雑談教室 彼女がまさか…同じ人だなんてありえないっ
小笠原 雪兎(ゆきと)
1/4 (全4話)
『少年よ大志を抱け』とはよく言ったものだ。
1人でキーボードを高速でタイピングしながら呟いた。
「小志を抱いた方が叶うし幸せだろ」
彼は見慣れたサイトの管理ページにログインし、『相談所』と書かれたかわいらしい兎の画像の「Close」を「Open」に切り替えた。
そのサイト名は雑談教室。
「雑談」と検索して一番下の所にURLが出てくるか否か…といったような小さいサイトだ。アカウント数も3桁ちょっと。
だが、そこは賑わっていた。
「さてと…おっと早速予約が来たか…」
彼は通知をクリックして要項を読み上げる。別に必要は無いのだが、そうする習慣が彼にはあった。
「え~
コールはお任せ、性別女性、年齢JC、相談内容恋愛、口調ため口、方法は通話、オプションは『思いやりのある優しいお姉さん』でいらっしゃいますね」
オプションを読み上げている途中に彼の声が柔らかい女声と変わる。
首にかけていたヘッドフォンを装着し、机の隅のマイクを身体の前に引き寄せた。
「じゃあ通話するね。っと…お、返信早い」
利用者との個別チャットで通話をするよう促す。早速電話が掛かってきた。
「いらっしゃい。由里ちゃん」
「ぁ…もしもしっ!そ、その…」
「大丈夫だよ。相談してくれてありがとうね」
彼はそう言いながら相手の声を反芻し、雰囲気にあった音楽を再生する。
「言いたくなかったりしたら無理に言わなくていいのといつでも切って良いからね」
「は…はい…こういうの…初めてで…」
「当然だよ。多分私ぐらいしかやってないし。じゃあいきなり相談のっちゃうよ~」
「あ、はい…」
「恋愛相談だっけ?詳しく教えてくれる?」
彼はそう聞きながらメモソフトを開き、1分間彼女の言葉をすべてタイピングする。
もちろん、優しげな声音の相づちもセットで、だ。
ふむ…告白されたけど別に好きじゃなかった…か。
よくある話しだな。でも蛙化現象ではなさそうだし定番の嫉妬を想像させるか。
「そっかぁ…じゃあさ、その人の事を想像して…その人が他の女子といちゃいちゃしてたらどう思う?」
「…わかんない…です…」
めんどくさいパターン来たー!
彼は心の中で盛大に叫び、マイクをミュートにしてから大きくため息を吐く。
自分の感情を隠さなくていいこういう場所で隠すタイプ~!それじゃあこのサイトの『見ず知らずだから素直に相談』っていうコンセプト無駄になるだけ~!
そしてマイクのミュートを解除し、声音を戻した。
「そっかぁ…じゃあその人が嫌い?」
「いえ…」
「他に好きな人はいる?」
「…いないです」
「そっか。じゃあさ。付き合ったままなのもひとつの手だよ」
そう言いながら次々とくる予約の通知を確認していく。稀に後の報告と感謝のメールが来ていたりする。
それを感慨深げに読みながら、テキトウに彼女の「あ~」とか「う~」とかに相づちを打った。
「じゃあ別れちゃえ」
「えっ…ぁ…はい…」
「はいダウト。ね、別れるのはイヤなんだよ。だからその人と別れたいって思うまでは…付き合ったままで良いと思うよ」
「はい…」
「うん。どう?悩みは解けた?」
「ありがとうございました…」
「ううん、頼ってくれてありがと。またいつでも相談にのるからさ。
感想とかレビューもよかったらしてね。深夜一斉に通知が来るようにしてるから誰が送ったかわからないし」
「はい…もうちょっと付き合ってみます!」
「うん、じゃあね~」
「はい、ありがとうございましたっ」
ツーッ、ツーッ、ツー。
電子音が鳴って、彼はヘッドフォンを外した。
そしてすぐさま次の予約に準備完了のメッセージを送り、再びオプションを読み上げ始める。
これはある小さなアパートで独り暮らしをし、ちょっと変わった趣味を持つ典型的な友達の少ない男子高生の日常である。
ーー1時間後ーー
「はぁ…予約は全部片付いたか…感想も全部読んだし」
彼はホームの隅っこでつい今"分"の部分が切り替わったタイマーを見る。それは『20分』となっていた。
ここが閉まるまでのカウントダウンだ。
そしてデスクトップの隅っこの通知をめんどくさそうにクリックして、先ほどとは打って変わってだるそうな姿勢で電話を掛ける。
「遅いですっ!」
「…おくれてすいません。急用の方がいらっしゃったんですよ」
「わざと先に感想とかレビューとか見てません!?」
大きな声がヘッドフォンから流れ、彼は咄嗟に耳からヘッドフォンを外した。
「…いつもご利用ありがとう御座います。名は紅雪と申し…」
「御託はいいです!はぁっ、それより聞きいてください!今日学校ですごくむかつくことがあったんです!あなた私の隣だから見てませんでした!?」
彼女は『高嶺』。自分で高嶺とか自意識過剰な利用者だとか彼は内心不満たらたら。
毎日一番最初に予約しながらも、最後に回される端から見たら可哀想な利用者だが、その理由も納得出来るだろう。
「あのね!前の席のヤツが告白してきて!そのクセ断ったらクソ尼だとか言うんです!訳わかんないです!」
「…そうですか。ご愁傷様です」
彼は話しを禄に聞かずテキトウに返した。いつものやりとりだ。
彼女は傲慢なように見えるが一応…というかかなり公衆の面前ではしっかりしている。
集団用チャットルームがこのサイトには存在し、そこでは皆が好き勝手に雑談する。
そこで彼女は侮辱発言を窘め、相談に乗り、古参メンバーでもないが尊敬を集めているのだ。ちなみに集団チャットでの彼女の名前は『タンポポ』…雑草だ。
このサイト名、雑談教室の由来はその集団チャットにある。
数人で会話していた頃、相談を持ちかけられ、以後個別チャットルーム、通話機能、レビュー、予約機能とどんどん増えていった。
サーバーは日に日に重くなる。が、古参メンバーの不満はなく、逆に嬉しいとまで言ってくれたりもしてくれた。
彼の喜ばしい思い出のひとつである。
そして誰かの提案で広告を載せ、そして誰かの提案で個別チャットルームに電子マネーのギフトコードが送られるようになり。
どこかのご令嬢の相談を受けたらたいそう気に入ったようで十万の振り込みをされ、その金をつぎ込んでサーバーは改善した。
そんな昔のことを思い返しながら彼はテキトウに相づちを打つ。
と、残り時間が0になった。やっとか…と彼は息を吐く。
「チッ、もう時間なのね。また明日ねっ」
すると別に強制終了する訳でも終了勧告をする訳でもないが向こうから勝手に切れる。
彼は大きく息を吐いて、今日も可愛かった隣の席の女子を思い浮かべた。
明明後日更新します。フォローとレビュー宜しく御願いします。
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