異能の追跡


 闘士と名乗る男女の二人組を前に、偽装魔法が暴かれる事を恐れたアリアと少年は下がり、偽装を施していないエリクが迫る女闘士と向かい合った。

 カンテラの形状の小型の魔道具を使い、光属性の魔力をエリクに浴びせた女闘士は、異常を見せないエリクから視線を外して告げた。


「次はそっちの二人だ。前に出ろ」


「……」


 その女闘士を阻むように、エリクはアリアと少年に前を譲らぬように立ち阻んだ。

 それに女闘士は怪訝な表情を浮かべて、続けて告げた。


「そこを退け。これは命令だ」


「俺達は急いでいる。それに、お前の命令は聞く気はない」


「なに?」


 エリクが相対する態度を見せた為、女闘士は怪訝な表情を強めた。

 それに連動するように後ろに居た男の聖闘士も動き、エリクの前まで歩み寄ってくる。


 この時点でアリアは誤魔化せないと感じ、またエリクもそれを考えるからこそ対立の意思を見せた事を悟り、覚悟を決めて息を吐き出しながら、少年に告げた。


「私にしっかり掴まってて。そして目を閉じてね」


「!」


 屈んだアリアは少年を左手で抱きかかえ、少年もアリアの首に小さな手を回す。

 そして右手に短杖を持ったアリアがエリクの影に隠れながら呟き、その声をエリクは聞いた。

 そしてアリアが少年を抱えて前に出ると同時に、右手に持った短杖を女闘士に素早く向けた。


「!」


「――『眩き閃光フラッシュ』!!」


 短杖に点いた魔玉が凄まじい光を放ち、暗闇だった夜の暗闇を閃光の暗闇で塗り替えた。

 目を開けたままだった守備兵達は視界を奪われ、アリアの咄嗟の行動に気付いた女闘士と男闘士は、共に目を腕や手で守りながらも視界の自由は光に閉ざされた。


「エリク、外に逃げるわよ!」


「ああ!」


「ッ!!」


 その光に閉ざされた世界で、僅かに聞こえる声に女闘士と男闘士が反応する。

 そして閃光は数秒ほど続き、光が収まった。


 そこには光を直視した守備兵達が目を覆い苦しむ姿と、女闘士と男闘士が僅かな灯火と周囲の暗闇に慣れようとする姿のみ。

 既にエリクと少年を抱えたアリアはいなくなっていた。

 目に慣れた女闘士が、苦々しい表情を浮かべて目を覆い苦しむ兵士に怒鳴った。


「クッ、外に逃がした! お前達、さっさと他の守備兵を呼び、馬を準備して外に逃げたあの三人を追うんだ!!」


「待て、メルク」


「なんだ、エアハルト!」


 メルクと呼ばれた茶髪の女闘士を止めたのは、灰色の髪をしたエアハルトと呼ばれる男闘士だ。

 エアハルトはエリク達の居た地面を見つつ近付き、屈んで地面に手を触れた。

 そして指に付着した土を鼻で高い鼻で嗅ぎ、開かれた小門ではなく、下層の町へと続く場所を見た。


「奴等は、まだ町の中だ」


「!?」


「奴等の匂いが町の方角へ辿っている。奴等は外に逃げたと見せかけ、町に戻ったらしい」


「……確かか?」


「確かだ。子供を連れて馬も無しに外に逃げるのは、無謀だと思ったんだろう」


「分かった。守備兵は門の守りを更に強化しろ! 今後は、誰であろうと通すな!」


 エアハルトは立ち上がりながらメルクに話し、教えられたメルクは一定の信頼をエアハルトに置いているのか、騒ぎに気付いて出て来た官舎守備兵に命じつつ怒鳴った。

 そしてエアハルトと並び立つと、メルクは聞いた。


「追えるか?」


「ああ」


「なら、行くぞ!」


 エアハルトとメルクは門から離れ、同時に町側へ駆け出した。

 二人は物が高く積まれ置かれた場所を駆け上がり、家や建物の屋上を伝いながら移動する。


 そして数十秒後。

 二人が見失っていたはずのエリクとアリア、そして抱えられた少年が屋根伝いに移動しているのを発見した。


「!!」


「嘘、なんで!?」


 自分達と同じように屋根を走りながら来る闘士の二人組に気付いたエリクとアリアは、驚きの声を漏らして走る速度を上げた。

 エリクが自身の脚力と身体能力のみで屋根と屋根の間を跳び、アリアは少年を抱えながら長距離の幅は風魔法を使って僅かに浮遊し、そして次の屋根に伝って移動している。


 そうした労力があるにも関わらず、アリア達の通った後を苦も無く身体能力のみで追う闘士の二人に、後ろを確認しているアリアは驚きしか感じなかった。


「あの二人、とんでもない身体能力じゃないのよ!」


「……まずいな。このままだと追いつかれる」


「足止めが必要、かしらね」


「俺が足止めする。アリアは子供それを連れて逃げろ」


「もし足止めに成功して振り切れたら、集合場所は中層から下層の入り口付近で!」


「分かった」


 集合場所を決めた二人は互いに頷き合い、アリアを先に走らせたエリクは、屋根の上で停止して大剣を抜いた。

 闘士のエアハルトとメルクは、先を移動する子供を抱えた女魔法師と、停止して大剣を構える黒い大男を見て即断した。


「エアハルト、あの大男は任せた!」


「一人で追えるか?」


「問題ない。見えさえすれば、見失わない!」


 闘士の二人組はそう決めると、エアハルトが先行してエリクとぶつかるように衝突した。

 凄まじい速さの蹴りをエリクは腕で受け止め、その衝突の隙を狙って女闘士のメルクが突破していく。


「!」


「お前の相手は、俺だ」


 メルクと止めようとしたエリクを、エアハルトは更なる拳と蹴りの追撃で釘付けにした。

 エリクはその応酬を回避し受け流しつつ、先に逃げるアリアに向けて大きく叫んだ。


「アリア!!」


「分かってる!」


 エリクの叫びに応えたアリアは、そのまま少年を抱えて屋根伝いから飛び降りた。

 同じく女闘士のメルクも屋根から飛び降り、アリアと少年の後を追った。


 エアハルトと対峙するエリクは大剣を大きく振るい、それを跳び避けたエアハルトは屋根に着地して屈んだ姿勢から立ち上がると、静かにエリクを見た。


「……」


「……」


 二人の男達が無言のまま立ち上がり、そして構える。

 夜の雲が晴れて月の光で照らされると同時に、屋根の上に居る二人の男達の姿を露にした。


「……この男、強い」


「……コイツは、厄介だな」


 エアハルトとエリクが互いに似た感想を抱いて呟き、同時に飛び出して大剣と蹴りをぶつけ合った。

 元ベルグリンド王国の戦士エリクと、マシラ共和国の闘士エアハルトの戦いが、こうして夜の幕を開けて始まった。

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