4Fx11 襲撃

 何の収穫もないまま探索を終えて「本部」近くまで戻ると、既に全員が集まっているのが見えた。

 球が見つかったら花火を打ち上げることになっていたので、皆の成果は言わずもがなだろう。やはりレジ周辺の壁の攻略をしなければ、前に進めない状況となったわけだ。

 しかし、壁は異常に固く、クミがアルコールで溶かせることを見つけてくれたが、それでも穴を空けるには相当な時間を要することは間違いない。

 席に着くと、皆が一様に疲れた表情を浮かべていた。うさぎはもう半分寝てるんじゃないかという状態だが、絶妙なバランスで椅子の上を保っている。先輩もソファーの上で、タイの寝釈迦像みたいになっていた。

 今日のところは何も考えずに、みんなベッドで休んだほうがいいんじゃないか。僕も一杯ひっかけて眠りたい気分だった。酔いもしないのに。

「今後の対策については、明日にするのはどうですか?みんな疲れているようだし」

「でも急がないと――」

 クミはそう言って小糸さんのお腹に目をやった。それに気づいた彼女は、クミの肩に優しく手を乗せる。

「今焦ってもいいアイデアは出ないでしょうし、テケ松さんがおっしゃるように、今日はもう店じまいということでいいんじゃないですか?一晩経ったら何か素敵な考えが浮かぶかも知れませんし。ね?」

 そして彼女はクミに向けて穏やかな微笑みを見せた。

「キアリさんがそう言うのなら……」

 クミもしぶしぶながら納得したようだ。先輩やうさぎも、小糸さんの提案(最初に言ったのは僕だけどな)に異存はない様子だった。

 そういえば時計の存在を忘れていた。次の集合時刻の目安を伝えようと、表示盤を見ると――

 2:14と表示されていた。

 さっきと全然変わってない。

 壊れてしまっているのか、それとも僕らは時間の概念のない世界に来てしまったのか。

 何にしても、時計を目安にすることは諦め、とりあえずの集合のきっかけは、今日と同じく「みんなが起きたら」ということで、その場は解散となった。


 ベッドに入ったものの、ウトウトはするのだけど、なかなか寝つけなかった。

 頭に浮かぶのは、主に壁の攻略についてだが、特に画期的な方法も思い浮かばず、いつの間にか眠りに落ちては目が覚めてを繰り返していた。

 このままではいつまでたっても眠りにつけないと思い、少し気分を変えようと、ベッドを降りて「本部」へと向かった。

 他のみんなはよく寝ているようだ。先輩も宙に浮くことなく、目の保養というか目の毒というかの寝姿を披露してくれている。

 女性たちが無防備に眠る姿を見ていると、僕のことを信頼してくれているんだなという安心感と、僕のことを男として認識してないんだなという淋しさを多少感じた。

 なお、この場合の「淋しさ多少」とは全体の感情に対して数パーセントほどの割合であり、酒の度数でいえば缶チューハイ程度である。

 と、つい酒のことばかり考えてしまうのは、あの壁のせいだ。

 夢うつつの中、壁を掘り進めていく途中で、溶かすための酒が尽きてしまう心配ばかりしていたからだ。明日は早速酒のストックを確認しておこう。

 いつも先輩が座っているソファーに乗ってみると、思いの外フカフカで、大変寝心地がよかった。こんなところにいつまでもいたらダメな人間になってしまう、などと思いつつも、ソファーの上でボヨンボヨンと身体を跳ねさせてみる。

 ついでに、先輩のニオイが嗅げるかも、と表面に顔を押し付けたりしてみたが、ハタと「誰かにこんなところを見られたら……」という不安が心をかすめ、キョロキョロと辺りを見回しては、皆がすやすやと眠っているのを確認して、安堵のため息をついたりしていた。

 ふと、ソファーの脇に数本の酒瓶が置いてあるのに気づく。

 酔わないことが分かっているのに、先輩は何故こんなに持って来ているのか。無いと不安になってしまうんだろうか。それはもう依存症というやつでは?

