4Fx9 消失
「本部」に戻ると、既に先輩とうさぎが戻って来ており、おのおのの席に座っていた。
その時、うさぎが膝の上に乗せているものを見て、僕の胸は高鳴った。
「見つかったの!?」
それはピンク色のボールだった。大きさもあの赤い球と同じぐらいである。
「ホビー売り場にあったんだけどさ、ゴム製のやつ。こんなんでいいのかな?」
先輩が見つけたもののようだ。おそらくそれは既に売られていた子供用のおもちゃの類いだろう。それが僕たちの探していた球であった可能性は薄い。
前回の赤い球はガラスのような素材でできていたし、この世界に移動した際に出現したものという条件からも外れている。しかし、それらはあくまで僕らが勝手に想定した条件とは言えてしまうのだ。
うさぎからボールを受け取り、両手でそれをつかんでみる。前回感じたような、この球で何かが起きるような印象は感じない。ただそれは先入観と言えばそう言えるのかも知れないし、あくまで感覚的なものなので、自信を持って断言するには心許ない。
「多分、これではないと思うんですが……一応試すだけ試してみましょうか」
やがて小糸さんやクミも戻って来て、全員が揃ったわけだが、やはり収穫と言えるものはこのゴムボールひとつだった。この後、皆で台座へと向かい、試してみることにはなった。
もうひとつ、うさぎだけは異なるミッションで動いていたはずだ。
「全然硬くてダメだったよー」
レジ付近を囲む巨大な緑の壁の突破口を、うさぎに探してもらっていたが、どの場所も尋常じゃない硬さで、叩いて崩せるような箇所は見つけることができなかったとのことだ。この壁の場所にも、台座の後に皆で行ってみようということになった。
そして僕は入手したデジタル式の置き時計をテーブルの上に置いた。
「あ、これは目安に過ぎないんですけど、一応あると便利かなと思って」
時計には2:14と表示されていた。
僕たちは5人一緒に、台座を経由してレジ付近の壁へと向かうツアーを敢行した。
クミからのお願いで、台座近くの五味君の遺体がある場所にも途中立ち寄ることになった。彼女はシーツと造花を準備していた。造花はガーデニングのコーナーで昨日見つけたそうだ。五味君への手向けだろうが、ここでは生花が用意できないので仕方がないと言える。シーツは五味君の遺体にかけるものだろう。埋めるわけにもいかないし、何より全裸で股間に看板のカケラだけを乗せたままの状態というのも不憫である。
僕らはDIYコーナーへ向かうと、かつて突破した穴をくぐり抜けた。左手が五味君、右手に進めば台座のある場所に着く。台座に球を置いたら皆そのまま3階に進んでしまう、なんてことはまずないだろうと思ってはいたが、順番として五味君のお参りを先に済まそうということになった。
目の前を塞ぐ壁の裏に、かつて五味君を掘り出した跡と彼の遺体が見えるはずだった。
しかし――
「マサヒロが……いない!!」
クミが叫びを上げた。
彼を掘り出した跡は残っていたが、そこから少し離れた場所に遺体を寝かせておいたはずである。皆でその周辺を探してみたが、五味君は見つからない。
「あの、これ……たしか私が乗せたものです……」
五味君の遺体のあった辺りで、小糸さんがプラスチックのカケラを手にしている。それは、彼女が遺体の股間に乗せたものだ。イビツに割られているため、形に特徴があり、僕もそれを覚えている。
「まさか……自分でどこかに行ったとか?」
その時、一瞬空気が張り詰めたように感じたと共に、クミが詰め寄って来た。僕は身の危険を感じて、咄嗟に後ずさる。
「どこに行くっていうんですか!?マサヒロは死んだんですよ!?」
彼女は泣きながら、迂闊なことを口走った僕に食ってかかってきた。小糸さんがやって来て、彼女をやさしくなだめ始める。うさぎが僕をにらんでいた。女の子を泣かせるヒドいヤツは許さないぞ、という顔つきだ。先輩も、このバカめ、と言いたげな顔をしている。
たしかに彼女の前でそう話したことは、軽率だったとは思う。
