第3話
ーー翌日ーー
「ホックは全部締めたし…まさか来ないなんてことは無いよなぁ…」
「…正気ですか?」
「うわっ!驚かさないでよ…はぁっ、びっくりした~」
「…こっちが夜会の会場です」
「無視しないでって、まぁいいや。ほら」
雪春が腕を出す、が彼女はそれを無視して歩き出した。
「え~人のご好意を無視するの?偽とはいえカップルだよ?」
「…はぁっ、組みます」
「じゃあ…てか名前教えて?」
「…華咲結依香です」
「俺は赤羽雪春。親しみを見せつけるためにユッキーとでも呼んでくれ。俺はユイって呼ぶから」
制服姿で腕を組むその偽カップルは当然おかしな目で見られた。
結依香が仏頂面をしているのだから当然だ。
ーー10分後ーー
「あ、華咲様、ようこそいらっしゃいませ…その横のお方は…」
「私の彼氏です。では…」
「ちょ、華咲様お召し物を…」
「私はこれで行くので。じゃあ」
すげ~顔パスか。
雪春は感服しながら大きな扉をくぐる…と、そこには正装姿の人ばっかりだ。
一斉に彼ら…いや彼女を見て、誰もが固まる。彼女は一歩前に出て大きく頭を下げた。
「華咲結依香と申します。皆様、私の身勝手な行動でご迷惑をおかけしましたこと、心からお詫び申し上げます。
しかしながら金崎財閥様のご子息との婚姻は拒否!させて頂きます」
大きな声で『拒否』と言い切った彼女に雪春は大きく頷いて笑う。そして同じように一歩進み、彼女の横で同じように頭を下げた。
「皆様、初にお目に掛かります。この華咲結依香とお付き合いさせて頂いて!おります。赤羽雪春と申します。
本日は…」
ただただ御託を並べ立てているとざわつき始める会場。そして人混みから一人の男が飛び出してきた。
「どういうわけだ!」
「御父様、お久しぶりです。御父様が仰有ったように私の彼氏、を連れて参りました」
「どうm…」
「お前の家はなにかやっているのか!」
その男は雪春の肩を掴んで挨拶を遮り大きな声で怒鳴る。
「私の父はコンピュータープログラマーを。母は専業主婦に御座います」
「家柄は!」
「至って平凡で幸せな家庭に御座います」
「その年でなにかやっているのか!」
「趣味の将棋は初段です。それ以外には…」
「何もないのに華咲家と…」
「あ、雑談教室というサイトの経営をしております」
「収入は!」
「月に千円、それは全てそのサイトの発展の為に…」
「出て行け!お前のような平凡な…」
咄嗟にしゃがんだ彼の行動は正解、その上を拳がものすごい勢いで通過した。結依香が顔を上げて口を開きかける。
そのとき、その後ろからよく通る声が響いた。
「華咲様、おやめ下さい。その方は私の恩人です」
「なっ…高神様…っ」
高神家は数ヶ月前から猛烈な発展を遂げ、最初こそ弱小財閥だったものの、華咲家を追い越し、今やこの夜会にて最高峰の財閥だ。
そして彼女がそのTOPに君臨する高神星奈。
「雪春様…いえ、紅雪さんですか?」
「え?お、俺ですか!?」
誰も知らない筈のそのサイトネームを呼ばれて素がでる雪春。
「覚えてませんか?去年の七月に相談させていただいたハイスターです」
「は、ハイスターさん!?」
彼女こそ、十万という多額を雪春に送り、サーバーを改善させた救世主である。
雪春は日本最高峰財閥の高神がハイスターである事より、ここで出会ったことに驚いていた。
「えぇ、あのときは本当にありがとうございました。お陰でこれほどの発展を遂げることができました」
「あ、いえ…俺は…あ、私はただとりとめも無く素人臭い案を出し続けただけで成功させたのはハイスターさんの実力ですよ…」
「っと…皆様すいません。私の恩人に奇跡的に出会えまして少し興奮したようです。華咲様…」
固まっている周りに向かって美しく笑いかけていた彼女は突然、拳を固めたままのその男を呼んだ。冷然と、だ。
「彼の身元と信用は私が保証します。財産、家柄について不満があるのなら彼を私の義理弟、もしくは養子として引き取ります」
「ちょ、やりすぎですって!」
「いいんです。この財産の少なくとも半分は紅雪さんのものですから。
それと…私の恩人に手を出すような事があればどなたであろうとただではおきませんので…では夜会を始めましょう。」
その言葉と同時にオーケストラが慌てて演奏し始め、固まっていたウェイターも動き出した。
「お久しぶりですね」
「お、お久しぶりです…」
「…雪春、知り合いなの?」
「彼には一度相談に乗って頂いたことがありまして。私の恩人なんです」
雪春への質問に高神が答える。
「しかし…お手つきでしたか。いつでも私は空いてますのでね?」
「え、あ…はい」
告白にも聞こえるそれに、しどろもどろになる雪春。
「では…もう少し語り合いたい所ですが夜会のマナーは守るべくして財閥のTOPですので。失礼します」
そこで高神が離れ、ようやく華咲父のターンが回ってきた。
「どこの中学だ…ですか?」
彼は後ろから突き刺さる高神の鋭い視線に語尾を丸める。雪春は安心したように息を吐く。
「岡見原中学二年です」
「高校はどこにするつもり…ですか」
「結依香と同じ高校に行けたらと思ってます」
「では萩原高校に進学すると…」
萩原高校とは私立の超名門校であり、一昔前はこのような財閥の子息が沢山いた。というか今もそうである。
平民と言われるレベルの生徒もいるが、彼らの父親は結局医者、弁護士…などなど。
「っそれは…」
おいおい、高校から借金か?そんな学校に行ける訳無いだろっ…。
「入学できないのであればどうであろうが我が娘との付き合いは許さん!」
「雪春様、お金の心配なら必要ありませんよ」
ぼそっと耳元で囁いたのは高神のSP。彼が口角を上げると雪春も同じようににやっと笑った。
「入って見せましょう。当然です」
「っ…まぁいい。それだけの学力があるかどうかですがね」
皮肉げに笑った華咲父は挨拶回りに向かった。
その背中は余裕げに見える。
「さて…帰るか」
「は?」
「俺たちがここにいる意味は無いですよね?」
「たしかにそうですけど…マナー的に」
「ん?聞こえないな」
彼はそう言って笑うと結依香を引いて、注目を集めながら会場の外にでた。
「はぁ…仕方ねぇな。俺以外の男、早めに見つけてよな」
「へ?」
「それとも一生このまま連れ添いう?」
悪戯っぽく彼は首をすくめる。結依香の顔は赤らんだが、それを彼は気付けなかった。
そして夜の新宿を歩き出す。…と駅構内のトイレの前を通り過ぎた時、彼らの影が消えた。
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