回復魔法


 マウル医師の診療所へ訪れたアリアとエリクは、そこで重傷者と重病人の治療を優先して行う事になる。

 そして案内された奥の入院患者の病室には、怪我人達がそれぞれの寝台に寝かされ苦しむ様子が見えた。


 包帯を巻かれながら滲み出る血の匂いが漂う部屋を横目に、アリアは呟くようにマウル医師達に話し掛ける。


「酷いですね……」


「ええ。先月に魔獣の群れが現れたそうで、この町に駐在していた兵士様達や義勇兵が立ち向かい。何とか魔獣は倒せたそうですが、死傷者が数多く出ましてな。その死者の中には、この町に居た魔法使い様も含まれておりまして……」


「軍経由で、新たな魔法師の手配はされたんですよね?」


「勿論。その返事は届いたのですが、新たな魔法使い様が訪れるには、半年ほど掛かると……」


「そうですか。……軍の怠慢ですよね」


「そこまでは申しません。向こうにも都合があることは、重々に承知しておりますので」


 僅かに怒る表情を見せるアリアに、マウル医師は諭すような微笑みを浮かべる。

 しかしその顔には色濃い疲弊も見え、彼が重傷者達を救う為に医師として全力を注ぎ続けた事が窺えた。


 そうしたマウル医師の頑張りを理解できるからこそ、アリアは軍の怠慢に不平を見せる。

 それを後ろで聞くエリクは黙ったまま、二人の後ろを歩きながら続く話を耳にした。


「……この部屋の者達が、早急の対処が必要な重傷者達です」


「分かりました。早速、魔法での治療を開始します。欠損部位などの保管は?」


「はい。冷凍して保管しておる部位ものが幾つか」


「では、持ってきてください。私が繋げますので」


「分かりました」


 二人が最初に案内されたのは、重要な箇所や体の一部を失い苦しむ患者の部屋。

 先程の話しで何かを感化されたアリアは患者の治療と回復を行う為にすぐに動き、腰に提げている白い魔石付きの短杖つえを握りながらエリクに話し掛けた。


お父さんエリクは、私が治療する怪我人の包帯を外していって。包帯それを巻いたままだと、魔法の回復に邪魔になっちゃうから」


「ああ、分かった」


 そう促すアリアは手前の怪我人達から話し掛け、エリクに包帯を取らせていく。

 その際にエリクは乱暴に包帯を剥がさずに怪我に張り付いた包帯を繊細に剥がし、それを見ていたアリアに内心で感心させた。


 傭兵として一定の治療作業を学んだエリクは、こういう作業に手馴れている。

 そうした意外な一面を知れたアリアは、少し微笑みながら準備に必要な事を教えていった。


 始めの怪我人である男性は、右足の膝先が切断されている。

 魔獣との戦いで右足に重傷を負い、傷の酷さから切断を余儀無くされたらしい。


 損傷の酷い切断された残りの右足はマウル医師の判断で冷凍用の保存箱に入れられており、そこから切断された右足を包んだ布を持って来る。

 その包まれた右足を受け取ったエリクは、布を剥がしながらアリアの指示を受ける。


「お父さん。その右足を、その人の切断面に近付けて」


「……こうか?」


「そう、それでいいわ。――……『解凍バディラ』『再生の治癒リジェネーション』」


「!」


 呟いたアリアの身体から仄かに白い光が放たれ、怪我人と切断されている右足に覆われる。

 そして切断された右足が徐々に解凍され、切断部分や欠損箇所から神経と細胞が繋ぎ合わさった。


 それを確認したアリアは、新たに別の回復魔法を施す。

 すると切断された右足の細胞と神経が完全に結合し、傷部分を僅かに残しながらも繋がって見せた。


「『中位なる光の癒しミドルヒール』。……これで、右足あしは繋がったわね」


「……お、おぉ。動く……無くなった右足が、動く……ッ!!」


 魔法の治療を受けた男性は驚愕した表情を浮かべ、繋がった右足の指を動かしながら感涙を漏らす。

 そして治療を施してくれたアリアに対して、涙を流しながら感謝を伝えた。


「あ、ありがとう! ありがとうございますっ!!」


「良いのよ。それより、まだ無理に動かしちゃダメよ。接合させたばっかりだから、しばらく馴染むまでは無理に歩いたり走ったりは禁止。どうしても歩く必要があるなら、松葉杖を使って歩きなさい」


「はい、はい……!!」


「次の怪我人に行きます、用意をしてください」


 怪我人の感謝の言葉を受けながらも、アリアは冷静に回復後の助言を述べる。

 そして次の怪我人に意識を向け、マウル医師に次の容態について確認した。


 それに従うマウル医師は、次の患者の保存部位をエリクに渡す。

 そうして部屋に居た十人程の重傷者達は失った部位を再び戻し、その部屋に充満した絶望の雰囲気が治療を施してくれたアリアへの羨望へと変わっていた。


「ありがとう、お嬢ちゃん……。ありがとう……!!」


「アンタがいなけりゃ、俺は、俺は……ッ」


「すげぇよ、本当にすげぇ……!!」


「いえ、これも魔法師の務めです。……マウル医師、次の部屋に」


 そうした声を受けるアリアは微笑みながらも、冷静に次の部屋で治療を継続する意思を見せる。

 するとマウル医師は驚きながら、アリアを呼び止めて問い掛けた。


「よ、よろしいのですか? 既に、何回も魔法を……」


「魔法が使える限りは、治療をさせて頂きます」


「しかし、それでは貴方の御負担が……」


「大丈夫です、その為の魔法師ですから。お父さん、行こう」


 アリアは言いながら、部屋を出て隣の病室に向かい始める。

 それに付いて行くマウル医師は、その隣を歩くエリクに話し掛けた。


「優しく、そして優秀な娘さんですな」


「そうなのか?」


「ええ。お若いですが、とても優秀な魔法使い様です。以前いた魔法使い様は、この部屋にいる半分の者も一日では治癒しきれなかったでしょうな」


「……そうなのか」


 マウル医師はそう話し、父親だと思っているエリクにアリアの優秀さを伝える。

 そして夕暮れが訪れ夜に入る時刻には、アリアは重傷者や軽傷者も含めた全ての患者に魔法の治療を施した。


 その数はなんと三十名以上に及び、それはマウル医師を更に驚かせる。

 そしてエリク自身も、多くの怪我人を治したアリアに真っ直ぐな瞳を向けていた。

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