南国編 二章:マシラの闘士

名演技の涙


 その日の深夜。

 複数の人物達がアリアとエリクが借りた家に乗り込んだ。


 一階と二階を隈なく探す者達は、家の中に人影が無い事に気付きつつも、二階のとある部屋の扉が内側から閉ざされ、開けられない事に気付いて集結した。


「壊すか?」


「ああ」


 短く返事をする者達は、扉を全力で蹴破った。

 その部屋はアリア達が寝る為の奥部屋であり、幾らかの毛布や布が敷かれた状態を見ながら、家に侵入した者達は苦々しい声を漏らした。


「誰もいないぞ」


「どうなっている……?」


 乗り込んだ家に誰もいない事に、侵入者達は驚きと共に困惑を見せる。


 そんな中で一人が、咄嗟に一階に降りて、床を見ながら何かを探した。

 それを追った複数の人間が、その者に話し掛けた。


「どうしたんだ?」


「床だ」


「床?」


「この一軒屋、もしかして地下室が……」


「!?」


 地下室に気付いた男の言葉を聞き、周囲は同じように床を隈なく探した。

 そして壁際の部屋にあるカーペット状の敷き布を、侵入者の一人が取り払い、地下室の扉を発見した。


「あったぞ!」


 仲間に教えて全員が集まった後、侵入者達はそれぞれに武器を構えて地下の扉を開けた。

 そして地下へ降りると、全員が驚くべきものを目にした。


「こ、これは……」


「抜け穴……!?」


 地下室の壁が一部分だけ抉られたように破壊され、外に通じる抜け穴が作られていた。

 それを見た侵入者達は、自分達が狙っていた者達がこの抜け穴で逃げ出した事を知った。


 一方その頃。

 アリアとエリクは少年を担ぎつつ、家の外へ逃げていた。


「地下室の横穴も、そう時間も掛からず見つけられちゃうわね」


「だが、君の機転で逃げる時間稼ぎは出来た」


「あの家を借りた理由が、あの地下室だったからね。真横から壁を崩して土魔法で穴を開けて、真上に掘れば家の庭に出れるように、ちょちょいと改装したわ。これも、あのお婆ちゃんのおかげね」


「あの老婆の?」


「私達がワケ有りだからこそ、隠れ易い地下室がある家を紹介してくれたのよ。本当はこんな用途の為の地下じゃなかっただろうけどね。お年寄りは大事にするものね」


「そういうものか」


 エリクは少年を抱え、アリアの話を聞きながら脇道へ入った。

 暗闇で閉ざされた路地裏の中で、息を整えたアリアと降ろされた少年に顔を向けながら、エリクは今後の方針を決める為に話した。


「それで、これからどうする?」


「そうね。あの家に躊躇なく踏み込んできたってことは、私かこの子があの家に居る情報を得た上で乗り込んできたことになる。……これは迂闊に、リックハルトさんや傭兵ギルドに頼ろうと動いたら、そのまま捕まえられちゃうかもしれないわ」


「あの商人と傭兵ギルドが、君の事を売ったということか」


「可能性の一つとしてね。ケイルが情報を知らせに来れない事も考えると、私達の予想以上に、ヤバい状態になってるはず。……しょうがない、強行手段よ。この首都から出ましょう」


「どうやって出る?」


「外壁は高すぎて上れないし、外壁の外側にある堀は深くて水も流れてる。土魔法で下から潜る方法は不可能。だったら、外に出る馬車の荷物に紛れるか、門の守備兵を騙すか、あるいは倒して正面突破で出るしかない」


「上手くいくと思うか?」


「……正直、可能性は薄そうだけど。とりあえず、門の警備状態を確認しましょう。突破するか騙すかは、警備状態次第ということで」


「分かった」


「君も、もう少し我慢してね。お姉ちゃんとおじさんが、守ってあげるから」


 アリアとエリクが今後の方針を決めた後、心配させない為にアリアは少年に話し掛けた。

 少年は不安の表情を見せながらも頷き、再びエリクに担がれながら移動した。


 首都マシラには北側を除いた場所に、各階層に三箇所の出入り口となる門が存在する。

 東西南のそれぞれの入り口に守備兵が立ち、出入りを行う物や者達を確認していた。


 アリア達が居る場所から最も近いのは、下層の出入り口である南門。

 そこに辿り着いたアリアとエリクは、少年を抱えながら守備兵達の様子を見た。


「……思ったより、警備が薄いわね。ここが下層の入り口だからかしら」


「下層だから?」


「中層にある東門と、上層にある西門の警備はともかく、下層にある南門は貧民街にあるから、警備人口がそもそも少ないのかも。……突破するチャンスかな?」


「出来ると思うか?」


「門の前にたった二人、守備兵の官舎には最低でも交代要員が四人。エリクだったら倒せる?」


「ああ」


「だったらやりましょう。……不意打ちを仕掛けるには不向きな場所ね。正面から偽装魔法で親子の旅人として装いつつ、一芝居してみましょう。ダメなら閉じられてる小門の鍵を奪って、あの門から出ましょうか」