五味君は明らかに死んでいたのだ。
そんな彼が動いてどこかに行ったなんて話は、ただふざけているとしか思えず、クミからすれば亡くなった恋人を冒涜されたに等しいのかも知れない。さらに、五味君の死は、クミの中で既に決着が着いており、今のこの異常な事態において、乗り越えて前に進むべきものだったのだろう。そんな状況下で、彼が生き返ったなどという仮定は、彼女の中でいたずらに混乱を招いてしまうことなのかも知れないのだ。
「クミちゃん、ごめん……そんなつもりは……」
僕が謝ると、彼女も少し落ち着いてきたのか、言葉を返してきた。
「いえ、私も感情的になり過ぎました。大声で怒鳴っちゃってごめんなさい」
結局、この辺りでは、五味君の遺体を見つけることができなかった。彼の遺体の行方もさることながら、何故消え去ってしまったのかという謎がどうしても残る。
これ以上の遺体捜索は一旦中断しようかという話になった時、先輩が発した言葉に、僕はたじろいだ。
「ゴミがゾンビ化したんじゃなければ、やっぱ誰かが死体運んだのかなー」
こんな調子だというのに、何故先輩はひとつも怒られないのか。僕よりも相当ヒドいこと言ってるぞ。クミを見ると「おっしゃるとおりですよねー」という感じで先輩を見ている。
これは何なのか?格の違いなのか?
それにしても、五味君が自ら動いたのでなければ、何者かが彼の遺体を運んだということになってしまうわけだ。であれば、まずはこの5人のうちの誰かが疑われることになる。これまで基本的には皆一緒に行動してきたが、探索中などいくらでもひとりになる時間はあったはずだ。但し、まず第一に当然僕は除外される。なぜならば、僕はやってないから。いやホントに。それからクミ自身も除外していいだろう。それは先ほどの様子を見れば明らかだ。さらに、小糸さんとうさぎも除外すべきだ。妊婦と小学生には、成人男性の遺体を運ぶのは無理だろう。そうすると、残る一人は先輩ということになる。やっぱ犯人は先輩だったんだ。はい解決……となれば簡単なのだが、当然そうはならない。まず、何のために五味君の遺体を隠さなければならないのか、その理由がもはや想像の埒外にあるからだ。
そういえば、もうひとりの容疑者がいた。うさぎが見たという緑色の人だ。緑色の人は、ある儀式のために人間の死体が必要だった、というストーリーはどうだろう?こんな話をすれば、またクミの怒りを買うかも知れないが……
僕たちは五味君の遺体の捜索を一旦諦め、台座の場所へと向かうことにした。台座へは、各売り場に通じる穴の前を通過すればすぐである。
先輩は一番最初に台座のそばにたどり着き、そこで振り返ると、ボールを持っていたうさぎに声をかけた。
「ヘイ猫娘、パス」
うさぎは先輩に向けてボールを投げた。それを受け取った先輩がダンクシュートを決めるように台座にボールを乗せる。サイズ的にはちょうど合っていたようだ。
前回もそうだったが、台座に球を乗せてから発動するまでに、少し時間を要する。
皆が一斉にしばらくの間、台座を見つめていた。
しかし、おそらく10分以上は経過した段階でも、何も起きる気配がない。前回はそこまではかかってなかったはずだ。やはり予想どおりというべきか、このボールでは何も起こらないことが確定した。
この件については、念のための確認ということで、あらかじめ予想していたことでもあり、特に失望することもなかったが、何か徒労感のようなムードがみんなの間に漂っている。
そろそろ次の目的地に向かおうか、という話になった時、小糸さんが、少し休みたいのでみんなに先に行ってて欲しいと言い出した。ひとり残していくのは残りの行程を考えると心配だったが、付き添いにクミが名乗り出たので、彼女たちをその場に残すことになった。
レジ近くの大きな壁へと向かうのは、ここで僕と先輩とうさぎの3人となった。
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