4Fx12 高楼

「つまり彼らは、自分たちの領域が脅やかされている、と感じているんじゃないでしょうか」

 僕は「本部」に集まったみんなの顔を見渡した。

 うさぎはいつものカウンターチェアでなく、小糸さんとクミの間にいて、二人に抱きかかえられるようにして座っている。

 それぞれが危機感を募らせているのだろう、皆真剣な面持ちで僕の話に耳を傾けていた。

 ただ先輩だけは、何か考えているのか、うつむいたまま頭をボリボリと掻いている。

 小糸さんが難しい表情で僕に問いかけた。

「壁にお酒をかけて穴を開けようとしたから怒った、ということです?」

「まあ、そう言えなくもないですが……」

「それやったのミチスケじゃん」

「たしかにそうだけど……僕が怒らせたとかそういうことじゃなくて……」

 うさぎが、何で自分までこんな目にあうの?という不本意からか、その頬を膨らませている。

「私、考えたんですけど――」

 クミがおもむろに口を開いた。

「やっぱりアルコールがダメージを与えたことからすると、私たちを襲ってきたアレは、あの壁と同じ……いえ、ここ全体を覆う物質と同じ成分なんじゃないかって」

「酒で溶けるのはあの壁だけじゃなくて――」

「そうです」クミは僕の言葉を引き継ぐように語る「私、その辺の床でも試してみたんですけど、溶解反応が見られました」

 つまりは、このホームセンターを覆っている緑色の物質は、全てアルコールに溶ける性質ということか。

「それでドクミは――」

 先輩がうつむいたままつぶやいた。

「攻撃してきたスライムも、それと同じもんだと言ってるのか」

「ええ、私はそう考えてますけど……」

 クミの言葉に、先輩は頭をかきむしる。

「ふむ、あたしも同じ認識だ」

 先輩が顔を上げた。

「ここを覆ってる緑色のヤツは、おそらく――生命体だと思う」

 それを聞いた小糸さんが、怯えたように辺りを見回す。

「それは……生きてるってことでしょうか?」

「ここいらにあるのは、まあ生きてはいないと思う。死骸なのか、脱皮した皮みたいなもんなのかも分からんが。ただ――」

 そう言って先輩は、レジ周辺を囲む大きな壁の方向に目を向けた。

「あの向こう側に生きてるヤツがいるはずだ」

 先輩の言葉に、おそらく皆が例のスライムの活動する様を想像していた。

「……あんなのがウジャウジャしてるってこと?」

 うさぎが泣き顔になって少し声を震わせる。

 たしかに小学生の女の子があんなものに襲われたらトラウマものだろう。

 小糸さんがうさぎをなだめるかのように、彼女の頭を優しく撫でていた。

 僕たちに襲いかかってきたスライムは、あの壁の方向へ逃げていったかに見えた。

 その先に、やはり彼らの本拠地が存在していて、そこを脅かされたとばかり、僕らに攻撃を仕掛けてきたのだろうか。

 だが、そのように考えるにあたって、僕にはひとつ疑問があった。

「スライムは壁の向こう側からやって来たとして、どこから出入りしてるんでしょう?」

 僕が呈した疑問に、皆少し考え込む様子を見せる。

 やがて小糸さんがおずおずと口を開いた。

「……一見したところ入口らしいところはなかったですけど……あんな身体だから小さな穴でも……」

「あっ!」

 うさぎが何か思い出したのか突如声を上げた。

「ミチスケが壁に穴開けようとしてる時、上のほうでチラッと緑色のが見えたよ。その時は、気のせいかなって思ったけど」

 そういえば、あの時うさぎが何やら壁のかなり上方を気にしていたのを覚えている。

「うさぎちゃんがそれを見たのは、天井近く?」

「うん。ほら、キノコみたいになってるじゃん。そのはしっこのほう」

 野生動物の能力を獲得したであろう彼女は、耳だけでなく目もいいようだ。

 おそらくは、以前見たと言っていたペット用品売り場の「緑色の人間」も、例のスライムだったのではないだろうか。

「そうすると、天井の辺りに出入口があるということでしょうか?」

「その可能性はありますね。だけど――」

 小糸さんの言葉に答えたものの、またひとつ難点があった。

「どうやってそれを確認するかが……」

「ミチスケがスルスルって登ってけばいいじゃん」

 この小学生、簡単そうに言いやがって、と思いながらも僕は大人として毅然とした態度で答える。

「あの壁は無理だよ。デコボコもないし、固いし」

「アルコールで溶かしながらとかは……」

 続けてクミが提案してきた。皆どんだけ僕に登らせたいのか。

「でもほら、天井に行くほど壁は水平になるから……そうだ、たしか脚立が売ってたはず」

 僕は自分がターゲットとなるこの状況を変えようと、咄嗟に思いついた手段を示してみせた。

「あれはせいぜい3メートルぐらいだから、あの高さは無理だろ」

 それは、先輩に即座に否定されたのだった。