 もしかしたら、酔わないにしても睡眠導入には効果があるかも知れない、と考えて、ブランデーの瓶を一本取り上げて蓋を開けた。そばに置いてあった紙コップを取り出して、ほんの少しだけ注ごうとしたところ、瓶を傾け過ぎて、コップから少しあふれてしまう。

 周りを見回すと、誰が入手してくれたのか、ちゃんとティッシュの箱が置いてあり、女の人ってやっぱこういうとこ気が利くよな先輩以外は、などと考えながらそれでテーブルの上を拭いた。

 なみなみとブランデーが注がれているので、紙コップを手には持たず、テーブルに置いたままの状態で、すするように酒を飲む。多分高い酒なんだろうが、あまりおいしいとは思えず、少し飲んだだけでやめてしまい、またソファーに身を預けた。

 仰向けになって、10メートルはある高い天井を見上げながらまたあれやこれやと考えてしまう。

 ここから僕たちは本当に脱出できるんだろうか?僕の下半身は果たして取り戻せるんだろうか?

 これまで何度も繰り返した問いだが、答えはいつも決まっていた。結局は今できることをやるしかない、ということだ。

 それで本当に脱出できる?下半身は復活する?それについては今できることを――

 そんな思考のループを繰り返すうち、酒の効果なのか、フカフカソファーのせいなのか、僕はそのまま眠りへと落ちていった――


 気がつくと身体中ににひどい圧迫を感じていた。

 顔面も何かに覆われていて、目を開くことも息をすることもできない。

 え、息ができない!?死んじゃうじゃん!!

 ――と一瞬思ったが、呼吸しなくても大丈夫な身体だったことを思い出す。

 ただ、今の状況がよく分からない。

 たしか僕は……そうだ、ソファーに寝てしまったんだ。

 もしかすると、また先輩が上から落ちて来たのか?それで胸とか股間とかが顔に押しつけられて「ぐ、ぐるじー」とか言うラブコメのお約束状態なのか?

「んなろぉぉ!!」

 近くで先輩の怒号と、何かバタバタした音が聞こえる。すると、上に覆い被さっているのは先輩ではないということか。

 手は自由に動かせそうなので、顔へと持っていく――グニャッとした感触。何かスライム状のものがへばりついているようだ。

 引き剥がそうとしてもなかなか剥がれない。逆にどんどん締め付けがキツくなっていくようだ。

 僕は思い切り身体を左右に揺さぶる。それでも謎の物体は剥がれない。

 勢いをつけ過ぎて、身体はソファーからテーブルの上へと転がっていった。

 その時――

「キュゥゥゥ……」

 声とも音ともつかない何かが聴こえてきて、全身から波が引くように覆っていた物体が消え去っていく。

 やっと目を開けることが可能となり、自分の身体に目をやると、緑色のスライム状の物体が収縮していくのが見えた。

 先輩のほうを見ると、身体中にスライムにまとわりつかれて、それを引き剥がそうともがいている。

 彼女は何とか立ち上がって奮戦しているようだが、他の3人はベッドの上で横になったままスライムがベッタリ貼りついた状態で、ほとんど動けないようだ。

 皆を助けようと思ったが、このまま無策で臨んでも反撃を食らうだけではないだろうか。

 僕は武器になりそうなものを求めて辺りを見回す。

 しかし――そもそも何故僕だけからスライムが去ったのか――

 テーブルの上を見ると、飲みかけのブランデーが入っていた紙コップが倒れ、中身が完全にこぼれている。

 もしかすると――

 僕はブランデーの瓶をつかみ、蓋を開けると、先輩に絡みつくスライムに、その中身を思い切りぶちまけた。

「キュゥゥゥ……」

 またヘンな声が聴こえてくると同時に、先輩の身体から収縮していくようにスライムが剥がれていく。

 やがて小さくなったその物体は、床を這うようにして逃げ去って行った。

 収縮するスライムが一瞬人の形に見えた気がした。

 何故かは分からないが、やはり酒がスライム撃退に効果があるようだ。

 無事解放された先輩と分担し、同様に他の3人に対しても酒をかけていった。

 彼女たちに貼りついていたスライム状の物体は、次々と収縮しつつ剥がれていき、床を這っては、一定の方向へ逃げ去るように見えた。

 レジ周辺を囲む例の壁の方向だ。

 そいつの行方を追うのはとりあえず後回しにして、彼女たちひとりひとりの無事を確認する。

 皆、特に命に別状はないようで、僕はホッとした。

 しかし、誰もがこの謎の襲撃に動揺を隠せないでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る