4Fx23 命綱

 酒売場との間を一体何往復したことだろうか。

 復路を終えて小糸さんの下へと到着し、キャリーワゴンから業務用のウィスキーやら焼酎やらのビッグサイズのボトルを次々と下ろしてゆく。子供用プールにも大分溜まっているようだし、残りはこれぐらいあれば足りるだろうか。

 その時、立ち並ぶ陳列棚の奥にふと人影を感じた。

 両肩に大きなスポーツバッグをぶら下げたクミが、足下に注意しながらそろりそろりと歩いてくるのが見える。

「すみません。遅くなりましたー」

 彼女は僕たちのそばまで辿り着くと、バッグを抱えたまま立ち止まり、困ったような顔で宙を見上げた。

「マコさーん、ちょっとこれ降ろすの手伝ってくださーい」

 恐らくバッグの中身は爆弾なのだろう。クミはそれをドスンと勢いよく床に置くわけにもいかず、その場での立ち往生を余儀なくされている。さらには、そんな力仕事はメンツ的に先輩にしか頼めないとも考えたようだ。

 酒の運搬も手伝わずに優雅に宙を飛んでいた先輩は、「ちっ、面倒くせーな」という表情を隠しもせず、クミの元へと舞い降りてきた。

 無事先輩の助けによりバッグをゆっくりと床へ降ろすと、中に詰め込まれたクッションやタオルをかき分けて、クミは目的のブツを慎重に取り出す。そしてそれらを敷かれたマットの上にひとつひとつ並べていった。

 無駄に可愛らしいキッチンタイマーが取り付けられた2つの圧力鍋と1つのタッパーが、マットの上に陳列されている。タッパーは大きめの弁当箱ほどのサイズで、圧力鍋はそれぞれ大きさがかなり異なっている。

「このイチゴ型のタイマーがついた薄型鍋が天井用の爆弾です。水筒を使おうかと思ってたんですけど、ちょうどいいサイズの鍋を見つけたんで、それで作りました。で、真ん中のリンゴ型のタイマーの大きい鍋が壁爆破用2号。それからこのトマトタイマーのタッパーが対スライム用で、中にウォッカが入ってます」

 そう言って、クミがその場に集まった全員の顔をキョロキョロと見回した。

「それで、その他の準備は整ってます?」

 酒については子供用プールを満たすぐらいは集めた。武器は水鉄砲の強力なやつを数挺、手動式の高圧洗浄機が3台、他に実戦で使えるのか分からないがシャワーもある。ついでにバケツもある。爆弾設置のリハーサルもつつがなく終え、先輩は自在に飛べるぐらい訓練も積んだし、うさぎも子パンダ状態でスタンバっている。

 その旨をクミに告げると、彼女はそれにうなずきつつも何か考え込んでいる。

「そうですね……あとは――」クミは閃いたとばかり人差し指を立てる「バリケードを作りましょう」

 クミによれば、プールと壁の間に何らかの遮蔽物があったほうがよいということだった。スライムの攻撃を防ぎ、さらに爆発の際にその陰へと避難するのが目的である。

 バリケードには、ベッドを使うことになった。必然的にその運搬と設置は、先輩とクミが担当することになる。先輩はブツブツと不平をこぼしながら、インテリア売場へと向かっていったが、全員でやると決めていた酒運びを一本もやってないのだから、それぐらいはやるべきだと思う。


 クミから爆弾のタイマー設定の方法を教わり、ベッドを使ったバリケードも完成して、ようやく全ての準備が整った状態となった。

 先輩が「てめえら、覚悟は決めたか?」とばかりに、討ち入り前みたいな目つきで全員の顔を見渡す。クミが少し緊張した真剣な面持ちでうなずいた。おたまを握った小糸さんが、厨神楽前の精神集中なのか静かに目を閉じる。子パンダうさぎが、数時間前はあんなに怖がっていたのに、気合いが入っているようで「シャー」などと声を上げている。僕はといえば、これからの段取りを頭の中で何度も反芻していた。

「よし、始めるぞ」

 先輩のスタートの合図と共に、合戦の始まりかのように、小糸さんがおたまで鍋をカンカンと打ち鳴らし始めた。

 リハで決めた順番に従って、先輩が僕やうさぎや爆弾等を次々と天井へと運び込む。

 天井の横穴に手際よく釣り竿をセッティングし、先輩から受け取った爆弾を慎重に奥へと進めていく。

 それ以上自分では進めない狭さのところで、僕は背後に目をやった。

「うさぎちゃん、じゃあタイマーをセットするよ」

「おけー」

 僕はクミに教わったように10分後にアラームが鳴るようタイマーを設定する。勿論時間になってもアラームは鳴ることなく、その時点で着火され爆発することになる。その場所から後ろへズリズリと下がっていき、代わりにうさぎが僕の身体を乗り越えて前へと出た。

