4Fx24 林檎

 天井近くの壁は爆破によってかなり削り取られたように見えるけれども、残念ながら壁の向こう側まで貫通させるには至らなかった。

 やはり爆弾は縦穴に落ちる前に爆発したようだ。

 今回の爆破はスライムの突然の襲撃によって失敗したわけだが、それでも現地を確認した先輩によれば、縦穴への爆弾投入が僕やうさぎの手を借りずとも可能になったということだった。次は先輩が宙を飛んで、爆弾をヒョイと穴に放り込めばいいらしい。

 一足飛びに縦穴の爆破を目指すのでなく、初めからそういう段階的な計画にすれば良かったとも思うが、やはりそれは飽くまで結果論で、やってみなければ分からないということはあるものである。

 スライムは天井穴での襲撃以来再びおとなしくなったようだ。今も壁の向こう側で我々の動向を窺いながらじっと息を潜めているのだろうか。

 そんな不気味な静けさの中、僕らはバリケード裏へと集まり、これから採るべき作戦について話し合いをおこなっていた。

「次、“リンゴ”イッちゃいます?」

 先輩が天井穴の爆発跡の状態について話した後、クミがどこか興奮気味に次の一手を提案した。

 クミは取り付けたキッチンタイマーのデザインに従って、それぞれの爆弾に愛称を付けていた。天井を爆破したのは“イチゴ”、もうひとつの壁爆破用が“リンゴ”、対スライム用が“トマト”だそうだ。

「“リンゴ”は“イチゴ”より破壊力あるんですぅ」

 それにしてもこの爆弾職人、ノリノリである。

 天井近くの壁が爆破された跡を眺める彼女の姿は、どこかウットリしているようにも感じられた。今も第二弾投入への期待に、すっかり目を輝かせている。もしかするとクミは、爆発に異常に興奮するような危ない性癖を抱えているのかも知れない。

 ともかくクミの提案どおり、第二の爆弾を投入することは会議により決定されたのだった。


 4分後にタイマーをセットした“リンゴ”を先輩に渡すと、クミは先輩が離陸していくのを祈るように見守っていた。

 先程は「穴にヒョイと放り込めば」などと言ったが、そこは言葉の綾であって、実際のところは衝撃を防ぐために洗濯用ネットに入れた爆弾をロープで穴へ降ろすことになっている。

 タイマーの4分設定は、先輩との協議の結果である。僕やクミが10分を提案したところを、先輩が何の自信か3分と言い出したのだ。実際の作業は先輩がやるのだから、あまり強いことは言えなかったが、その後値引き交渉みたいな押し引きがあって、最終的に4分で決着したわけである。

 先輩はネット入りの“リンゴ”を抱えて飛び立ち、天井近くの壁に大きく空いた穴へ臆することなく向かっていった。

 ベッドで急ごしらえしたバリケードの上部から、僕たちは顔だけを出して外の様子を窺っている。僕とうさぎは高さが足りず、椅子を何段か積み上げてはその上に乗っていた。先輩が穴へと飛び込んでその姿が見えなくなると、クミは急ぎバリケードへと戻ってきた。

 少しの間、息を呑んで待つだけの時間が続く。皆が天井近くの壁穴を何も言わずに注視していた。

「あ、出てきた」

 うさぎがいち早くコウモリ人間の姿を目にして口を開いた。

 穴から無事戻ってきた先輩は、そのままバリケード裏まで飛んできては悠々と着陸する。

 降りたった途端、首にかけていたストップウォッチを皆に示した。

「ほうら、3分で間に合ったろ?やっぱ4分は長いって」

 ストップウォッチは、小糸さんが心配して先輩に持たせたものだ。

 黄門様の印籠のように掲げられたその液晶パネルには、デジタル表示の数字が並んでいる……03:42。

 いや、それは間に合ったとは言わない、とつっこもうとした矢先――

 爆発音が大きく鳴り響いた。

 壁の破片が大量の飛礫となって激しくぶつかり、倒れんばかりにバリケードを揺らす。

 咄嗟に先輩が立て掛けられたベッドを裏から手で押さえた。それを見たクミと小糸さんが同じ動きに入る。うさぎは悲鳴を上げながら、先輩の脚へと必死にしがみついた。僕はただ頭を抱えて縮こまっていた。

