4Fx21 緑茶
無機的な電子音が高らかに鳴り響き、僕の意識は睡眠の暗い
暗闇の中繰り返されるアラームを止めようとあちこち手探りをするも発信源はついぞ見つからず、そのうちうっかり扉を開けてしまい、身体ごと外へと飛び出しては緑色のゴツゴツした床へと転げ落ちた。
「イテテ……」
打ちつけた背中を手でさすりながら、自分が落ちてきた聳え立つ白い箱を見上げる。それは容量300Lほどの3ドア型の冷蔵庫だ。
アラーム音が未だ鳴っていたが、冷蔵庫のドアポケットに格納されていた目覚ましを見つけ、ようやく耳障りな電子音を止めることが出来た。
意識をはっきりさせようと辺りを見回してみる。所狭しと陳列される電化製品に、ここがホームセンターの家電売場であることを、僕は改めて認識させられた。
目覚める度に、これまでのことが夢なら良かったのにと毎回思うのだが、相変わらず腰から下は行方不明で、必ず暗澹とした気持ちに見舞われるのだった。
辺りは静まり返っており、遠くからも何の音も聞こえない。その呼称が未だ有効なのか分からないが、“チーム飛翔”の3人(先輩・小糸さん・うさぎ)は寝てしまっているのだろうか。
僕自身もう少し眠っていたい気持ちもあったが、壁爆破プロジェクトのための準備が必要だったし、後で爆弾設置のリハーサルも予定されていた。
あらかじめ用意しておいたペットボトルの水で顔を洗うと、僕は釣具を求めて目的の売場へとヒョコヒョコと無い足を進めた。
釣り竿の補強はそれほど時間がかからなかった。元々大したことはやっていない。竿にDIYコーナーで見つけた細長いアルミの棒を縛り付けただけである。
釣り糸は出来るだけ太くて強いものを選んだ。そいつをリールに巻き付け、10kgのダンベルを釣り上げてみたが特に問題はなかった。
なお、天井での採寸の際に調査したのだが、縦穴は7〜8メートルの深さがあることが確認できている。重りを結び付けたロープを穴に下ろしてみたのだ。
爆弾は直接釣り糸で結ぶのではなく、糸の先端に籠を取り付けておいて、そこに載せる方式を考えた。事故が怖いので爆弾には可能な限り触れないようにしたかったし、こうすれば釣り竿と爆弾をそれぞれ別々に現地へ運び込むことも可能になる。
籠はバス用品売場にあった薄型のプラスチック製の脱衣籠を利用した。同じものをクミの作業場所へ持ち込み、サイズ的に問題がないことは確認済だ。
ひととおり作業を終えると僕は“壁”へと向かうことにした。爆弾設置リハーサルの時刻にはまだ早いが、それ以外にも小糸さんを除く全員参加が決められている酒の運搬作業がある。僕の運搬能力など微力オブ微力ではあるが、空いた時間に少しでも進めておくに越したことはないだろう。
物の運搬については、僕の身体的制約から考えて、当然何らかの工夫が必要となる。
陳列棚へ無造作に立て掛けられていた、品出し等に使うと思われる台車を見つけることが出来た。
そのハンドル部分に釣り竿を縛り付け、さらにクミお勧めのキャンプ用品売場にあったキャリーワゴンなる荷物運搬用のカートを、台車の後ろにロープで繋いだ。キャリーワゴンには脱衣籠やダンベル、その他必要な工具類を収め、僕が台車に乗ってそれを牽引することになる。
移動はサーフィンのパドルのように台車上から手で漕いで進む。床がデコボコしているために初めはなかなか思うように進めなかったが、次第に慣れてくるとコツを掴んできたのかそこそこのスピードも出せるようになり、もしかすると戦闘時にも使えるかも知れないと思うようにさえなっていた。
“壁”に辿り着くと、その付近で小糸さんがシャワー中だった。
勿論それはサービスシーン的なものではなく、対スライム兵器としてのポータブルシャワーを確認中ということである。
台車トレインに乗ってゴトゴトやって来る僕に気付いた小糸さんは、快活な調子で挨拶を投げかけてきた。
「あ、テケ松さん、おはようございます」
今を朝と認識すべきなのかはよく分からないが、僕も一応のオウム挨拶返しをしてから、彼女が手に持つシャワーヘッドからの放水を見上げた。
ヘッドの反対側となるシャワーホースの先は、水を貯めたバケツの中に収められており、そこから水を吸い上げて放出しているようだ。
酒を使うのは勿体ないので、まずは水で試しているといったところだろう。と思ったが、よく見ると液体には色がついている。薄い緑色のようだ。お茶だろうか?
