4Fx17 爆弾

 とりあえず厨神楽なる謎の儀式を、小糸さんと先輩が執りおこなう運びとなったわけだが、一旦二人については、今晩よく眠ってから明日万全の体調でそれに臨んでもらう、ということで話がついた。

 なお、先輩が「今晩」や「明日」といった単語をあまりにナチュラルに使うので、「今が夜なのか、どこから明日かなんて分かんない状況ですけどね」と軽い気持ちで指摘したら、「些細なことばかり気にして大局を見ることのできない、この世界の最底辺に生息するゴミ虫(大意)」などと罵られ、挙句の果てに先輩は「自分が寝てる時が夜で、起床したらそこから翌日である」と力強くのたまった。これによりアクツマコは、我々の日月をつかさどる神話的存在となったのである。

 明日の段取りを決めている中で、小糸さんが、起きたらまず台所用品売り場に行きたいと語っていた。厨神楽に使う鍋やおたまを調達するのだそうだ。

 それを聞いていたクミが、思い出したように「台所用品っていえば――私も試したいことがあります」と言った。

「え、クミちゃん、料理でも作るの?」

 ここへ飛ばされてから全く腹が減らないにもかかわらず、僕は反射的に浅はかな問いを口にしていた。その発言の薄っぺらさをとがめるよりも、ようやく女子とフランクに話せるようになった点を評価して欲しいところだが、そんな了見がどうでもよくなるぐらいに彼女の回答は想定から外れていた。

「――爆弾を作ろうかと」

 爆弾⁉︎「台所用品といえば……」がどうなれば「爆弾」につながるのか。どんな山手線ゲームなのか。

「えーと、圧力鍋ってありますよね。あれで爆弾を作ってみようかなって。ガーデニングコーナーに行ったら肥料用の硝酸アンモニウムもあると思うので――」

「ちょ、ちょっと待って。爆弾作ってどうするの?」

 クミは僕のことを「非常に察しの悪い、この世界の最底辺に生息するゴミ虫(大意)」を見るような目で眺めて――とまではいかないものの、いささか呆れてみせた。

「決まってるじゃないですか。爆弾であの大壁を壊すんですよ。タイマーを使って時限式にしようか、それともホビー売り場のラジコンを使ってリモート操作ができないかな、なんて考えてるんですけど」

 理系の女子大生というのは、その気になれば爆弾も組み立てられる潜在的なテロリストなのか、などと我ながら清々しいほどの偏見をアップグレードしていると、もうひとりのテロリストがノリノリで食いついてきた。

「お、ドクミ、それいいな」先輩の目が輝いている「それと――グレネードランチャーみたいなのは作れるか?」

 クミが少し困った顔をする。

「そのグレネード……って兵器ですよね?どんなものか知らないです。すみません、武器とかあんまり詳しくなくて……」

「ああ、じゃあ、手榴弾は?それは分かるだろ?」

「手榴弾……手で投げる爆弾ですよね?えーと……自分の手元で点火させてから、投げる、と……あー、金具を引っ張ると点火する仕掛けなんですか……なるほど、点火から爆発まで少し間があって……それはそうですよね。自分の手元で爆発しちゃいますもんね……」

 しかしクミは悲しげに首を振ると、先輩に向けて残念なお知らせ風に答えた。

「手榴弾は、理論的にもここでのリソース的にも製作可能だとは思うんですが、片手で持てるサイズの爆弾ともなると、やはり私に作った経験がないので技術的に難しいかと……」

「まあ、そうだろうな。まずは鍋爆弾で経験を積んでスキルアップしてからだな」

「はい!頑張ります!」

 クミは先輩の言葉をこの人なりのエールと受け取ったのか、いつになく返事に体育会系風味の気合が入っている。まるで二人は、女子高爆弾部の先輩後輩のようだ。

 それにしても先輩はクミに何故そんなに手榴弾を作らせたいのか。鍋爆弾で壁が破壊できたらそれでいいだろうに。スライムと手榴弾で戦うつもりだろうか。だがやはり一番に考えられる理由は、単にそれをぶん投げて爆発させてみたいという、先輩のほとばしる熱い性欲が破壊衝動に転じたやつに違いない。

 小糸さんが心配そうな表情で、手榴弾作りにさえ前向きなクミに声をかけた。

「クミさん……大丈夫なんでしょうか?爆弾作るのって危なくないですか?」

「ええ、製作には細心の注意を払います。大学でも似たような実験をやったことがあるので、問題はないと思います。ただ念のため、皆さんとは離れて作業しますけど。それから危険なので――」そう言ってクミは僕のほうをチラリと見る「うさぎを作業場所に近づけないようにしてもらいたいかと」

 何故僕を見るのか。

「分かりました。ホントに気をつけてくださいね。うさぎさんについては――」そう言って小糸さんも僕のほうをチラリと見る「そちらに行かないようにさせます」

 たしかに小糸さんと先輩は厨神楽に専念する以上、うさぎの行動を監視するのは僕の役まわりということになる。あの、言うことをちっとも聞かない子供のお守りをすることを考えると、僕はとても気が重くなった。

