優劣の無いモノ


 重傷者達の治療を終えたアリアは、エリクを伴いながら夜更けに診療所を出る。

 それを見送るマウル医師は、二人に改めて頭を下げながら感謝を伝えた。


「ありがとうございます、魔法使い様。いえ、アリス様。そしてエリオ殿」


「いえ。まだ完治ではありませんので、くれぐれも皆様には安静にするよう伝えてくださいね。今回の報酬は、明日の夕方に受け取りに来るということで」


「はい、用意してお待ちしております。……やはり、魔法とは凄い技術モノですな」


「え?」


「私のように魔法の才を持たぬ者には、あのように人を癒すことは不可能ですから。この歳ながら、改めて思うのですよ。私等のような医者の用いる医術は、やはり魔法には達し得ないのだと……」


 マウル医師は寂し気な笑みを見せ、魔法で使えない自身の医療技術に関して卑下する言葉を述べる。

 それを聞いていたアリアは、真剣な表情を見せながら自身の意見を伝えた。


「そんなことはありません」


「!」


「確かに、魔法は才能を持つ者しか行えません。だからこそ、貴方達のような医学を用いる者は、いつの時代も必要なのです」


「……そうですかな?」


「医学は学ぶ事で誰でも得られる、人間が築き上げてきた知識と技術の集合体です。対して魔法とは、一部の才能によって成り立つ不完全な知識と技術。そんなモノが長い年月、人々を支えるモノにはならない。……現実げんに私が赴くまで、彼等を生かし続けたのは貴方達のおかげです。貴方達という医者がいなければ、彼等は救えなかった。才能で得ただけでしかない私の魔法と、貴方達が持つ医学の知識と技術は、決して優劣を着けるべきモノではありませんよ」


「……ありがとう。そう言われると、嬉しいものですな」


 アリアの持論を聞いたマウル医師は、自分達が学んだ医術モノが魔法に劣るモノではないと伝えられる。

 それに感謝を伝えながら微笑みを戻すと、アリア自身もそれを微笑みで返した。


 それからアリアは軽く頭を下げ、診療所から離れていく。

 その後を追おうとするエリクに、マウル医師は軽く声を掛けた。


「お嬢さん、本当に出来た娘さんですな」


「……そうだな」


「貴方は傭兵だと仰っておりましたが、いつまで娘さんとこの町に?」


「定期船というのに乗り、南の港まで向かうと。あの子が言っていた」


「そうなのですか。……残念ですな、是非この町で雇われて欲しいですが……。あれほどの娘さんと御一緒なのだ。他に厚遇される場所は、あるでしょうな」


「そうなのか。……俺は、医学というモノを知らない。だが、あの子の言うように凄いモノだと思う」


「?」


「俺は、自分が生きる為に殺すことしか習わなかった。だがお前達は、誰かを生かす為にそれを習った。俺にはできない事だからこそ、凄いと思うんだろうか」


「……そうですな。多かれ少なかれ、自分にできない事を羨むのが、人間なのでしょうな」


「――……お父さん! 行くわよ!」


「ああ。……ではな」


 足を止めて会話していた二人に対して、先に歩いていたアリアは振り向きながら呼び掛ける。

 そしてエリクも軽く頭を下げた後、彼女アリアと共に宿へ戻った。


 すると宿に戻ったアリアは部屋に入ると、すぐに寝台ベットに倒れ込む。

 偽装魔法で変化させていた黒髪は金色に戻り大きな溜息を吐き出したアリアに、エリクは声を掛けた。


「はぁぁああ――……」


「どうしたんだ?」


「体力切れぇ……。魔法を使い過ぎたぁ……」


「魔法は、体力を使うのか?」


「魔法ってのはねぇ、空気中の魔力を魔法師の肉体を触媒にして、『魔法』っていう形に留めてるの……。だから精神力とか集中力とか体力とか、その他諸々を全部使ってやれるもんなのよぉ……」


「……よく分からないが、凄いんだな」


「あー、ちゃんと説明は後でというか、明日ね。とにかく、私はもう寝るからぁ……」


「メシは食べないのか?」


「あー、うー……。お腹は空いたけどぉ……。食堂行くの、面倒臭いぃ……。エリクぅ、何か持ってきてぇ……」


「俺が?」


「お願いぃ、何でもいいからぁ……。財布、私の鞄の中ねぇ……」


「……分かった」


 寝台ベットに顔をうずめたままのアリアはそう頼み、エリクは鞄の中から皮袋と紐で締められた財布を取り出す。

 そして言われるがまま部屋を出て階段を降り、宿屋にある食堂へ赴いた。


 北港町まちで最も大きな宿屋だけあり、中には広い食堂が設けられている。

 そこでは給仕の者達が行きかい、机で食事をしている宿泊客が幾人か食事している光景が見えた。


 エリクは食堂内を見渡し、どうやって食事を頼めばいいか考える。

 それに気付いた給仕の女性が、エリク呼び掛けて来た。


「――……いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」


「あっ、えっと。……俺一人だが、部屋にもう一人の連れがいる。食事を持って行きたい」


「分かりました。それでは御一人様分はお持ち帰りで、御一人様はこちらでお食べにということで、よろしいですか?」


「あ、ああ。それでいい」


「それでは、こちらへどうぞ」


 給仕の女性に言われるがまま、エリクは食事を注文し、席へ案内された。

 案内された席にエリクは座り、給仕が持ってきたメニューの羊皮紙を渡された。


「御部屋に持ち帰り用の御弁当は、帰りの際にお渡ししますね。こちらで食べる食事は、そのメニューの中から御選び頂けますので。ご注文がお決まりになりましたら、お声掛けください」


「あ、ああ」


 そう言われたエリクは去っていく給仕の背中を見送りつつ、渡された冊子本メニューの内容を読んでみる。

 しかしその内容に書かれた帝国語の文字は、エリクに全く読めなかった。

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