 破片による衝突音の中に、時折ビシャッという水音が混じる。スライムがぶつかっているのだろうか。

 やがて音が止み、再び静けさが訪れた。

 僕は恐る恐る顔を上げる。

 防壁にしたベッドは何とか無事なようだが、その上部にはペンキをぶち撒けたように、ドロっとした緑色の物質がこびりついていた。

 恐れ知らずの先輩が、早速バリケード越しに顔を出して外の状況を確認する。

「お、貫通したみたいだぞ」

 先輩の言葉をきっかけに、皆が一斉に外を窺おうとする。僕も急ぎ積み上げられた椅子をよじ登った。

 バリケードの向こうに――地獄の門が口を開いていた。

 強固にして突破不可能と思えた壁に、大きく穴が空けられているのが見える。穴は奥まで広がっており、その向こう側の様子も臨むことができた。

 壁を越えた、これまで隠されていたその先には、緑色半透明の巨大な半個体が床一面にヌラヌラと蠢いている。そしてその中央部は山のように7〜8メートルほどの高さまで盛り上がっていた。

「あれがスライムの“本体”でしょうか?」

 皆が息を呑んで目の前の異様な光景を見つめる中、クミが誰ともなく問いかける。

 誰もそれに答えないのを申し訳なく思ってか、小糸さんが少しのタイムラグの後「ええ、きっと」と答えた。

 うさぎが大穴の先を指差してみせる。

「あそこ、球があるよ。青いの」

 その言葉に皆が一斉に浮き足立った。

 うさぎが指しているのは、スライムの盛り上がった“頭部”の辺りのようだ。緑色が保護色となり、さらに周囲がゆらゆら動いていて分かりにくいが、半透明のゼリーの中に青い何かが浮かんでいるようにも見える。

 この距離からでは、言われないとまるで気付かないほどの発見だが、恐らくうさぎは鳥のような目のいい動物の視力も手に入れているのかも知れない。鳥目と猫目では矛盾するような気もするが、それぞれのいいとこ取りだろうか。なんて都合がいいんだ。

「“球”なんてあります?」

 クミにはそれがよく見えないようだ。先輩もクミに同調する。

「んー、もっと近付かないと分かんねーな」

「あるんだってばー」

 誰も同意してくれないので、うさぎがむくれていた。

「あの、どうでしょう?先輩に飛んでもらって、近くまで確認に赴いていただくというのは――」

「ああ?」

 僕の提案に、また先輩が凶悪で威圧的な反応を示す。

「お前、何でもあたしにやらせるよなあ」

「いや、何でもって……そんなことは――」

「まあ、今のお前にやれって言っても無理だからな」

「そうですよ」

「ああ?お前、今の立場にあぐらかいてるんじゃねえだろなあ?」

 お言葉ですが、僕はあぐらなんてかいてません。何故なら下半身がないから――などとは殴られそうな煽りなので言わない。

 僕と先輩の不毛なやり取りを見かねてか、例によって小糸さんが助け舟を出してくれる。

「やはりあの近くまで行くには、先輩さんでないと難しいと思います」

 小糸さんの説得力を感じさせる言葉に、舌打ちしながらも先輩は渋々偵察の準備を始めるのだった。準備といっても水鉄砲を装備するぐらいだが。なお、まだしばらくは厨神楽なしでも飛べるようなので、小糸さんの手助けは要らないそうだ。

 そのとき背後で、クミが何やらゴソゴソやり出したことに気付いた。高圧洗浄機のタンクを背負い始めたようだ。

「私も行けるところまで行ってみようと思います」

 今後の対策を立てるためにも、クミなりの視点で確認をしておきたいということだった。

「おふたりとも、気をつけてくださいね」

 小糸さんが両手で握ったおたまを胸に、先輩とクミを心配そうに見つめていた。

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