4Fx8 時計
何か大きな団扇を扇ぐような音がした気がして、僕は目を覚ました。
目を覚ましたといっても、まだ半分寝ているような状態で、意識もぼんやりしている。
少し離れた場所で、うさぎが寝ている姿が見えた。
たしか僕は隣りのベッドで眠ったはずで、うさぎとはそんなに離れていなかったように思う。
どちらかのベッドが寝てる間に移動したんだろうか、と考えつつ、うさぎが寝ていたベッドを見ると、それはすぐそばにあった。
ベッドは近くにあるのに、そのベッドで寝ているうさぎは離れた場所にいる。
僕はまだ寝ぼけていて、遠近感がおかしくなってしまっているのか。
ただ、うさぎの身長に比べて、ベッドのサイズが大きすぎるような気もする。
もしかするとベッドが巨大化したのか?
その時バサっと目の前を黒いものが覆い、視界は真っ暗となり何も見えなくなった。
何が起きたのかわからず混乱したまま身体を上に向けると、そこに何かが勢いよく落ちてきて、僕の身体全体に激突した。
一瞬痛みを伴った衝撃を感じたものの、それと同時に意識が遠のいていき、僕はそのまま闇の中へと落ちていった――
「お目覚めですかぁ?おはようございますぅ」
目を覚ますと、ベッドの脇に小糸さんが立っていて、僕に笑顔を向けていた。
「仲がいいんですね~ふふふ」と言い残して、彼女はその場を立ち去っていった。
仲がいい?
首を起こすと、うさぎが僕の腹に抱きついたまま寝ているのに気づいた。
「いくらモテないからといっても、小学生に手を出すのは犯罪だぞー、テケ松」
先輩が少し離れたところで、ヒンズースクワットをしているのが見える。
「いや、これは――」
「もちろん冗談だー。お前の性癖はわかってるからなー」
先輩には僕のどんな性癖がわかってるというのか。
そんなものを先輩に対してオープンにしたことなど一度もないはずだ。
それにしても――先輩の胸、ブルンブルンし過ぎじゃ……あっ、うさぎを起こさなくては。
肩を揺さぶろうとした瞬間、うさぎは跳ねるように飛び起き、ベッドの上で攻撃に備えるように身構えた。
「なんだミチスケかー」
この子は毎度起こすたびにこんな感じなんだろうか。
「何でミチスケがうさぎのベッドで寝てるの?」
違うだろ。それはこっちのセリフ――と身体を起こそうとした時、全身に少し痛みを感じた。
昨晩のアレは、やはり夢ではなかったようだ。
一体どういうことだったのか……
本部――ソファーに囲まれた集合場所をそう呼ぶようになった――へうさぎと向かうと、クミが先に座ってペットボトルを口にしていた。
彼女も皆と同様に、喉が渇くということはないのだが、ただ口の中をさっぱりさせたいという理由で水を飲んでいるらしい。
「それってグレープジュース?」
うさぎが尋ねたように、たしかにクミの持つペットボトルの中には紫色の液体が入っている。
クミの表情が、少し悲しげなものに変わった。
「これ、水なんだけど、私が飲むとこうなっちゃうの……」
その水を浴びたら、僕は地獄の苦しみを味わうに違いない……
やがて小糸さんもやって来て、クミの隣りへと座った。
続いて先輩が悠々と現れ、ソファーにどっかと腰を下ろす。
これで「本部」に全員が集合したので、朝の会合を始めることとなった。
スケッチブックに描いたフロアマップを見せながら、皆に本日の分担や段取りについて説明をおこなう。
基本的には、昨日の時点で決めた内容の確認がメインである。
ひと通りの説明の後、うさぎが「ちょっと気になることがある」と言い出した。
「ペット用品のところでね、緑色の人が歩いてたの」
「え?いつ?」
「寝てた時。途中でちょっと目が覚めて、あっちのほう見たら……」
ペット用品売り場はかなり離れているが、うさぎは聴覚だけでなく視力も優れているのかも知れない。
「緑色の人?なんか怖い……」