 念のために水鉄砲を構えた僕は、前にいるうさぎに声をかける。

「うさぎちゃん、慎重にね」

「わかってるって」

 うさぎはゆっくりと爆弾を前に押し出しつつ進み始めた。やはり本番はリハーサルより丁寧なようだ。そしてようやく縦穴の近くまで辿り着いたところで――

「ギャーッ!!」

 穴の奥でうさぎに緑色の物体が絡みついているのが見えた。スライムの襲撃だ。縦穴を這い上ってきたようだ。

 僕は水鉄砲で狙い撃ちつつ、可能なところまで手を伸ばした。うさぎが身体に貼り付いたスライムを引き剥がそうともがき続けている。

「僕の手をつかんで!!」

 だがうさぎがこちらへ手を伸ばすには身体を反転させなければならない。

 そうだ、ロープがあった。

 うさぎに繋げられているロープを思い切り引っ張った。

「ひゃー!!」

 悲鳴を上げるうさぎを自分のところまで手繰り寄せると、僕は首にかけていたホイッスルを強く吹き鳴らした。

 笛音が鳴るや否や、ベルトに接続したロープが、外から勢いよく引っ張られる。僕とうさぎは、横穴の中から外へと引きずり出されていった。

 引っ張られている途中で、こんな状況にもかかわらず、気になっていたことを大声でうさぎに問いただす。

「爆弾はどうしたの?」

「あれ?どこに――」

 ドーーーーーーーン!!

 その時大きな爆発音が鳴り響き、横穴の壁面が滅茶苦茶に崩壊していった。ギリギリ穴の出口付近まで辿り着いていた僕とうさぎは、何とかそれに巻き込まれずに済んだものの、空中へと放り出される形となった。

「うわあああ!!」

 うさぎが叫びながら、まるで水中で溺れているみたいに手足をバタつかせている。

 思わず手を伸ばしたけれども、何故か僕の中で次第にうさぎの声は遠ざかっていき、やがて一切の音が遮断されたみたいな、そんな感覚に陥った。

 目の前の光景が、スロー再生されているかのようにゆっくりと流れていく。

 次第に自分が一体何をしているのか、ここは一体どこなのかといった認知が、頭の後ろに空いた穴から漏れ出し、空気中へと霧散していく感覚。

 自分の置かれている状況が掴めないまま、僕はただ網膜に映るものを感じ取るだけのカメラとなった。

 何だろう?あれは?

 黒い翼を生やした鳥とも人ともつかぬ奇怪な存在が、空中に忽然と現れた。

 あの凶々しいオーラ……あれは悪魔だ。

 悪魔はもがき続ける小動物に近づくと、その邪悪な手を伸ばしてそれを捕獲した。あんなに暴れていた小動物は、怯えているのか悪魔の腕の中ですっかりおとなしくなっている。

 きっとあの動物を生け贄にするに違いない。僕は恐怖に震えた。

 続けて悪魔はこちらへ顔を向け、その恐ろしい面相をニヤリと歪めた。

 そして……そいつは僕のほうへとジリジリと迫ってきた。

 次のターゲットは僕なのか。このままでは僕もヤツに捕らえられてしまう。逃げなくては。

 悪魔がこちらへ向かってもう一方の手を伸ばした時、その魔の手から逃れるべく僕は咄嗟に身体をひねった。その瞬間――

 高所から急速に落下する時の胃の腑が迫り上がるような感覚に襲われた。下を見るとまさに床が迫ってきていて、このままでは衝突する!と絶望した時、ガクンと上から引っ張られる感じがした。僕の身体は何度か空中でバウンドした後、やがて停止する。衝突は回避されたのだ。

 上を見ると僕はロープで繋がれていて、その先には――

「お前、何でけるんだよ!つかみ損ねただろ!」

 右腕にうさぎを抱えた先輩が、空中から僕を見下ろしている。僕を繋ぐロープの先は、先輩の腰のベルトに接続されていた。僕は結果として、天井からバンジージャンプをしたようだ。

「大丈夫ですかー?」

 バリケード裏に隠れていたクミが、瓦礫を避けつつ僕のところへやって来る。その後ろから、小糸さんも足下を気にしながら着いてくるのが見えた。

 

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