互いの気遣い
治療の報酬を受け取った二人は、診療所を出ていく。
それを見送るのはマウル医師と息子のオスカーであり、彼等は名残惜しそうな表情を浮かべていた。
そんな二人に対して、アリアは躊躇いを見せずに別れの挨拶を向ける。
「それでは、私達はこれで」
「もう、行ってしまうのですかな?」
「はい。色々と準備もありますので」
「……良ければ、私達の家で食事でもしませんか? 勿論、御父上のエリオ殿も御一緒に」
「明日の定期船に乗る準備もしなければならないので、今日は宿で食事を済ませます」
「そうですか。……本音を言いますと、アリス様には是非この港町の魔法使い様として残って頂きたいんですが、どうでしょうか?」
「……嬉しい御誘いですが、私は私の目的故に南の国へ行こうと思いますから。すいません」
「いえいえ、謝られる事ではありません。ここまでの御厚意、本当にありがとうございました。どうか南の国でも御元気で。道中、お気をつけください」
「はい、皆様もお元気で」
「エリオ殿も御元気で。娘さんのことを、どうぞ御大事に」
「ああ」
マウル医師と息子オスカーは改めて別れの言葉を口にし、去っていく二人を見送る。
そして診療所が見えなくなる道に入ると、アリアは呟きながら話した。
「……私が居ると、逆にあの人達には迷惑を掛けちゃうからね」
「ん?」
「ほら、私って追われる身でしょ。そんな私がここに……ううん、帝国領内にまだ隠れたままだと思われたら、追っ手が他の村や町をひっくり返してでも探すでしょ。それって皆に、凄く迷惑を掛けちゃうじゃない? だから追っ手には、私達がどういう経路で逃げているか知ってもらう必要があるの」
「わざわざ、逃げる道を教えるのか?」
「そう。あの人達に渡した手紙も、私が書いたと分かるようにしている。追っ手がここに来ても、多くの人達が『アリスとエリオと名乗った二人組は南へ向かう定期船へ乗った』と言えば、追っ手もこの町からすぐ引いて、南に向かうじゃない? この港町や他の領地の町で、私を捜索している軍や貴族達に迷惑している人達には、最小限の迷惑と被害で留めておかないとね」
「……よく分からないが、そうした方が良いんだな?」
「うん、私がそうしたいの。……エリク、追っ手は必ず私達を追跡して来る。だから私をちゃんと、守ってね」
「ああ」
追跡して来る者達に逃げ道を教えるアリアのやり方に対して、エリクは反対する意思を見せない。
逆に短くも頼もしい言葉で頷く姿に、アリアに微笑みを浮かべた。
それから二人は夜が更ける道中を経て宿に戻り、夕食を宿の食堂で済ませる。
そして部屋に戻り、明日の準備をしながら荷物を纏めた。
深夜に近い時刻の中で荷物整理が終わり、アリアは疲れたようにベットに潜る。
そして静かに寝息を立てたアリアを確認したエリクは、真剣な表情を浮かべた。
すると自分達が泊まる三階の部屋、窓越しに外を見る。
そして下に見える建物の影を見つめ、防具を身に付け自らの大剣を背負いながら部屋を出て行った。
その日の夜、北港町の宿屋付近の外で何者かが複数で争う音が響く。
そして翌朝には、港町の中央広場に重傷を負いながら縄で縛られた男達が山積みにされていた。
報告を受けた駐留している帝国兵士達は、彼等が旅行者を狙う盗賊組織だと後の調査で判明させる。
そうした事態になっている事を知らずに朝を迎えたアリアは寝起きの表情を見せながら、既に起きていたエリクとこんな会話をしていた。
「――……ふわぁあぁ……。おはよう、エリク……」
「おはよう」
「……あれ、もう起きてたの? 早いわね。……あれ、お風呂に入ったの?」
「ああ、少し汚れてしまっていたからな。綺麗にした」
「そうなの。じゃあ、私も御風呂に入ろ……」
起きたばかりで眠気の晴れないアリアは、そのまま風呂場に入る。
そんなアリアを横目で見送るエリクは、
後に捕らえられた盗賊達は、こう証言する。
羽振りのいい獲物を狙って泊まっている宿に忍び込もうとしたところ、
更にアジトを聞き出された上に、頭目も含めて全て薙ぎ倒したのだという。
その証言を得られた兵士達だったが、その人物と思しき者は既に港から離れ南に向かった事を知ったのは、少し先の話だった。
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