第4話


「わわっ…いでっ…」


 雪春がトイレの床に転がる。車椅子用の広いトイレの中、結依香が雪春によって床と接触する事は無かった。


「ちょっ…何がおきてんだ…」


 起き上がって見渡すと黒尽くめの男が数人、そして白のタキシードを着た男が雪春を嗤っていた。


「貧相な身体だな」

「おいおい…トイレでBL乱交パーティーはお断りなんですけど」

「金崎誠也…こんな事をしてどうするつもり?」

「はっ、俺の勝手だろ?お前の一存の所為で確約された俺の未来が変わったんだよ。なら俺もその一存でその障害をはらうだけだ」

「なっ…そんな事して…」

「ならその男を拷問するだけだ」


 そう言って嘲るように嗤う彼は雪春と向かい合って足を突き出した。

 既に立ち上がっていた雪春は結依香の手首を掴んでその足を躱す。その時の接近で彼女は顔を赤くした。


「彼女に手出しはしないでくださいね?」


 そう言いながら、雪春はズボンの隙間から折りたたみ傘を取り出し、ソレを振ることで伸ばした。

 そして目の前に構える。誠也は拳を構えた。


「剣道舐めんなよ!」

「黒帯に勝てるとでも?チャンバラ如きが」


 その言葉を皮切りにどちらも間合いを詰める。

 そして雪春のリーチに入った誠也は突き出された傘を手で弾き、綺麗な前蹴りをする。

 バックステップで躱して、すぐさま前に飛んで雪春は誠也の小手を狙う。誠也はそれを無視して右手で雪春の顔面に拳を繰り出す。


 攻撃力は当然誠也の方が高い。雪春は一回転してそれを躱しつつ小手を打つ。

 そして更に一回転して誠也の膝裏に傘を差し込み、誠也をこけさせた。

 そのまま誠也の喉元に傘を突き込もうとすると、後ろから羽交い締めにされ、黒尽くめの男達に引っ張られた。

 結依香も同じく、その腕を掴まれていて身動きが取れない。


「雪春!」

「おいおい…武士道はどこいった?」


 呆れて素が出た雪春の腹部に立ち上がった誠也の乱暴なパンチが繰り出される。


「ぐっ…」


 同時にトイレの扉が開いた。と思ったら誠也の追撃の腕は何者かに掴まれ、誠也は中を舞う。

 背負い投げだ。見事な背負い投げに武芸を嗜む黒尽くめの男達も固まった。

 そして気付いた時にはもう遅く、その身体には発脛なり足払いなり大外刈りが為され、数秒後には床に転がっていた。


「どうも。高神がお世話になりました。お怪我は?」


 ニヤリと笑うそのSPは先ほど高校進学の学費の負担をすると言ってくれた高神のSPだった。


「あ、ありがとうございます…格好良かったです」

「いえいえ、後処理は私どもがしますので、お帰り下さい。高神の指示で数人ほどSPが付いておりますのでご安心を」


 そこから話しは急展開する。


ーー十数分後ーー


 …まぁ一応家まで送るのが筋だよな。


 そう考えながら雪春は腕にしがみついて頬ずりする、横の結依香を眺めた。

 時々顔を上げてこちらを熱っぽく見ると顔を真っ赤にさせて俯く。

 あ~。可愛い。


 その瞬間彼は雑談教室で恋愛相談に乗ってくれそうな古参メンバーを頭の中で検索し始めた。


 そしてその一週間後ぐらいから問題利用者、『高嶺』は現れた。


ーー現刻ーー


 彼は自分の中ではまだ付き合う気は無い。彼の野望としては一流大学に進学して華咲父を黙らせた後、付き合う気でいる。

 進学については高神が勝手に雪春の親と相談した。両親は親として遠慮はあっても人としてそれを断る手はない。

 そして両親は誕生日プレゼントで彼の高校進学のために貯めていた金を全て雑談教室の為のマイクやキーボードにつぎ込んだ。


 余談はいい。


「ぃ…いきます…土曜日は空いてます…」


