マシラの闘士


 戦士エリクと闘士エアハルトが対峙する頃。


 屋根伝いに移動していたアリアは屋根から飛び降り、大きく崩れた廃墟へと追い詰められた。

 人気の無い場所に追い込まれたと自覚するアリアは、廃墟の中に少年と共に隠れる。

 その二人を追い詰めた女闘士メルクは、茶色の髪を靡かせながら警告を込めて声を響かせた。


「出て来い!」


「……」


「大人しく投降すれば、命まで奪いはしない!」


「……」


「もし抵抗を続ければ、容赦はしない!」


 淡々と続ける警告の言葉を聞くアリアは、誰が出て行くものかと舌を出して無言で拒否した。

 そして震える少年に目をやると、微笑みながら小声で囁いた。


「大丈夫。私が守ってあげる」


「……」


「ここでじっとしてて。お姉ちゃんが、悪者を退治しちゃうから」


 優しく少年の頭を撫でたアリアは、静かに動いて少年の傍から離れた。

 そして剥き出しの廃墟の中を捜索するメルクの目の前に、足音をワザと鳴らしたアリアが現れた。

 その姿は偽装の魔法は施されておらず、偽りの無い金髪碧眼の姿だった。


「……」


「観念したか。……子供は何処だ?」


「……やっぱり、あの子が狙いってワケ?」


「何処だと、聞いている」


「誰が教えるもんですか」


 アリアが舌を出して告げた瞬間に互いが構え、先に武器として短杖を抜いたアリアが短い詠唱を呟き、光の矢を飛ばした。


「『聖なる光ホーリーレイ』!!」


「!」


「『降り注ぐ聖なる光レインレイ』!!」


「なっ、速い!」


 メルクはアリアから放たれる魔法で編まれた一本目の光の矢を、横へ飛び退いて回避した。

 しかし二度目に詠唱されて出現した光の矢は複数同時に展開し、その矢がメルクに向けて全て放たれる。


 メルクは全て避ける中で、地面に着弾した光の矢が小規模の爆発を起こし、土や瓦礫の礫と共に土煙が巻き飛んだ。

 それを腕で防ぐメルクは、不自然な土煙の動きを目の端で捉える。

 土煙に乗じたアリアが短杖を持った状態で迫り、既に氷の剣を魔法で形成して殴り掛かる姿が見えた。


「ッ!!」


「このッ!!」


 殴り掛かるアリアを視認したメルクは、腰に下げた短剣を持って氷の剣に向けた。

 その短剣が魔力を帯びた白い光を発生させると、氷の剣と短剣から伸びた光が衝突した。


「まさか、魔法剣!?」


 アリアは相手が持つ武器を瞬時に察し、土煙に紛れて氷の剣を引いて後退した。

 それをメルクは許さず、後退して素早く下がるアリアに追い縋り、短剣から伸びる光の剣を振ってアリアを追撃した。

 それをアリアは氷の剣で防ぎつつも、氷の剣が光に触れた瞬間に溶けている事を察し、苦々しい表情を浮かべながら言葉を吐き出した。


「光だけじゃない、まさか火も!?」


「光と火の属性魔石を嵌め込んだ魔法剣に、氷の剣など無意味だ!!」


 打ち合う魔法剣同士が触れ合う中で、アリアが形成した氷の剣が徐々に形を崩し、周囲に溶けた水を撒き散らして零れ落ち続けた。


「魔法の腕は確かだが、剣の腕はイマイチだな!!」


「クッ!!」


 武器の属性と剣の腕で押し始めるメルクは、余裕を見せながらアリアを追い詰めていく。

 そしてついに氷の剣が細く削られ、光の剣に氷の刀身が切断された。


「!」


「終わりだッ!!」


 勝利を確信したメルクは短剣の柄を両手で持ち、光の剣を上段に構えてアリアに振り下ろそうとした。

 その瞬間、アリアは美しい顔を微笑みで歪ませた。


「『薄氷たる氷の空間アイスフィールド』」


「!!」


「……どう、動けないでしょ?」


 振り下ろそうとした光の剣が固定されたように動かず、身動きさえ出来ない事を自覚したメルクは、剣を振り上げたまま驚きの表情で固まった。

 そして周囲に感じる冷気と吐き出す息の白さに、メルクは驚かずにはいられなかった。


「これは、まさか……!!」


「なんで私が、氷の剣を光の剣に当ててたか、気付かなかったようね」


「!!」


「その魔法剣が持つ熱は、私の氷の剣と相性が最悪だったわ。でもそのおかげで、魔法で作った氷が自然を装いながら水分として周囲に撒き散らすことができた。地面だけじゃなく、貴方の服や身体にもね」


「これは……!?」


 光の剣を出現させている短剣を滴る水が氷へ変化し、腕や服に浴びせられた水も氷へ変化して、自分自身の体を凍結させている事にメルクは気付いた。

 当のアリアは外套にしか水を浴びないようにし、外套以外に氷が張り付いている様子はない。

 氷で覆われた腕や身体だけではなく、靴や足さえ廃墟の地面に癒着した状態になり、メルクは身動きが取れない状態に陥った。


「く、くそ……ッ!!」


「アンタの敗因はたった一つ。その短剣を使ってしまったことよ。『感電ショック』」


「ギ、アアァッ!!」


 メルクに短杖を近づけたアリアが、電気を帯びた魔法を短く詠唱した。

 薄く頑丈に張られた氷を伝いメルクの全身に電撃が及ぶと、その電撃が全身に伝って髪を逆立たせながら、数秒後にメルクは気絶した。


「知ってるかしら。魔力で作った水や氷は、普通の水や氷と違って、魔力の電撃ならあっさり通してくれるのよ。魔力そのものが水や氷の表面や内部、そして空気や大気中に流動してるおかげでね。だから、静電気程度の魔力の電撃でも、人間は悶絶するくらい効いちゃうのよ」


