4Fx4 花火

 沢山の工具を手に入れた僕たちは、まるで道具の使い方を覚えた原始人がその文化レベルを一気に向上させるように、探索の技術を大きく進歩させた。

 先輩はよほど気に入ったのか、僕とクミと3人で引っ張り出した、かつてバールのようなものだった例のバールを常に持ち歩いては、そいつで次々と壁に穴を開けていった。

 なかなかうまくいってると言えるのはうさぎとのコンビネーションで、うさぎがハンマーで壁の強度を確認し、その箇所が脆いと判断すると、先輩が一気にバールで壁を崩していくという作戦をとっていた。

 うさぎの強度判定は、ハンマーで壁を叩いた時に聞こえる音でおこなっているらしく、一度実演と共に説明してもらったが、その音の違いは、うさぎ以外の者には誰にも判別できなかった。

 うさぎの聴覚の発達は、やはり猫目と共に、別世界への移動のタイミングで得た能力のようだ。

 まさに野生動物のスキルと言えるものであり、猫の目はさすがにダテではなかった。

 他の3人は、どちらかといえば、先輩が開いた突破口を拡げていくという役割に徹していた。

 その作業に関しては、様々な工具を試してみたのだが、意外と使えなかったのはノコギリで、初めは順調に壁を切り崩すことができたものの、すぐに刃がダメになってしまった。

 やはりバールやヘッドの尖ったハンマーのような、突き刺すタイプの工具のほうが効率的なようだ。

 僕はといえば、もっぱら高い場所担当ということになってしまったが、ノミを両手に持ち、それを壁に突き刺すことで、安定した素早い登攀が可能となった。

 しかし、壁への穴空けは着々と進んでいるものの、いまだ工具以外の目ぼしい発見はなかった。

 考えてみれば、ここがホームセンターのDIY工具売り場であるならば、他の売り場も存在するはずなのである。

 僕たちは、新たなエリアへのルートを見つけ出したい一心で、ひたすら作業を続けていた。

 そしてその時は、遠からずやって来たのだった――


「みんなー!こっち来てー!」

 姿は見えないが、うさぎが離れた場所から叫んでいるのが聞こえる。

 たしかうさぎは、先輩と共に今まで確認しなかった区域を2人で探索していたはずだった。

 うさぎの声のトーンがどこか楽しげだったので、特に緊急事態という感じでもないとは思ったが、クミが小糸さんを支えつつ、3人でその場所へと急いだ。

「見て見てー!」

 うさぎが飛び跳ねながら壁に空いた穴を指している。先輩はその横で壁にもたれながらバールを抱えて気だるそうに立っていた。

 うさぎが示すその穴の奥を覗くと――

 そこにはまさに、ホームセンターの売り場が広がり、様々な商品が棚に陳列されているのが見えた。

 緑色の物質は、天井から壁、床全体を覆ってはいるが、商品棚自体には埋もれるほど量ではなく、それを取り除けば簡単に物が取り出せそうだ。

「まあ……これ全部タダなんでしょうか」

 小糸さんが目を輝かせている。

「今はしょうがないっていうか……」

 本来生真面目なのか、クミが気がひける感じで答えていた。

「ねえクーミン、なんか食べるものとかあるかな?でも、うさぎそんなにお腹減ってないからお菓子とかでいいけど」

「お菓子?ホームセンターだからどうかな……」

「そういえば……あれから結構時間が経っている割には不思議と空腹感がないですね……」

 たしかに小糸さんが言うように、僕も空腹を全く感じていなかった。

 他のみんなも同じだと今初めて知ったのだ。

 僕の場合は、身体が半分になったのでエネルギー消費量が減ったからじゃないか、と勝手に考えていたが、皆がそうであれば他の理由がありそうだ。

 そこで先輩がすっくと立ち上がり、バールを手前にドンと突いては、まるで杖のように両手をその上に乗せた。

「しかしみんな忘れてもらっては困る」

 彼女の声に、みんなが一斉にお喋りをやめる。

 先輩はリーダーらしい威厳を持って、ひとりひとりの顔を見た。

 あれ?先輩ってリーダーだったっけ?

