白い死神の話

シルヴィア

白い死神

 1、白い少女


 5月の上旬、正にゴールデンウイークの真っ只中。

 春の陽気な日と言っても良いほどお天道様は大気を照らし、空は青々としていて雲一つもない。

 こんな日は何処かの家庭が一家総出で遊園地で燥いでいるだろう。

 そんな自身さえ陽気になってしまう日、僕は車に轢かれた。


 車に轢かれたというと生身を想像するが、僕の場合は乗っている自転車、運転している自転車、結構な速度を出している自転車に自動車で衝突されただけだ。

 衝突されているだけと言っても乗っている自転車から弾き飛ばされ街路樹に激突し気を失った。

 次に目を覚ました時は病院のベットの上。

 少しばかりイケている30代くらいのおっさんが顔を覗き込んできた。

 こういう時は両親や美少女であってほしかったが、話を聞くところによると車を運転していたそうで致し方がない。

 息をすると痛みが走った。

 背骨が折れていると説明された。街路樹に憤りを覚えてしまいそうだったが、彼もしくは彼女がいなければ頭をアスファルトにぶつけていた可能性を示唆されて感謝を覚えた。

 次に彼彼女に会った時には花を添えて置こう。

 これからの話を終えると加害者のおっさんは帰って行った。


「それで君は誰だ」


 僕は虚空へと話しかけた。傍から見たら事故の影響で幻覚が見えるようになったと思い、僕の体を検査させようとするだろう。

 しかし白い外套を身に纏った白髪の娘はそこにいた。

 そこに立っていたのだ、最初から。

 むしろ彼女の顔を先に見たかったものだ、おっさんでは無くて。

 しかしながら彼女は今の今まで言葉を発していない。これから発するかどうか分からないが話して欲しいものだ。なぜなら入院生活というものは退屈だからだ。

 暇つぶしの方が先に尽きていく。しかしながら過去の入院生活と違ってスマートフォンが使えると思ったが、かの暇つぶし付き音楽プレーヤー、違った、暇つぶし付き携帯電話は画面が割れ使い物にならなくなっていた。やはりこれは携帯電話付き暇つぶしだったかだろうか。


「貴方私が見えているのですね」


 いやいや見えているから話しかけたのですけれど。

 少女は一度ため息を着いてから再度口を開けた。


「私が見えているという事は近頃貴方死にますよ」


 白い少女はその身なりからして一番しなさそうな宣告をした。



2、握った手


 貴方死にますよ、と言われて普通の人ならばはいそうですか、とはいかないだろう。

 だけれど僕はそれでいいかもしれないと思えた。

 やりたいことは特にないが、今務めている企業は漠然と辞めたいと思えた。

 これから働くことなく死ねるのならばそれはそれでいいのかもしれない。

 退職金で死ぬまで難なく過ごせるだろう。


「その口ぶりからして君は死神なのか」


 死神と言えば黒いイメージがある。だが彼女は全体的に白色だ。


「貴方の事故と同時に生まれたんですよ私、だから白色なのです」


 なら成熟していくと色は明度を落としていくのだろうか。


「病院の食堂にケーキでも食べに行く?」

「何でですか? 周囲には私は見えないのであなた一人ケーキを食べているようにしか見えませんよ。哀しい人ですね。第一背骨が折れているのですから安静にしといた方がいいと思います」

「良くしゃべるね」

「貴方が話しかけてきたのでしょ!」


 彼女は激しく言葉を発するとそっぽを向いた。

 僕は彼女に話しかける言葉を考える。

 このまま白く美しい彼女を眺めているのもいいけれど、それだと彼女は楽しくないだろう。


「なあ、手を握ってくれないか?」


 彼女はそっぽを向いたまま問いかけに答える。


「何でですか」

「こんなヘラヘラとしているようで少し寂しんだ、特に仲の良い友達とかもいないからさきっと誰もお見舞いには来ないだろうし。何だろうな、温もりが欲しい。温もりを感じたいのかもしれない」


 勿論、嘘である。誰も見舞いに来ないのは連絡していないからだ。連絡すれば見舞いに来てくれる人は二桁までとはいかないがいる。

 彼女は「嫌です」と言った後に俺の手を握ってくれた。

 まるで生きている人のような温かみが掌に伝わってきて驚いた。

 その驚きを、少しばかりの嬉しさを隠すために目をつぶった。


 次に目を開けた時に、つないでいる彼女の手は仄暗い色になっていた。



3、ホールケーキ


 次の日を迎えても彼女の手は灰色のままだった。

 何でそうなったのか彼女に尋ねても良いが、理性が邪魔して質問が喉から出ない。

 朝起きた時から彼女はベット脇のパイプで作られた椅子に座っていて、何だか安心した。

 看護士さんが運んできてくれた朝食にデザートとしてカットリンゴが付いていた。

 食べるか尋ねると、小言を言うように食べるとだけ言って小さな口でリンゴを齧っていた。

 その様子はなんだかリスやウサギに似ていると思った。


 彼女は特に何もすることはなかった。強いて言えばