依頼の報酬


 旅に必要な品々を購入し終えた二人は宿に荷物を置き、治療の報酬を受け取る為にマウル医師の診療所へ向かう。

 その道中、エリクだけが自分達を監視するような視線と気配に気付いた。


 そうして後方を確認しながら歩くエリクに気付いたアリアは、不思議そうに問い掛ける。


「……」


「エリク、どうしたの?」


「……いや、なんでもない」


「そう?」


「ああ」


 周囲の視線に気付いたエリクだったが、その事をアリアに何も伝えない。

 その答えに半信半疑の表情を浮かべるアリアだったが、それを気にする様子も無く視線を前方に戻した。


 そうした中で二人は診療所に辿り着き、入り口の待合室で受付に立つ中年女性に声を掛ける。


「こんにちは。昨日お伺いした――……」


「ああ、魔法使い様かい! それに、その父親の傭兵さんだね。昨日は本当に、ありがとうございました」


「いえ、魔法師として当然の事をしただけです。マウル医師はいらっしゃいますか? あれから怪我人達の経過確認と、報酬の件で御伺いしたのですが」


「ああ。マウル先生は外での診療に行っていましてね、もうすぐ帰ってくると思うんだけど……」


「そうなんですか。それじゃあ、今はどなたが受診対応を?」


「マウル先生の息子さん、オスカー先生ですよ」


「そうですか。それなら受診対応が全て終わったら、息子さんに経過を聞いてもいいですか?」


「ええ、ちょっと待ってくださいね。御伝えしてきます」


 受付の中年女性はそう伝え、昨日と同じように奥の部屋へ入る。

 そして一分もしない内に戻ってくると、二人の待合室で待ってもらうように伝えた。


 それに応じる二人は待合室の椅子に並び座り、呼ばれるまで待つ事にする。

 すると十数分後に診察部屋から親子連れの患者が出てきた、中年女性が立つ受付に歩いていった。


 それと一緒に出てきたのは、三十代半ばに見える男性の医師。

 彼は待合室に座るアリアとエリクの姿を見ると、歩み寄りながら話し掛けた。


「――……昨日は御世話になりました。そして挨拶が遅れて申し訳ありません。昨日も受診患者の対応を行っていまして。あっ、私はオスカーと申します。どうぞよろしく」


「よろしくお願いします。あの後、怪我人の容態に変化などは?」


「容態に関しては、アリス様の魔法のおかげで滞りなく治癒できました。後はリハビリ次第で、日常生活に戻れるでしょうね」


「そうですか」


「治癒された皆さんが、改めてアリス様に是非お礼がしたいと仰っていましたが。お顔を見せに行きますか?」


「いいえ。私は魔法師として、魔法学園の卒業者として務めを果たしたに過ぎませんから」


「そうですか、分かりました。父のマウルですが、外回りの診療を行っています。昨日で大方の患者の容態は治まったので、久し振りに患者さん達の往診する時間が出来きましたので」


「そうなんですね。……実は明日の内に、私達は定期船で南港町サウスポートへ行こうと思います。後の事はお任せしてしまいますが、よろしいですか?」


「ええ、お任せください」


「それと、コレを」


「これは……手紙、ですか? 二枚とも?」


「はい。マウル医師かオスカーさんを差出人とした上で、それぞれ郵便で送ってください。宛先は既に記入していますので」


「宛先……。……こ、これは……」


「魔法学園と、帝国軍宛に向けた書状が入っています。この手紙を両方に送り届ければ、早急に回復魔法を使える魔法師が手配されるでしょう」


「!」


「半年も一つの町に魔法師が常駐していないのは、流石に問題となりますから」


「あ、ありがとうございます! 本当に、何から何まで……」


「いいえ。これも魔法師の務めです」


 アリアは薔薇の赤印を記した封筒を二つ渡し、オスカーはそれを感謝しながら受け取る。

 すると感慨深い表情を浮かべながら、改めてアリアに対して感謝を伝えた。


「……昨日、父が言っていました。魔法があっても、医者は不要ではなく必要な存在だと貴方が仰っていたと。父の事も気遣って頂いて、本当にありがとうございます」


「いえ、当然の事を言っただけですから。オスカーさん、お父様の成されている医者としての御仕事。是非、絶やさぬように継いでくださいね」


「はい、勿論です」


 礼を述べるオスカーに対して、アリアは謙遜した様子で答える。

 それを見ながら聞いていたエリクは、マウル医師の仕事をオスカーが誇りを持って受け継いでいる事を理解した。


 そうしたやり取りをしていると、誰かが診療所の扉を開ける。

 それは戻って来たマウル医師であり、アリアとエリクが訪れている光景を見ながら呼び掛けた。


「――……ただいま。……おお、アリス様。それにエリオ様も、もう御越しでしたか」


「お邪魔させて頂いています」


「お邪魔などとんでもない。報酬のことですな。少々、御待ちください」


 アリアとエリクに対して丁重に接するマウル医師は、彼等が訪れた用件を的確に思い出す。

 そして準備している報酬を取りに行こうとした際、息子であるオスカーに声を掛けられた。


「父さん、アリス様がこの書状を」


「ん? これは……」


「この手紙を帝都に送れば、半年も待たずに新たな魔法使い様が来て下さるそうなんだ」


「これはこれは、そんな大層な物を……。本当にありがとうございます」


「魔法師としての務めですから」


 息子オスカーから事情を聞いたマウル医師は驚き、改めて感謝を伝える。

 それに対してアリアが微笑みと謙遜で返すと、マウル医師は息子オスカーを伴いながら奥の部屋へ入った。


 それから少し待った後、マウル医師とオスカーは戻って来る。

 そして何かを収めた二つの麻袋を持ち、エリクとアリアに差し出した。


「これが、昨日お願いされていた報酬ですが……。本当に、これでよろしいので?」


「はい。怪我人達からそれぞれ銀貨一枚、合計で三十四枚。そして治療に必要な道具を一式に、薬品。確かに受け取りました。これが欲しかったんです、ありがとうございます」


「あれほどの治癒と回復を行ってくださったのですから、もっと高額な報酬でも……」


「旅に使う医療道具や薬品まで購入するのに、手が回らないだろうと思っていたんです。それに治療自体はすぐ終わりましたから、この金額ほうしゅうで十分です」


「アリス様がそれでよろしいのなら……。本当に、ありがとうございました」


 報酬の量の少なさを疑問にするマウル医師は、そうした問い掛けを向ける。

 それについてアリアは理由を明かすと、彼等は納得した様子を見せて報酬を渡した。

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