 なお、この一連のやりとりを聞いていて、僕にはひとつ思うところがあった。クミの爆弾であの大壁を破壊できるなら、そもそも先輩が飛ぶ必要はないのではないか、と。しかしどちらもうまくいくか分からない以上、考え得る手立ては進めておいたほうがいい。

 そんなことを考えていると、いつの間にかすっかり眠そうになっている先輩が、あくび混じりの言葉を発した。

「あたしはもう寝るけどさ、その前にシフトだけ決めておこうぜ」

 先輩と小糸さんが、この打合せの後すぐに就寝することは先ほど決まったことだが、それ以前はこれから僕と共に寝ずの番だった筈である。まあ当初の予定通りとしても、どうせ見張りを僕に丸投げしてスヤスヤ眠ってしまっただろうが。

「シフトっていうのは、寝る順番のことですか?」

 僕の問いに先輩がうなずく。

「やぐら作りの時は全員の協業だったが、これからは分業が可能だ。スライムからの襲撃に備えるとすれば、あたしとテケ松とドクミの三人のうち、二人が起きてればいいと思う。なので、一日24時間を三分割して一人8時間づつ割り当てればいいわけだな」

 小糸さんが激しくうなずいている。ちゃんと話を聞いてるのだろうか。

「そういうことで、チームを三つに分けたい。それぞれチームメンバーは同じタイミングで寝ることになる。まずはあたしと奥さんの『チーム飛翔』。それと一人だけだがドクミの『チーム爆弾』。最後にテケ松と猫娘の『チーム子守』だな」

「あの『子守』って……」

 僕がぼやくと、クミが申し訳なさそうに声をかけてくる。

「ミチスケ君、ごめんなさいね。うさぎの世話を押しつけるような形になっちゃって」

 まるでクラスメイトに、みんなの嫌がるいきものがかりを頼んでいるような言い方である。

「それからシフトの順番だが――」

 先輩がこの会合をとっとと終わらせたいムードを前面に出している。先輩のこの感じは会社の会議でもよく見たやつだ。

「まずは『チーム飛翔』が寝るから、次は『チーム爆弾』で、その次が『チーム子守』でいいな?」

 そうなると僕はこの後16時間眠れないわけだが、前回の起床時刻は皆ほぼ同じなので、誰かが我慢しなければこのシフトは成立しない。

 ま、それはそれで甘んじて受けますけど、それにしても――

「じゃ、これで会議は終わり。解散」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「ああ?」

 先輩を引き留めると、眠いのか苛立ってるのかその両方なのかという表情で僕を睨んだ。

「先輩はさっき『分業』って言いましたよね?であれば僕にも何か作業が……」

「『子守』だって立派な作業だろ。ベビーシッターって職業もあるわけで――」

「あの子は10歳ですよ。もうベビーでは――」

「そんなもん呼び方だけの問題だろ。ベビーシッターじゃなくて、そうだな――チャイルドプレイとか」

「それはホラー映画――」

「あ、いいですか?可能ならミチスケ君にお願いしたいことがあります」

 クミが何か思いついたのか、先輩との不毛なやり取りの中に割って入ってきた。

「あの大壁に穴を開けて欲しいんです。圧力鍋を入れられるぐらいの穴を。出来るだけ奥に掘り進めてもらって、そこに鍋を入れて爆破します」

「じゃテケ松はそれな」

 めんどくさげにそう言い捨てると、先輩は自分のベッドの方角へスタスタと去って行った。「おやすみなさい」と言い残し、小糸さんもその後を追うようにしてこの場所を後にした。

 二人を送り出した後、クミが少しそわそわした様子を見せていた。

「さあ、私も頑張るぞ。まずは素材を調達しなくちゃ。作業場所を決めたら連絡しますね」

 何だかとても楽しそうだ。クミのウキウキした感じが伝わってくる。ウキウキテロリストである。

 クミがどこかの売り場へ向かうためにこの場を去ると、周囲は一気に静かになり、僕はひとり「本部」に取り残された形になった。

 そういえば僕にはもうひとつ懸念事項があった。

 それは今眠っているうさぎと睡眠の時刻が合うのかという点である。うさぎはあと何時間ぐらい眠るのだろうか。僕が寝るべき時に、合わせてちゃんと眠ってくれるのだろうか。

 そもそもは、うさぎをクミの作業場所に近づけないことが目的だった筈だ。

 10歳にもなればある程度分別もつくだろうから、いくらうさぎと言えどもちゃんと言い聞かせれば分かってくれるだろう。うん、そうに違いない。

 とりあえずは僕も壁に穴を開ける準備を進めよう。

 僕はソファーから降りると、傍らに置いていたナップサックを背負い、大きく息を吐いた。

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