第2話 

ーー数刻前ーー


「おはよ、華咲さん」

「ぉ…おはよう…ございます…」


 顔を真っ赤にさせて俯く彼女は凄く可愛い。穏やかな気分になれるのだ。彼女の名前は華咲結依香。

 華咲財閥の御嬢様だ。


「どぉ~んっ!このデレ野郎!」


 後ろから彼にどついたのは彼の友人、牧野翔だ。


「いってぇな。やめろよ毎日毎日」

「お前ら付き合ってねぇのか?」

「だ~か~ら!やめろって」


 彼は調子に乗る翔を窘めて、隣の華咲を眺めた。


「あかばねゆきはるアンドはなさきゆいか…IラブJK…」

「お前まだそれやってんの?小3かよ」


 彼が呆れたように翔を眺めるが、翔は指を動かし続けた。


「お、おめでとう!結婚だって!アンドを抜いてもキス!」

「破局がひとつしかないから5/6はありたいことなんだぞ?しかも名前とかで相手は決まんねぇよ」

「華咲さんおめで…」

「ごらぁ!お前止めろっ!」


 そして詰まらない反応しかしない雪春ではなく、先ほどから顔を真っ赤にしてチラチラと雪春をみる結依香を煽り出す翔。

 雪春が拳を振り上げ本気で怒鳴った。


「すまんすまん。はぁ…進展しねぇなぁ…つまんねぇの」


 翔は息を吐いて二人から離れていった。

 ちなみに雪春の名前は実際は『幸治』となる筈だったが、父親が字を書き間違えたのでこうなった。

 原因は市役所の行きに降っていた雪の所為らしい。父曰く、『それっぽい名前だしいいだろ』との事。

 雪なのに春とからかわれる彼にとっては父親を恨んでいる。


「華咲さん、映画のチケット買おうと思うんだけどこれみたいって言ってなかった?」

「ぁ…はい…」

「じゃあ一緒に行かない?いつ空いてる?明日の土曜日とかどう?」


 雪春はスマホを弄りながら映画の予約を進める。

 彼らは付き合っていない…が、こういう関係なのだ。というのは2年前に遡る…。


ーー2年前ーー


「ん?どうかしましたか?」


 雪春が歩いていると電柱を背にしゃがみ込んでいるJCがいた。

 この高級住宅街のそばでこうやっているのは大体親との不仲で家出した子供と相場が決まっている。


「…あなたには関係ありませんっ!」


 泣きはらした目で彼を見上げ、強気な口調でそう言う彼女に、彼は自分のポケットから名刺を取り出した。

 そこには自分のメールアドレスと電話番号のみが書かれてある。


「俺たち互いを知らないですよね。なら相談しやすいんじゃないですか?

 電話でもメールでもいいですよ。気が向いたら相談して下さい」

「だ、だれが欲しがるんですか!こんなもの!」

「まぁ一応もらっといて下さい。学校終わったら返事とかは出来るので」


 ちなみにそこに『雑談教室』のURLは載っていない。それは、いきなりそのような場所に誘われては敬遠してしまう。

 だが、私的に相談をするならば対等に渡り合えるという安心感のようなものが生まれる、という彼の持論によるものだ。


「じゃ、変質者と寒いのには気をつけて下さいね」


 彼がそう言ってその場を去る、彼女はその背中を見ながら呟いた。


「変質者はあなたはです…」


ーー数日後ーー


「もしもし…」

「あ、もしもし。電話ありがとう。調子はどう?」

「家に帰って財布を取って、また家出しました…今はホテルです」

「うんうん。それはよかった。相談して良いよ~」


 彼は暗い部屋であかるい声を出す。階下から夕飯の良い匂いが漂ってきた。


「…その態度はなんですかっ。私ははなさ…」

「はい駄目~。家名を名乗って人の上に立つなら家出をしてはいけませ~ん」

「くっ…じゃあその態度が不快だから改めて下さいっ」

「…分かった。ごめんなさい」

「…私の父が私を他家の男と結婚させようとされて家出しました」

「政略結婚か…拒否は?」

「できたら相談してません。…拒否するなら次の夜会で男を連れてこい…と言われました」

「…じゃあテキトウに…」

「何故私が下衆と付き合わなければいけないのですか?」

「下衆って…」

「事実私のスカートを覗こうとされますので。この表現に何か…」

「なんでもないですっ、そりゃその男共が悪いか」


 彼はスマホを首に挟んで『雑談教室』の個別チャットで相談を受ける。

 同時進行は彼にとって苦でもない。


「次の夜会っていつ?」

「今週の土曜の夜6時からです…」


 明日か…予定もないな、うん。


「場所は?」

「新宿の…あなたっ」

「おっけー。じゃあ新宿駅の南口改札に午後五時半集合ね~。ドレスアップはする必要ないから。学校の制服でもいいんじゃない?

 じゃあこれからご飯だから~」


 彼はそう言って無理矢理電話を切った。すぐさま掛かってくる電話を無視して、『雑談教室』のスケジュールに「明日は休み」と打ち込み、部屋を出た。

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