4Fx5 玉箒

「あ、ミチスケ着替えたんだー。なんか地味ー。シュジさんみたい」

 シュジさん?

 うさぎの言う言葉がわからず、一瞬戸惑う。

 ――ああ主事ね。学校の用務員のことか。

 インテリア売り場に着くと、僕以外の面々は既に到着していたようだった。

 ベッドや机や椅子等のいくつもの家具が、ディスプレイされている。

 うさぎはバーに置いてあるようなおしゃれなカウンターチェアに腰掛けていたが、足置きに届かないようで、両足をブラブラさせている。

 首から何かかけているようだが、それは先ほど聞いたホイッスルみたいだ。

 小糸さんとクミは、2人掛けのソファーに仲良く並んで座っていた。

 目の前にある低いテーブルの上には、数本のミネラルウォーターのペットボトルが置いてある。

 そして先輩は、ホームセンターに置いてあったとは思えないゴージャスなソファーに、足を組んでは深々とそこに身を沈めていた。

 黒い編み上げブーツを履いている。いや、あれは安全靴か。

 どれだけ気に入っているのか例のバールをソファーに立て掛け、右手には琥珀色の液体を注いだブランデーグラスを掲げていた。もしかして酒飲んでるのか?

「これからはこの場所を我々の拠点にしようと思ってな。集合地点に一旦集まってからここに来るのもかったりーので、そいつで皆をここに呼んだ」

 先輩がアゴで指した床の上には、打ち上げ花火の残骸が散らばっていた。

 花火の季節にはまだ少し早いというのに、このホームセンター、さすがの品揃えである。

 僕は先輩の右手前にあった1人掛けのソファーに腰掛けたというか身体を乗せた。

「先輩、酒飲んでるんですか?」

「ああ、食料品売り場にマーテルが置いてあったからな。ちなみにこのグラスはキッチン用品売り場だ。でも飲んでても、全然酔わないんだよ。不思議だな」

 酒を飲んでも酔わない?

 ブランデーは相当強い酒のはずだ。

「ほら、お前もちょっと飲んでみ?」

 先輩が僕にグラスを差し出す。

 僕は酒は飲めないわけではないが、それほど強くはない。

 酒豪である先輩に比べれば、下戸レベルである、と言ったらそれは言い過ぎか。

 しかし、アルコール度数の高いブランデーをストレートで飲んだりしたら、ひとつ間違えればひっくり返りそうである。

「ほら早く」

「あ、はい……」

 僕がモタモタしているので、先輩は段々イラ立ってきたようだ。

 これはもう典型的なアルハラというやつじゃないですか。

 いや、先輩の振る舞いを擁護するならば――もはや何から擁護しているかはわからないが――これは酒の強要ではなく、確認の依頼なのだ。

 先輩はそれが本当に酒なのか、それとも謎の体質変化によりアルコール耐性を身につけてしまったのか、その辺を見極めたいのだろう。

 妊婦や未成年に確認を頼むわけにもいかないので、そうなるともう僕しかいないのだ。

 僕はようやく覚悟を決めて先輩からグラスを受け取った。

 口を近づけると、ブランデーの芳醇な香りが鼻腔を甘くくすぐる、とか分かったようなことを言ってみる。

 少しだけその琥珀色の液体を口に運んでみた。

「あれ?」

 たしかに香りや味は酒っぽいのだけど、喉を通る時の、あのアルコール度数が高い飲み物特有の焼けつく感じがない。

 しかも、僕レベルの酒の強さであれば、ブランデーなんて飲んでしまったら、割とすぐに酔いでクラッとするはずだが、そんな感じもない。

 確認のために何度か飲んでみたが、いくら飲んでも全然平気である。

 もしかして、これはノンアルコールブランデーとかいうやつだろうか。

 それを繰り返すうちに結局グラスを空けてしまい「おい、この酒高いんだぞ」などと先輩に言われたが、あなたお金払ったわけじゃないでしょ……

「これは、アルコールが飛んじゃってるとかそういうことですか?」

「うーん……それとも、やっぱりあたしらの体質が変化したとか……念の為これでも確認してみよう」

 先輩はそう言うと、テーブルの上に四合瓶をドンと置いた。

「本格芋焼酎『芋乙女』」と書かれている。

 どんだけ酒をくすねてきたのか。

 先輩は紙コップを二個取り出すと、そこに焼酎をドボドボと注ぐ。

 そして一方を僕に渡した。

「さあ行くぞ」

 通常であれば焼酎をストレートで一気飲みなどすれば、ぶっ倒れること間違いなしだが、ここは覚悟を決めて挑む。しかし何のための覚悟か。

 先輩も僕もほぼ同時にコップを空け、まるで決まりごとのようにそれをテーブルの上にターンと叩きつけた。

 ……全然酔わない……

 先輩は、これまで見た中で一番悲しい表情をしていた。

 酒に酔わない体質になったということは、人生の楽しみのかなりを失ったに等しいのだろう。

「この体質、意外と使えるんじゃね?」などと考えた僕とは対照的である。

 しかし、そんな先輩は見たくない。

 先輩には常に美しく気高くあって欲しいからだ。

 気高いというのはちょっとニュアンスが違うか。高慢であって欲しいとか?それでは悪口か。

 彼女を慰めるというわけでもないが、あまり信憑性のないもうひとつの可能性について話してみる。

「この世界の酒には、アルコールが入ってないとかそういうことはないでしょうか?」

「実際のアルコール度数を確認してみるのはどうでしょう?」

 そう言ったのは、クミだった。

 唐突な彼女の発言に、先輩と僕はポカンとしてクミの顔を見た。

「ブランデーや焼酎のような蒸留酒であれば、アルコール度数を簡易的に調べられると思います。日本酒やビールみたいな醸造酒だとちょっと面倒かな。検出に必要なものは、大体ここで手に入るんじゃないかと……えーと、ガスコンロと温度計とハカリと……」

 何か自分の世界に入ってしまったクミに僕は声をかける。

「あの……クミちゃん?」

「は!ごめんなさい!つい夢中になっちゃって……」

「クミちゃんは理系の人なの?」

「はい、理学部なんです。アルコールの検出については、ついこの間調べたばっかりで……なんか得意げにすみません……」

 そうか、彼女は「リケジョ」というやつだったんだな。そう言えば、五味君と同じ大学という情報しか知らなかった。

「まあ、ドクミに調べてもらったところで、少なくともこの世界で酔っぱらえないのは事実だからな……」

 先輩が淋しげにブランデーをグラスに注ぐ。

 酔うことができなくても、せめて酒を口にしたい、そんな酒飲みの悲しい性なのかも知れない。

 いまいち理解できないが。

 しかしアルコールに耐性ができたというのは、僕らが少しも空腹を感じないことと何か関係があるのだろうか?

 僕たちは、個々に固有の身体の変化を経験しているが、全員に共通の変化も存在することは間違いない。

 このことは、皆に確認する必要があると思った。

 それにしても、先ほどは「我々の目的は球を探すことだ!」などとリーダーとしての威厳を見せつけてきた先輩が、何でいきなり酒を飲もうとしているのか。

 まあ、そういう人か。

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