クミが怯えたようにつぶやく。
紫色の人が緑色の人を怖がってる……などと思いついたが、決して口に出しては言うつもりはない。
「寝ぼけてたとかそういう可能性はないのか?」
「うーん……そんなことはないと思うけど……」
先輩に問われて、うさぎは急に自信をなくし始めたようだ。
仮に緑色の人が実際にいたとしても、僕らに害をなす存在かどうかもわからない。
この件は、少し様子を見るしかないだろう。
そういえば、寝ぼけ云々で思い出したことがあった。
僕が昨晩、何か黒いものに押しつぶされそうになった件だ。
「あー、そりゃきっとあたしだ」
先輩があっさりと「犯行」を認めた。
「寝てたら急にテケ松のベッドの上に落っこちたんだよ。で、自分のベッドに戻ってもう一回寝た」
「いや、ちょっと待ってください。色々と前提が――」
「ああ、お前の言いたいことはわかるよ。今あたしが語ったのは、自分が意識できたことだけだ。これについては、しかし答えを持っている。つまり――あたしは寝ながら宙に浮いていたってことだ」
先輩は、ホテルの部屋で見た時と同様に、眠ったまま空中を飛んでいたということか。
あの時聞いた大きな団扇を扇ぐような音は、翼の羽ばたきだったのだろう。
「先輩さんは、眠ると空を飛ぶ体質なんですの?」
「まあ、まるで自覚はないが、前回はテケ松が目撃したと言ってるし、多分そうなんだろう」
「そうですか……眠ると……」
小糸さんは先輩に質問した後、なぜか考え込むような様子を見せた。
「空飛べるのかあ、いいなあ。うさぎも耳がいいとかじゃなくて、そういうのがよかったあ」
名前が「犬山うさぎ」じゃなくて「鳩山つぐみ」とかだったら飛べてたかもね。
「何にしても自分じゃコントロールできないし、(翼を指して)こいつやたらかさばるし、まさに無用の長物だな」
背中だけでなく前のほうもそこそこかさばるのではないかと思ったことは置くとして、今後寝るたびに先輩が上から落ちてくる心配をしなければならないのかと少し気が重くなった。
いや必ずしも僕のところに落ちてくるとは限らないだろうに。
そういえば、うさぎが離れた場所にいるように見えた件は、あれこそは寝ぼけた故の錯覚だろうか?
緑色の人の件同様、特に答えは出そうもなかったので、その場では口にしなかった。
2回目のフロア探索が始まり、僕たちはそれぞれの持ち場を調べていった。
僕が担当したのは、ペット用品とガーデニングの辺りだ。
うさぎが見たという緑色の人はペット用品売り場を歩いていたという。
もしかして痕跡を見つけられるかも、とも思ったが、緑色の人の残すものはきっと緑色なんだろうと考えると、ここには緑色の物質があちこちにへばりついていて、何が痕跡なんだかさっぱりわからないのが実情だった。
その周辺を隈なく探してみたが、やはり目的の球は見つからない。
探索を諦めて「本部」へと戻ろうとした道すがら、家電売り場のそばで時計を売っているコーナーがあるのに気づいた。
AC電源式の時計は止まっているようだが、電池式のものはまだ動いているみたいだ。
現在の時刻がわかるかも、と期待して確認してみるも、それぞれの時計がバラバラの時刻を示していた。
中には日付をデジタル表示している時計もいくつかあったが、それもマチマチな年月日を示している。
それでも、今後の時間の目安になるかも知れないと、デジタル表示の置き時計を手にした。
正確な日時がわからない以上、自分たちで基準を定めていくしかないだろう。
そう、まさにここが僕たちのグリニッジなのだ!
と、置き時計を掲げてポーズを決めているところを、少し離れた場所にいるクミが不思議そうな顔で見ていたので、気恥ずかしかった。
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