞬間、エアハルトが立つ床に衝撃が走り、砕け散った。
「!?」
足場が途端に無くなり自分の身を急落下させるエアハルトは、体勢を整えながら一階の床へ着地した。
そして頭上から落ちてくる瓦礫を避けるように後方へ飛び、エリクが埋まっていた瓦礫を避けながら警戒した。
しかし、とある光景を見た瞬間。
エアハルトの警戒は動揺に変化した。
「……なっ!?」
落下してきた瓦礫の中に見えた、エリクの大剣と外套の黒布。
しかしエリク本人の姿が無く、中身の無い外套と持ち手の居ない大剣だけが落下してきた。
「まさか、罠か……!?」
驚いたエアハルトは、急に崩れた二階の床を察する。
エリクは見えない斬撃に紛れて床を破壊し、瓦礫に埋もれたように見せて外套で穴を隠し、大剣を置いて崩れる瓦礫が外套と大剣が埋もれさせる。そして二階で開けた床穴から一階へ降り、自分が誘い込み落下させた事をエアハルトは悟った。
そして周囲の匂いを嗅いでエリクを探し始めたエアハルトは、予想外の位置から匂う獣臭に驚き、上を向いた。
「――……フッ!!」
「!?」
二階の穴から、エリクが落下してきた。
一階に居るものだと察していたエアハルトは驚愕し、驚きによって齎された硬直が飛び退く機会を逃した。
飛び掛かったエリクはエアハルトの左顔面に拳を叩き込み、硬直したエアハルトは防御できないまま顔面への攻撃を受けた。
その衝撃で部屋の壁に激突したエアハルトは顔面の痛みと霞む視界を味わい意識を朦朧とさせる。
それでも何とか立ち上がろうとした瞬間には、既にエリクが目の前に立っていた。
エアハルトは朦朧とする意識の中で、力の篭らない体をどうにか動かそうとしながら、見下ろされつつ疑問を漏らした。
「……どう、やって……」
「お前の見えない攻撃は、距離が開く程に精度が落ち、威力が下がる。それに、貴様は俺の匂いを辿っていた。だから旅の間に長く身に付けていた外套と大剣を囮にし、お前の攻撃で崩れるようにした」
「……お前は、何処に……」
「崩れた天上の穴に入り、身を隠した」
「……そう、か」
二階の崩れた天上の穴に入り込み、エアハルトと戦う前に崩した床下を利用して罠を張ったエリクに、エアハルトは納得にも似た敗北を感じた。
そのエアハルトに容赦せず、エリクは右手でエアハルトの胸倉を掴み、問い質した。
「お前の質問には答えた。お前も答えろ。……捕らえた女は何処だ?」
「……」
「お前達が女を捕らえたのは、この国の王子を誘拐したと思ったからか?」
「……」
「捕らえた女は……アリアは、誘拐などしていない。その王子を助けただけだ」
「……」
「アリアは何処だ? 教えろ」
影を落とした顔に怒りの感情を宿したエリクが、エアハルトの胸倉を掴んで低い声で聞いた。
その返事として、エアハルトは胸倉を掴むエリクの右手を自身の左手で掴み、まだ力の入らない身体で爪を食い込ませようとする。
そのエアハルトの様子を見て諦めたエリクが、エアハルトの胸倉を掴んだまま、左手で拳を構えて打ち込んだ。
「――……グ、ハッ」
エアハルトは顔面と腹部を更に強打されると、背を預けていた壁が崩れて瓦礫に埋もれながらを意識を失い倒れた。
二度目の戦いは、戦士エリクが闘士エアハルトに勝利する形で幕を下ろした。
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