診療所
旅の汚れを長風呂で発散したアリアは、満足そうな笑みを見せながら着替える。
それを待っていたエリクと共に、二人は宿を出てマウル医師という人物が居る場所へ向かった。
時刻は昼を越え、もうすぐ夕方に差し掛かる。
偽装魔法で黒髪と黒目になっているアリアを見ながら、エリクは問い掛けた。
「依頼は、今日やるのか?」
「そうね、出来るなら今日中に終わらせたいわね」
「今日中か」
「人数次第だけど、情報ではそこそこの人数が運ばれたのは聞いてたから。重傷者は今日中に、軽傷者も明日に魔法で治させてもらいましょう」
「……そういえば、魔法は傷も治せるのか?」
「度合いによるかしら。普通の魔法師でも少ない欠損程度なら回復できるけど、腕が丸ごと無くなってたら流石に無理ね。ただ、斬られた部位を冷やして保管してくれていたら、繋げるくらいはできるわ」
「……そ、そうか。凄いな」
「その生返事、よく分かってないわね? まぁ、しょうがないか。とにかく行きましょ」
「ああ」
二人はそうした会話をしながら、目的の場所まで歩き続ける。
知識以前に魔法そのものに馴染みの無いエリクは、アリアの話を聞きながらも意味が分かっていなかった。
エリクの故郷であるベルグリンド王国では、平民の中で魔法を使える者がいない。
魔法を使えるのは王国貴族達だけであり、平民には魔法を覚えられる環境が整えられていなかったのだ。
だからこそ王国の平民には魔法の技術が復旧しておらず、怪我人や病人に対して薬草学が一般的に普及している。
しかしその水準も低く、流行り病などが普及すると瞬く間に広がり死亡者が増大する傾向にあった。
逆にガルミッシュ帝国では魔法を扱える才能がある者には、魔法学園という施設において平民でも貴族でも
故に平民の中でも魔法という存在があるのは認知されており、医者には治癒や回復の魔法を扱える者が就く場合も多い。
しかし医者の全てがそうした魔法を使えるわけではなく、一般的な薬学と医術を用いる医者も居る。
更に魔法師の治癒と回復は一般的な治療費より金銭が掛かり、平民でも気軽に掛かれない場合が多かった。
今回の依頼を行っているマウル医師も治癒や回復の魔法が使えない医者であり、だからこそ回復魔法を使える魔法師に依頼を求めている。
それを承知で訪れたアリアは、エリクと共に北港町の中央に訪れた。
やや大きめの四角形に模られた白い建物に訪れた二人は、入り口である扉を潜りながら中の様子を窺う。
待合室であろう室内には、幾人かの患者が並ぶ椅子に腰掛け待っている様子が見えた。
その中に、白い
するとアリアはその中年女性に歩み寄り、丁寧に声を掛けた。
「――……あの、ここはマウル医師の診療所で間違いありませんか?」
「え? ああ、そうだよ。あんた達も怪我人かい? だったら並んどくれ」
「私は検問所の兵士様に頼まれて、怪我人の治療へ来ました、魔法師のアリスと申します。これが証明です」
「魔法使い様かい! そりゃあ助かるよ、ちょっと待っておくれ! ――……マウル先生! 先生!」
アリアが
その会話を聞いていた周囲の患者達も、魔法師であるアリアに視線を集めた。
その視線を遮るようにエリクその背後へ立ち、さり気なく大きな身体で塞ぎながらアリアに話し掛ける。
「全員が、君を見ているぞ」
「魔法学園の卒業者って国に関わる機関や施設に就職しちゃう場合が多いから、野良の魔法師は珍しいのよ。存在は知られてても、見かけない一般市民は多いはずよ」
「そうなのか」
「この町に魔法使いが居ないのも、単純に魔法使いの人手が国に割かれ過ぎてるせいね。魔法の発展と新たな魔法技術の開発に、魔法師の殆どが時間も労力も傾いてるのよ。その恩恵として便利な
「……そ、そうか」
「はいはい、分かってないってことね。後でちゃんと理解できるように教えてあげるわ」
二人はそうしたやり取りを行いながら数分ほど待つと、中年女性が戻って来る。
そして共に白衣を纏った白髪の老人男性が赴き、アリアとエリクに頭を下げて話し始めた。
「――……儂がこの診療所で医者をしています、マウルと申します」
「初めまして、私は魔法師のアリスと申します。こちらは私の父で、傭兵のエリオです。検問所の兵士様の依頼を受けて、怪我人の治療を手伝って欲しいと頼まれて来ました」
「おお、それはありがたい。では、回復魔法をお使えに?」
「はい。初級から中級回復魔法は完璧に。上級回復魔法は連続では使えませんが、日を置けば使えます」
「それはそれは、とても助かります」
「私達は
「是非、御願いします。ちなみに、そちらのお父君は……?」
「父は魔法は使えませんので、そのまま私の傍で手伝いを」
「そうですか。では御一緒に、こちらへどうぞ」
マウル医師は一通りの話を終え、診療所の奥に在る部屋へ案内する。
それにアリアとエリクは追従し、重傷者や重病人達が居る場所へ足を運んだ。
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