 まあ、この中でその役割を務めるとすれば、先輩以外に考えられないけど。

「我々が探しているのは、台座に乗せる球だ」

 そしてバールを剣のように目の前に掲げた後、それを素早く翻し、売り場の方向を指してみせた。

「あの中からそいつを見つけ出すんだ」


 僕たちは四手に分かれ、売り場の探索を始めた。

 5人なのに四手というのは、妊娠している小糸さんをクミが支えながら探索をおこなうからだ。

 始めは休んでいてもらおうとしていたが、本人がどうしても行きたがったので、クミにフォロー役をやってもらうことになった。

 小糸さんはクミに対し、非常に申し訳なさそうにしていたが、五味君の件で落ち込んでいた際に色々といたわってくれた彼女を手助けできることは、クミにとって喜ばしいことであるようだ。

 売り場はかなり広く、ワンフロアにこれだけの品揃えを実現しているホームセンターには行ったことがない。

 ただ、僕が知っているのはせいぜい都心近くのものに過ぎないので、地方では広大な敷地にデデンと、こんなホームセンターが建てられているのかも知れない。

 品揃えだけでなく、売り場の種類もかなり多く、ホームセンターと言いつつもスーパーやデパートもまかなっているように思えた。

 都心でもチェーン展開している大手のディスカウントストアに、内容的には近いような気もする。

 天井から吊り下げられている看板のうち、ここから認識できるものだけでも、建築資材、キッチン用品、日用品、文房具、化粧品、食料品、ガーデニング、電化製品、インテリア、作業衣料、キャンプ用品、ペット用品、ホビー等々、様々なものが存在している。

 これら全てを確認して球を探し出すのは、5人で分担しても相当大変な作業となることが予測される。

 今回は初めてなので、みんな適当に思い思いの場所を調べているが、次からはちゃんと計画を立てて臨まないと、見つかる物も見つからないはずだ。

 それから僕にはもうひとつ気になっていることがあった。

 それはフロアの奥、本来なら出口付近であり、おそらくはレジのある場所にだが、大きな緑色の物質の固まりがあるということだ。

 その中は、僕らがいたDIYコーナーのように、閉ざされた空間になっている可能性がある。調べてみる必要があるかも知れない。

 とりあえず僕は、この物量と広大な敷地の中から、いきなり球を見つけ出すのは無理だろうと諦めて、今回の探索はまずは準備に充てようと考えた。

 最初に向かったのは、作業衣料のコーナーだった。

 部屋で目を覚ましてからずっとホテル提供のナイトウェアを着ていたわけだが、床を引きずるので裾がボロボロになっていたからだ。

 僕はそこから「ザ・作業着」といった感じのグレーのシャツを選び、それに着替えた。

 シャツにはいくつかバリエーションがあったが、こういった時、僕は常に地味目なものを選んでしまう。

 かつて学生時代、人数合わせのために無理矢理参加させられた合コンで、相手の女の子に「定年後のサラリーマンみたい」と言われたほどのファッションセンスの持ち主である僕にとって、それは妥当な選択であるといえた。

 そこではさらに軍手とナップサックも手に入れた。

 やはり下半身を失ってから、手をやたら酷使するようになったからだし、荷物を持つにも手が自由に使えたほうがいい。

 ナップサックについては、もしかして別の売り場に置いてあるのかも、と考えていたが、たまたまここで売っていたので良かった。買ったわけじゃないけど。

 続いては、文房具のコーナーに向かう。

 そこで筆記用具やスケッチブックを入手した。

 これらは今後の探索計画に役立てようという考えだ。

 フロアマップを描き、そこに各担当者を割り振り、どのエリアが探索済かを漏れなく無駄なく確認していく意図だ。

 なお、この発想は先輩にはきっと無い。

 あのお方はある意味天才なので、具体的なビジュアルがなくても、脳内イメージと記憶だけであれこれ決めることができるからだ。

 しかし凡人たる僕は、こうでもしないと毎度同じところを探索しちゃったりするんですよねー、などと考えながら入手した品をナップサックに詰めていると、突如「ピーーー」というホイッスルの音が聞こえた。

 さらに、おそらくはうさぎの声だが、何か叫んでいるのが聞こえる。

 しかし、遠いために何を言っているのか判然としない。

 集合を呼びかけているのだろうか?

 探索のためにそれぞれ分かれた時は、大体一時間ぐらい経ったら、元のDIYコーナーに集合ということになっていたはずだ。

 時計を持っているわけではないので、体感で一時間ぐらいというのは中々判断が難しいが、そのぐらい経ったと言われれば経ってるのかも知れない。

 しかしホイッスルが聞こえたのは、DIYコーナーとは全然別の方角である。

 その時――花火が上がった。

 花火大会で見るような大きなものではなく、市販の打ち上げ花火のようだ。

 看板を確認すると、それはインテリア売り場辺りで打ち上げられている。

 うさぎの声が聞こえてきたのも、おそらくその辺だ。

 僕はナップサックを背負うと、とりあえずその場所へと向かうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る