望まぬ待ち人
定期船へ乗船する当日を迎えたアリアとエリクは、宿屋の食堂で朝食を済ませる。
そして昨夜の内に準備していた荷物を抱え、宿屋の受付に宿泊料金を払い部屋の鍵を返却した。
二人は定期船の停泊している港へ向かっていると、市場側から奇妙な賑わいが起きている。
それに気付いたアリアは、
「――……あら、今日は変に騒がしいわね。何かあったのかしら?」
「そうだな」
「……まさか、もう追っ手が来たのかしら……」
そんな不安を抱えたアリアだったが、通りすがりに行き往く町の人々の声で聞こえる。
しかしそれは、アリアに違う疑問が浮かばせる会話だった。
「――……おい、聞いたかよ。噂の盗賊組織が捕まったってよ」
「マジかよ、どういうことだ?」
「広場で盗賊共が山積みにされてたんだと。
「へぇ、誰かが捕まえたってことか。凄いな、誰がやったんだ?」
「それがさ、夜中に盗賊全員を引き摺ってる大男を見たって奴が――……」
そうした住民達の会話が、アリアの耳にも入る。
すると追っ手ではなかったという安堵を味わうより先に、隣に居るエリクに訝し気な視線を向けて話し掛けた。
「……ねぇ、エリク」
「なんだ?」
「貴方、何かした?」
「何のことだ?」
「……まあ、違うならいいわ。港に行きましょ」
「ああ」
疑いを抱きながらも、アリアはすぐに気持ちを切り替えて歩みを速める。
エリクはそれに追従し、二人は港まで赴いた。
港に到着した二人は、最初に定期船が停泊する場所へ向かう。
そして目印となる白と青の混じる旗の船が見え、乗船用の船橋に二人が視線を向けた。
するとその近くに、灰色の
エリクはその老人を見ながら僅かに目を見開き、アリアは気にせずに進もうとした。
しかし
それに対してアリアが苛立ちの表情を浮かべ、文句を言おうとした。
「ちょっと、そこ
「待て」
「えっ」
その
すると老人は微笑みながら、エリクに挨拶を交えた。
「――……待っておったよ。傭兵エリク……と似た、お若いの」
「ああ。この前は、世話になった」
「……ちょっと、まさか知り合いなの?」
老人から声を掛けられたエリクは、そうした礼を向ける。
するとアリアは小声で尋ね、老人との関係を聞いた。
それに対して、エリクは素直に話す。
「二日前に食堂で会った。定期船のことも、この老人に聞いた」
「そ、そうなの。じゃあ、昔からの知り合いじゃ……ないのよね?」
「ああ、会ったばかりだ」
「そう……」
老人との事情を説明したエリクに、アリアは安堵の声を漏らす。
そんな二人が交える小声の会話を遮るように、老人は歩み寄りながら近付く。
それに反応したエリクは身構えるように腰を落とすと、老人は微笑んだまま話し掛けた。
「そう身構えなさるな。少しだけ話したい事があるだけじゃよ」
「……なんだ?」
「実はな。儂は旅をしつつ困っておる者の話を聞いて、解決する仕事を生業にしておる」
「……お前も、傭兵か?」
「似たようなものじゃな。それでな、
「依頼?」
「この町には、どうやら輸入品や輸出品を攫い、旅行客を襲い金品を奪う輩が組織で動いておってな。儂はその盗人達を捕らえるか、無理であれば殺す事も良しと言われておった」
「……」
「そうしたわけで、儂は旅行者のフリをして盗人達にわざと狙われようと思ったんじゃが。どうやらその盗人達は、羽振りの良い別の旅行者を付け狙っての」
「……」
「そう。お前さんの傍に居る娘が、盗人達に狙われていた。急ぎとはいえ、一日であれだけ買い物をして多額の金銭を持ち歩く姿を見せ、腰に下げる杖に付けられた魔石の価値を道端で喋っておれば狙われて当然。儂から言わせれば、無用心が過ぎるぞい」
「……!!」
エリクと話しながら後ろに居るアリアに視線を向けた老人は、そうした苦言を呈す。
するとアリアは、自分が盗人達に狙われていた事実を知った。
アリアは買い物中に幾つも金貨の入った財布を表で広げ、更には上級魔獣の魔石を着けた杖について人通りがある道端で話している。
それを直接聞いていたのか、それとも噂が流れたのか定かではないが、盗人達に狙われる理由としては十分だった。
金貨数万以上の価値ある物を持つ
狙うなら
そうした迂闊さを悔やむアリアを他所に、老人は話を続ける。
「それでな。お前さん達が定期船に乗り、明日にでも出発するという情報を掴んだ盗賊組織が、昨晩に宿を襲い、そこの娘と荷物を攫う計画を立てておったようじゃな」
「……だから
「……やっぱり、さっきの話に出てた盗賊達は、貴方が……?」
老人の話に反応したエリクが納得した言葉を漏らすと、それに驚くアリアは盗賊の件について問い掛ける。
それに対して、エリクは黙っていた理由を伝えた。
「すまない、昨日から視線は感じていた。そして昨日、宿の近くに集まり始めていたから、先に仕掛けてみた。何が狙いか聞いたら、君を狙った盗賊集団だった。殺すと騒ぎになりそうだったから、盗賊の
「……そういう事は、ちゃんと私にも教えてよ」
「追っ手とは関係が無かったから、言う必要が無いと思った」
「関係なくても、今度からそういう事は私にも教えて。いい?」
「ああ、分かった」
狙われているのに気付いていたエリクが、一晩で盗賊組織を壊滅させ捕まえたことを明かす。
それを聞いたアリアは、事前報告を改めて頼んだ。
それにエリクが素直に頷くと、再び老人が話を始める。
「と、いうわけじゃ。お前さんが盗賊組織を壊滅してくれたおかげで、儂の仕事は無くなったわけじゃよ」
「……お前の仕事を邪魔したから、その仕返しに来たのか?」
「まさか、逆に要らぬ手間が省けたんじゃよ。それに
「……そうか」
「儂がここに来たのは、お前さんにその礼を述べておこうと思ってな。感謝するよ、傭兵エリク」
「……俺は、エリオだ」
「おぉ、そうじゃったな。ここではそう名乗っておったのぉ」
「……っ」
老人は右手を胸に運びながら頭を下げて、丁寧に礼を述べる。
しかし
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