4Fx6 空虚
当然予想はしていたが、まだ誰も球を見つけることはできず、今回の探索は、今後のための準備だったり下調べだったりの要素が強かった。
これからについては、今回のように行き当たりばったりというわけにもいかないだろう。
何よりこの広さと物量だ。
僕はここで、皆に対し、今後の探索についての対策会議開催を呼びかけた。
みんなもそれには同意してくれたものの、まず始まったのは、なぜかうさぎの「戦利品」お披露目だった。
「あ、クーミンのスニーカーかわいいね」
「そうかな?たまたまサイズが合うの見つけただけだけど」
「やっぱり、一番手に入れたかったのは靴でしたよね。ずっとホテルのサンダルで歩きにくかったですし」
小糸さんの言葉に、うさぎとクミが共感するようにうなずいていた。
それぞれがスニーカーを入手して履いているみたいだ。
先輩だけは安全靴だが。
まあ、足のない僕には関係ない話ではある。
「うさぎのこれも、かわいいでしょー?」
うさぎはカウンターチェアから足をピンと伸ばして、皆にスニーカーを見せつける。
そこにはあの有名なネズミのキャラクターが描かれていた。
またうさぎに、新たな動物要素が付加されたようだ。
「あとね、うさぎが見つけたのはね――」
うさぎは首にかけているホイッスルを軽く吹いた。
「これ吹いたらみんな集まってね」
なぜそんなルールを勝手に決める。
まあ、小学生が持つ防犯アラームみたいなものか。
「それと――これも持ってきちゃった」
そう言ってうさぎはカチューシャを頭につけた。
「かわいいでしょ?」
しかしそれは普通のカチューシャではなかった。
頭の上に、パンダの耳がついているものだ。
何故パンダなのか?
見た目から考えれば猫の耳だろうし、名前からすればウサギの耳となるはずだ。
猿のように敏捷な猫目の少女、犬山うさぎ。彼女は牛のキャラのTシャツを着てネズミキャラのスニーカーを履いている。
そこへさらにパンダ耳のカチューシャが追加されるとは……
いや、そんなことはどうでもいい。
そろそろ会議を始めなくては。
僕はナップサックからスケッチブックと筆記用具を取り出し、このホームセンターの大まかなマップを描いてみた。
「えー、それでは、次の探索の担当エリアを決めたいと思います――」
小糸さんについては、ここで休憩していてもらおうとしたが、どうしても本人がみんなの役に立ちたいと言い張るので、インテリアコーナー周辺の探索をお願いした。
また、おそらくレジの近辺であろうエリアを覆っている緑の物質の壁も気になっていたため、そこはうさぎにハンマー叩きによる強度調査をやってもらうことにした。
脆い箇所があれば印をつけておき、後でそこに穴を空けるつもりだ。
うさぎはそんな作業よりも、ホビーコーナーに行きたがったが、後でいくらでも行けるから、となだめすかした。
僕も含めた他のメンバーにも担当エリアの割り振りを終え、第2回球探索の準備は整った。
先輩は会議の間、口数も少なく、終始酔いもしない酒を飲み続けていた。
今の先輩にはいつものような覇気を感じない。
酒に酔わない件が余程ショックだったようだ。
いい大人なんだからそろそろ切り替えてくれ、と思いつつ、僕の中にはひとつの疑問が生じていた。
少し訊きづらい内容だが、確認してみる。
「先輩、そんなに飲んで、トイレ行きたくならないんですか?」
「うーん、そうだな。膀胱からそういうアプローチは全然ないな」
先輩の答えに小糸さんも同調する。
「私もそうなんです。あれから結構時間が経ってるのに、お腹も減らないし喉も渇かないしで、一体何なんでしょう……」
先輩や小糸さんだけでなく、クミとうさぎも全く同じ状態のようだ。
僕に関しては、空腹はともかくトイレについては……
「お前のほうはどうなんだ?テケ松」
「ええ、皆さんと同様に空腹感はないです」
「排泄のほうは?」
「ええ、その欲求もなくて……あってもどうしたものだか……」
先輩は、少し元気が出てきたのか、子供のように目を輝かせ始めた。
「前から気になってたんだが、お前の腰のとこ、どうなってるんだ?」
「え?いや……フタみたいなのがされてて……」
「ちょっと見せてみろ」
「は?ここでですか?」
そこでうさぎも見たい見たいと騒ぎ出し、小糸さんやクミも興味津々な様子で、僕は断わり切れずに流されるまま、テーブルの上に寝かせられた。
皆が注目する中、先輩が僕のシャツの裾をそっとめくっていく。
何だかとても恥ずかしい。
「へえ……こうなってたのか……なんかプラスチックっぽいな――おい動くなって」
先輩が「フタ」に触れているようだが、そこは一応身体の一部ではないので、僕には触られている感覚はない。
それでも何かむずがゆいような感じが襲ってきて、じっとしてられない。
「そこの切れ込みって何です?」
切れ込み?小糸さんが指差しているが、僕には見ることができない。
「何だろな……あっ」
皆が一斉に「あっ」という顔をしたので、僕には何があったのか気になって仕方がない。
「何です?どうしたんです?」
「いや、ここ押したら、取っ手みたいなのが出てきて――」
「取っ手?」
その状況を見ていたクミが答える。
「台所とかでたまに床下に収納スペースがありますよね?あれの取っ手みたいな感じです」
ああ、普段平らになってるけど、押すと半回転して取っ手になる器具か……それがどうしてそんなところに?
「つまり、それを引っ張ったら開けられるってことですかね?」
小糸さんがさらりと恐ろしいことを言ってのけた。
それを開けたら僕の内臓はどうなってしまうのか。
そこからドボドボと……って考えただけでもグロい……というかそれ以前に僕は死んでしまう。
「?」
次に見たみんなの顔は「?」だった。
え?もしかして開けちゃったの!?僕の了解も得ずに!?
「ちょちょちょ、先輩開けたんですか!?」
「いや、何もないんだよ。真っ暗闇だ」
「は?」
皆不思議そうな顔で覗き込んでいるのが見える。
「くすぐったいとかそういうのはないのか?」
「え?くすぐったい?何してるんですか!?」
「いや、手を突っ込んでみたんだけど――うわ、これどこまで入るんだ」
「ちょ、先輩やめてください!!」
ハラワタに手を突っ込まれたら、くすぐったいどころではないだろうが、特に痛みも何も感じることはなかった。
それでも精神的ダメージがひどいので、もうこれ以上は勘弁してもらい、僕はようやく元のソファーへと戻ることができた。
シャツの裾から手を入れて、「フタ」がちゃんと閉まっていることを確認する。
別にそれで安心するわけでもないが、あえてそうせざるを得なかった。
身体の中身が空っぽの自分という認識が、とらえどころのない不安を、僕の中に呼び起こしていた……
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