「……」


「あら。何が目的か聞き出そうと思ったのに、気絶しちゃってる。……やっぱりエリクって異常よね。これ以上の分厚い氷を自力で剥がして、電撃を浴びても痺れるだけなんだから」


 相手が白目を剥いて気絶した事を確認してから、アリアはその場から身を引いて立ち去った。

 魔法師アリアと女闘士メルクの戦いは、アリアの戦術的勝利によって終了した。


「もう大丈夫、悪者はやっつけたわ」


「!」


「ここから移動しましょ。あのおじさんと合流しないとね」


 そして少年が居る場所へ戻って来たアリアは、微笑みながら少年の手を引いて廃墟から移動しようとした。


「!!」


「!」


 二人が廃墟から出ようとした瞬間、目の前と周囲に人影が現れ、アリアと少年は足を止めた。

 人数は合計で五名。

 全員が黄色の服を身に纏った、女闘士メルクと似通った格好の者達だった。


 その者達を代表するように現れたのは、エリクの巨体を軽く上回る肉体を持った、大男の闘士だった。


「……金髪碧眼の女に、子供。見つけたぞ」


「……ッ!!」


 目の前の巨体の男が纏う雰囲気に気付いたアリアは、表情を硬くしながら警戒を向けた。

 目の前の大男の他に、周囲にいた者達の中で、気絶している女闘士メルクを発見した者達が呟いた。


「メルクの奴、やられてるぜ」


「エアハルト殿はどうした。新人のお守りは彼の仕事だろ」


「弱っちぃねぇ」


 周囲に様々な声が飛び交う中で、アリアの緊張した面持ちと警戒はたった一人に向けられていた。

 幾度かの戦闘経験を経て、アリアは自分より強い者が発する雰囲気を感覚的に察する事に慣れ始めた。

 その慣れ始めのアリアですら分かる事実。

 周囲の人物達の中で自分が勝てない相手が、目の前の大男だとアリアは悟った。


「……思い出したわ。マシラには政府直轄の部隊に、【闘士】と呼ばれる強者達が各地方から集められてるって……」


「……」


「その闘士が、ここに勢揃いってワケね」


 アリアは周囲に居る者達が、マシラ共和国で有名を連ねる【闘士】部隊だと再認識し、同時に思考を巡らせつつ足元の少年を見て悩んだ。

 周辺を囲まれた状態で袋小路の廃墟に追い込まれ、無防備な子供を一人抱えたまま逃亡する術があるのか、アリアは必死になって考えた。


 その方法を考えるより先に、目の前の大男からアリアに言葉と意識が向けられた。


「このまま抵抗するか。大人しく捕えられるか。選べ」


「……」


「抵抗した場合。命の保証は無いぞ」


 低い声で警告する目の前の大男の声に、アリアが脅しではない事を察した。

 それは起こり得る現実の話。

 この場でメルクという女闘士より強い闘士達を相手にして、一人では少年を守りつつ逃げる事さえ不可能だと、アリアは僅かな時間を使って瞬時に悟った。


 せめて、この場にエリクがいれば。

 そんな悔いにも似た心境を秘めながら、顔を上げたアリアは大男に向けて告げた。


「……大人しく捕まるわ。他の連中はともかく、貴方の相手は面倒でしょうから」


「……」


「ヒュー。言ってくれるねぇ、この娘」


「ただの負け惜しみだろ」


「なぁに、お姉ちゃん。僕に勝てる気なの?」


 アリアの言葉に各闘士達が様々な反応を示す中で、無言でアリアの前まで迫った大男の闘士は、アリアの腕を強引に掴みながら告げた。


「ッ」


「手の中の魔石を離せ」


「……チッ、バレてるわよね」


 掴まれた右腕から数個の魔石が落ちた。

 僅かな発光を見せながらも、地面に落ちると同時に魔石が見せる魔力の光は停止した。


「言ったはずだ。抵抗すれば命の保証は無いと」


「この国の政府直轄部隊が、子供の誘拐に加担してる時点で、そんな保証を信用できるわけないでしょ」


「……戯言を」


 アリアの右腕を握る拳に力が込められ、顔の表情を歪めたアリアが右腕の痛みに耐えた。

 そうする事で黙らせたと同時に、大男の手刀がアリアの首筋を横から叩き、アリアの意識を刈り取った。

 気絶したアリアはそのまま項垂れ、右腕を掴まれた状態のまま体を引き起こされ、大男の脇腹に抱えられるような状態になった。


 気絶したアリアを心配するように、少年は抱えられたアリアに走り寄った。

 それを遮ったのは大男の行動であり、その行動は不自然な形で少年の行動を阻んだ。


「……」


「……?」


 大男は右膝を曲げて地面に着けると、跪くように少年に頭を垂れた。

 そして周囲に居た闘士達もそれに倣う様に、少年に向けて膝を折り地面に着けると、五人の闘士達全員が頭を下げた。


「お探ししておりました。アレクサンデル=ガラント=マシラ殿下」


「……」


 膝を着いた大男の闘士は、亜麻色の髪を持つ少年にそう告げた。


 アレクサンデル=ガラント=マシラ。

 その名前は現マシラ王の嫡子であり、マシラ共和国の王子アレクサンデルと同じ名前だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る