 高さ10メートルはある天井近くに存在するかも知れない出入口。

 それが本当にあるかは、うさぎの言葉を信じるしかない。

 しかしそれは、今のこの状況を切り開くことのできる唯一の突破口とも言えるのだ。

「やっぱ作るしかないかな」

先輩がぼそりとつぶやいた。

「作るって何を……」

だよ」

 なるほどそうか。高いやぐらがあれば、天井にたどり着くことができる。

 ここはホームセンターだ。製作のための資材や工具には事欠かないはずである。

「いいですね。まさにDIYです」

 そんな朗らかな小糸さんの言葉をきっかけに、やぐら建設の検討会議が始まった。

 建築に関しては誰もが素人で、会議はそこそこ難航したものの、皆がそれぞれアイデアを出し合って、それなりの方針を定めることができた。

 少なくとも、壁向こうへ到達するためには、今はこのやぐらに賭けてみるしかない、という思いは皆が共有していたと思う。

 立てた方針を基に全員に作業を割り振り、皆一斉にさあ始めようとなった時、うさぎが言った。

「DIYってどういう意味?」


 まずはやぐらの土台を設置するために、床の整備を小糸さんにお願いした。

 床に酒をかけて緑の物質を溶かし、本来の平らな表面を露出させて、やぐらを安定した場所に建てるのが目的だ。

 小糸さん以外の4人は、大量の資材や工具の調達にあたることになる。

 その間、小糸さんをひとり置いておくのは不安だったが、彼女は気丈にも心配御無用を主張して、ホビー売り場で入手したライフル型の強力水鉄砲を胸に抱えてみせた。

 水鉄砲に備えられたタンクには、業務用ウィスキーが込められている。

 念のため彼女には、うさぎも使っていたホイッスルを渡しておいた。

 木材の運搬が、その大きさもあって一番手間取った。

 数本の角材をロープで縛り、床を引きずるようにそいつを運んだが、それでも何往復かは必要となった。

 細かな資材や工具については、ネコと呼ばれる手押しの一輪車で運ぶのが一番効率が良く、うさぎが最もこれをやりたがった。

 ある程度物資を運び終えた段階で、まずはやぐらの土台の製作から開始した。

 2メートル四方の板にノコギリで切った角材を打ちつけていく。

 木材を切る作業は先輩がおこない、僕はもっぱら釘打ち担当となった。

 小糸さんは角材の採寸や先輩と僕のサポート役で、クミとうさぎは運搬作業を継続した。

 土台が完成したところで、底の部分にガーデニング用品売り場から入手した土を詰め込んだポリ袋を重ねていく。やぐらが倒れないように土台を安定させるための土嚢だ。

 話し合いの中で、下部にキャスターをつけて動かせるようにするアイデアも挙がったが、高さ10メートルものやぐらをそんなふうに作る自信も技術も僕らにはなかった。

 一旦組み立ててしまったら、そこから動かすのはほぼ無理なので、建てる位置については、うさぎの言葉を信じて、その真下に定めることにした。

 土台から上に向かって次々と角材を重ねていき、それらに釘を打ちつけていく。

 途中の高さからは、四方に脚立を囲むように配置し、そこで作業することになった。

 先輩が小糸さんの採寸に従って続々と角材を切っていき、それをクミとうさぎが運んでは僕に手渡した。

 3メートルを越えたあたりからは、脚立を使うことができず、作業は困難を極めた。

 角材の受け渡しも簡単にはいかなくなってきて、それをロープで縛り、滑車で上に引き上げるやり方を採用した。

 足場のない場所での釘打ちは難しく、異常に時間もかかった。

「テケ松さーん、今日はそろそろ終わりにしませんかー、と先輩さんがおっしゃってますー」

 5メートルほどの高さでの作業中に、下から小糸さんが声をかけてきた。

「あ、今キリが悪いんで、もうちょっとしたら降りますー」

 僕は角材に釘を打ちつけているところだったが、少し体勢を変えようと右手側の角材に手をかけた時――

「!」

 目算を間違えたのか手は宙をつかみ、そのまま身体のバランスを崩した。

 前のめりに落下しそうになったので、慌てて背中側へと力を入れると、勢いがつき過ぎて今度は仰向けに倒れていった。

「キャー!!」

「ミチスケー!!」

 下でみんなが叫びを上げている。

 体勢を戻そうと両腕をバタバタさせたが、あがきもむなしく、そのまま僕は背中から落下していった。

 ボスッ。

 僕が落ちたのは、柔らかい物体の上だった。

 あらかじめ、やぐらの周りにマットが敷き詰められてあったのだ。

 皆が心配そうに上から僕を覗き込むのが見えたので、さわやかな笑顔で無事をアピール――したかったが、きっと僕の顔は引きつっていたに違いなかった。

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