「思ったより勢いがないんです、これ……」
放たれる水(お茶?)を見つめながら、小糸さんは溜息混じりに嘆いてみせた。
本来のシャワー用途であれば、さほど困ることもない程度の水圧と思える。しかしスライムとの戦闘を目的とするなら少し弱い気もした。そもそもそんな目的のために開発された商品ではないので仕方がないのだが。
「それ、テケ松さんも見つけたんですね」
小糸さんはシャワーを止めると、僕の背後に視線を送った。どうやらキャリーワゴンを示しているようだ。
「やっぱりサバイバルするならキャンプ用品ですよね。私もそれで色々運んできました」
「そんなに動いて大丈夫なんです?」
「はい、転ばないように気をつけてさえいれば――」そして小糸さんは自分の腹をさする「お腹は相変わらず重いんですが、こっちに来てから体調はすこぶるいいんです」
彼女の周囲には、いくつものお茶のペットボトルや水を入れるタンクのような物が並んでいる。
今の状況ではお茶よりも水のほうが使い途があって貴重なものとなった。故に小糸さんはシャワー検証にお茶を選んだのだろう。
「どちらかというと、こっちのほうが勢いがありました」
小糸さんが指したのは、ポリエチレン製のオレンジ色のタンクだった。
それは高さ50cm×直径20cmほどの円筒型で、上部に手で握ることが可能なレバーがある。その脇からはホースが伸びていて、先端はノズルとなっていた。手動式の高圧洗浄機のようだ。
「まずこれを三十回ほど押します」
彼女はタンク上部のレバーをキコキコと押し始める。やがて加圧が終わったのかシューッと空気が抜けるような音がした。
それからホースに取り付けられたレバーを握ると、ノズルからなかなかの勢いで放水いや放茶が始まった。
「5分ぐらいはこの威力です。これで私も戦えるかと――」
小糸さんは戦う気マンマンだが、その身体で戦闘に参加するのは避けたほうがいいとしか思えない。
今回スライムと全面戦争になるとして、一番の戦力はやはり先輩である。そもそも野蛮な戦闘民族な上に、空を飛ぶ能力まで手に入れてしまったのだ。
次が全身が紫色になりながらも、一応は普通に動けるクミだ。前線でまともに戦えるのはこの二人ぐらいか。
うさぎは身体能力が高そうだが、怖がり過ぎて戦えないのではないだろうか。そして残る僕と小糸さんについては、言わずもがなである。
「やはり小糸さんには後方支援をしてもらったほうが……水鉄砲に酒を補充しておいたりとか、そういったことをやる人は必要だと思うんです。それにあれもやりますよね。チュー……」
「厨神楽ですか?」
「ええ、それをやってもらう必要もあるので……」
小糸さんはやや悲しげな表情で少しのあいだ俯いていたが、やがて顔を上げて朗らかに微笑んでみせた。
「分かりました。先輩さんがひとりで全部やっつけちゃうかも知れませんからね」
小糸さんが一応の納得はしてくれたみたいで少し安心したが、一方で、戦闘状態になった場合に一体自分に何が出来るのだろうとひたすら気が重くなった。
とりあえずは先輩とうさぎが起きてくるまではまだ時間がありそうということで、僕たちは売場から酒の入った容器を運ぶ作業を粛々とおこないつつ、ふたりの起床を待つのだった。
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