乗船手続き


 宿を出たアリアとエリクは、今日中に必要な用事を全て済ませようとする。

 その準備として最初に選んだのは、既に停泊しているという定期船に乗船する為の手続きだった。


 二人は多くの船が停泊している海沿いの港側へ向かい、初めて見る定期船を探す。

 その為に港に居る船乗りや漁師などにアリアは話し掛け、南に向かう定期船が在る場所を問い掛けた。


「――……定期船なら、あっちの方にある白と青混じりの旗の船だよ」


「そうですか。教えて頂きありがとうございます」


「それより嬢ちゃん、可愛いね。良かったら今晩、一緒にどうだい?」


「ごめんなさい。後ろにいるお父さんが、許してくれないと思うので」


「へっ? あっ、そ、そっか。それじゃあ、な……」


 誘う船乗りの言葉を受け流す為に、アリアは後ろに立つ父親エリクに意識を向けさせる。

 それによって船乗りは引き笑いを浮かべながら去っていくと、エリクはアリアに問い掛けた。


「どういうことだ?」


「よっぽどの馬鹿か無法者じゃない限り、父親の目の前で娘をナンパできる度胸がある人は滅多にいないってこと」


「……よく分からないが、そうなのか」


「そうなの。だから旅の間は、相棒パートナーじゃなくて親子って事にしてると都合が良いのよ。それに、エリクの顔は厳ついし体が大きいから。大抵の人は怯えちゃうわ」


「そうか」


 そんな会話をする二人は、白と青が混ざる旗がある大型の船に近付く。

 するとその近くで作業している若い船員に話し掛け、アリアは質問を行った。


「お尋ねします。この船は南へ向かう定期船で、間違いありませんか?」


「ん? ああ、そうだよ。乗船希望かい?」


「はい。どちらに行けば乗船の手続きをできるか、お伺いしても?」


「だったら、あっちの建物の中で乗船者の受付してるから、そこで手続きすればいいぜ」


「ありがとうございます。助かりました」


「……御嬢ちゃん、可愛いね。今晩、暇だったりは?」


「ごめんなさい。旅の為に、後ろの父と色々と用事を済ませなければいけないので」


「えっ、あっ。そ、そうか……」


 定期船の乗船手続きを行う場所を聞き出したアリアは、先程と同じように船員の誘いを断る。

 そして先程の船乗りと同じ様子で去っていく若い船員を見ながら、エリクは納得したように頷いた。


「なるほどな」


「効果大有りでしょ。まともな神経した男なら、父親の前で娘をどうこうしようとは思わないわよ」


「……まともじゃない男がいたら?」


「その時は、そうね。しつこいようなら、ぶっ飛ばして構わないわ」


「分かった」


 エリクの問いにアリアは答え、そういう事態になった時の事を予め伝えておく。

 そして二人は教えられた乗船手続きの受付を行える建物に入り、アリアはそこの受付をしている中年女性に話し掛けた。


 するとアリアは自分の偽名アリスを書き、エリクも習った偽名エリオを書く。

 そして乗船に必要な銀貨二十枚を渡し、乗船客用の銅板を受け取った。


 乗船手続きを終えた二人は港を離れながら、次の予定を話し始める。


「明日の昼前に出発予定らしいから、明日は朝食を済ませてから宿を出て船に乗りましょう」


「分かった」


「それじゃあ、次は買い物ね。歩く旅もきついけど、船旅もきついから色々と用意しないと」


「そうなのか?」


「エリクって、船に乗るのは初めて?」


「ああ、そうだな」


「じゃあ、貴方用の船酔いの薬も用意した方がいいかしら」


「船に乗るのに、薬が必要なのか?」


「実際に乗ってみなければ分からないけど、薬が必要な人もいるのよ。……私みたいに」


「ん?」


「何でもないわ。じゃあ、買い物に行くわよ。大きめの鞄も買って、エリクには持ってもらうからね。それじゃあ、行きましょう!」


「ああ、分かった」


 そうした事を話しながら、二人は旅に必要な物を買う為に港町の市場へ向かう。

 それはエリクにとって、初めて旅をする為に買い物をする機会でもあった。

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