「分かった」


 アリアの発案に慣れた様子のエリクは、少年を降ろして用意していた魔石と子供用の黒い外套を羽織らせた。

 魔石を持たせた瞬間に少年の髪は亜麻色から黒に変色した。

 そしてエリクも外套を羽織り、アリアも頭と肌をエリクに似せて偽装の魔法を施す。

 そうした格好になってから、アリアが少年に説明した。


「このおじさんが、私と貴方のお父さん役。私は貴方のお姉さん。そして君は、私の弟という設定で行くわよ」


「……?」


「お芝居よ。そういうフリをして、この門の外に出るの。分かる?」


「……」


「良かった。貴方は病気で喋れないって事にするから、過剰に怯えないでね。私とエリクに任せておけば、大丈夫だから」


 微笑んで伝えるアリアを見て、少年は頷いた。

 三人は親子を装いつつ、堂々と正面から南門の前まで歩み寄った。

 そして、守備兵に立ち止まるように命じられた。


「止まれ。顔を見せろ」


 アリアとエリクが外套のフードを脱ぎ、少年のフードはアリアが屈み外した。

 偽装されたアリアと少年の黒い髪を見つつ、エリクの顔を見ながら守備兵が質問を述べた。

 その質問には、アリアが答えた。


「こんな夜更けに、何処に行く気だ?」


「私達は親子で、母が病に陥り、薬を買いに来ました。薬を買えたので、今から村まで帰ろうと思っています」


「こんな夜更けにか?」


「母の状態が芳しくありません。急いで薬を届けたくて……。ねぇ、お父さん」


「ああ」


 アリアが述べる嘘に、エリクは合わせて同意する。

 それを聞いた守備兵は視線を落として、少年を見た。


「その子供は?」


「私の弟です。この子も母親の病気をもらってしまい、喉を痛めて喋れなくなってしまいました。父が抱えてここまで運び、買った薬を飲めたおかげで今は落ち着いています」


「ふむ……」


 そうして親子に偽装したエリク達を見つつ、悩む様子を見せる守備兵を後押しするように、アリアは涙を薄らと浮かべて泣き顔を晒しながら、守備兵に歩み寄って少ない銅貨を差し出した。


「お金は、薬を買ってしまって、このくらいしか残っていません。通行費に、足りるでしょうか……?」


「……三人分の通行費としては、少ないな」


「そんな……。母は今も、一人で薬を待ちながら苦しんでいます。お金の代わりになる物をお渡ししますので、どうか……」


「し、しかしなぁ……」


「お願いします、兵士様! 母の為に、早く薬を届けたいんです! どうか、これで……」


「う……」


 アリアが泣き顔を晒しつつ守備兵に頼み、地面に膝を付けて頭を下げた。

 そうする中で密かに後ろのエリク達に顔を向けながら、表情で促すアリアの意図を察し、エリクも少年も膝を付いて頭を下げた。


 健気に母親の為に薬を届けたいと頭を下げる親子に、流石の守備兵も良心の呵責を感じたのか、幾らか悩みながら大きな溜息を吐き出した。


「……はぁ。分かった、この銅貨だけでいい。さっさと通れ」


「よ、宜しいのですか?」


「ああ。まぁ、顔を見る限りはこっちで探してる連中とは違うみたいだし、通って構わん」


「あぁ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


「礼はいいから、さっさと行くといい。母親は大事にしろよ」


 頭を下げつつも口元を吊り上げながら黒い笑みを浮かべるアリアは、秘かに手を力強く握った。

 そんなアリアに気付く少年とエリクは、アリアの名演技っぷりに驚き以上の呆気を取られた。


 守備兵の良心に訴えたアリアの名演技により、争いが起こらないまま門を通る事が許された。

 そのまま小門を開けた守備兵が、偽りの親子を通そうとした、その時だった。


「待て」


「!!」


 守備兵達とは違う声が、アリア達の後ろから聞こえてきた。

 そこに立っていたのは、守備兵とは装いが違う二人の男女。

 その姿を見た守備兵の一人が、こう声を発した。


「これは、闘士様……!」


「……闘士……?」


 振り返ってその姿を見るアリアとエリクと同じように、現れた二人の男女も、エリクとアリアを凝視していた。

 一人は、灰色の髪と褐色の肌をした二十代後半の男性。

 一人は、茶色の髪で艶ある肌を晒した二十代前半の女性。

 二人は同じ黄色い布地の服を纏い、女性は腰に武器と思しきものを携えていた。


「私達は政府直轄部隊の【闘士】だ。私達はある者達を探している。門を出ようとするお前達に偽りがないか、確認をさせてもらおう」


 そう伝えた女性の方が、エリク達に歩み寄る。

 そして女性の手に持たれている魔道具を見て、アリアが舌打ちをしつつ小声で呟いた。


「……ッ、マズい。あれは……」


「あれは?」


「光属性の魔石を嵌め込んだ、偽装魔法を破る魔道具。光属性の魔石から照射される光を浴びたら、私達の偽装が解けてバレちゃう……」


「!」


 偽装魔法が暴かれると知ったエリクは、相手にバレないように警戒して僅かに構え、アリアと少年を庇うように前に出た。

 上手く進むと思った逃走劇は、闘士と呼ばれる者達の介入により妨げられた。

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