 ちなみに強気だった結依香はあの日から本気で雪春に惚れたようで、普段は活発な『ですます』口調なのだが、雪春を前にすると顔を赤くしてしまう。


 彼女なりには雪春が好きであることを本気で隠しているつもりだが…流石の鈍感難聴主人公でも気付くその赤面に、人生相談を受けている雪春が気付かない訳がない。


 彼としては結依香の尊厳を尊重し、鈍感を演じているが…彼自身、結依香の事が好きであった。


ーー翌日ーー


「聞いて!聞いてください!」


 なんで結依香とのデートの後にこいつの声を聞かにゃならんのだろうか…。


 なんて不躾な考えを抱きながら彼は、テキトウに相づちを打つ。


「好きな人と映画見に行ったんです!しかもすっごい優しくて!」

「…彼氏がいることが驚きですね」

「うるさい!私だって乙女なんだから1人ぐらいいます!

 告白したいけどその人の顔見ると恥ずかしくて話せないんです!それぐらい格好いいんです!」


ーー数年後ーー


 そんな彼女との縁は切れないまま、何年も過ぎ…彼は結依香へ彼なりにドラマチックなプロポーズして結婚をして数年。

 高神の秘書としてスカウトされるが雪春はそれを辞退。華咲父を黙らせるため名門大学に入学した彼は、入社試験を1から受け、雪春をよく思っていなかった人事部も雇わざるを得ないほどの好成績をたたき出した。


 そして三年と立たぬうちにマーケティング部の部長にまで押し上げられる始末。

 多忙な彼の楽しみは三度の将棋より雑談教室。ちなみに家は都心のわりとお高めな家を買った。

 と言っても結依香にとっては所詮平民の家である。だが全く不満は漏らさなかった。いい妻である。


 と、彼は少し誇らしげだ。


「夫が最近構ってくれないんです!」


 そして『高嶺』も結婚したようで相変わらず傲慢だが相談相手として週に一回会話をする。

 結依香はそれを察してか、通話中は一度も部屋に入ってきたことがない。


 結依香と高嶺を会わせたいな~と思う彼である。


「そのテンションで話してたら当然だろ」

「いえ!穏やかに!そりゃあもう『タンポポ』の気持ちで話してます!」

「あの集団チャットのほう?俺にもそっちで話せよ。で?」


 ちなみに結依香は「ですます」口調は抜けないものの、雪春と面と向かって話せるほどには緊張しなくなった。


「帰りは遅いし…忙しいのは分かってますけど!お酒も誘ってくれないし…」


 そこでふと何かを思いついた雪春は、彼女の愚痴を遮った。


「直接言ったらどうだ?ってのと…ごめん、急用できたから切るな」

「えっ、ちょっ…」


 そして雪春は通話を無理矢理切って、そぉっとドアを開ける。と、結依香がこちらに背中を向けてパソコンを弄っていた。

 忍び足で近づき、突然後ろから結依香を抱きしめる。


「わっ!」

「ごめんな。お酒飲まない?」


 そう言って顔を上げると…振り返って赤面する結依香と『雑談教室』のホーム画面が見えた。

 会員登録しているみたいで…固まっている結依香を軽く抱きしめたままマウスを操作し、マイページへと移った。


「だめっ!」


 瞬間、結依香が悲鳴を上げるが、それを無視して名前を見る。

 するとそこには…集団チャット名『タンポポ』、管理者個別チャット名『高嶺』とあった。


「え?」

「み、見ちゃ駄目!お、お酒飲みましょ?ねっ!?」

「…結依香だったのか…?」


 呆然と彼は呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雑談教室 彼女がまさか…同じ人だなんてありえないっ 小笠原 雪兎(ゆきと) @ogarin0914

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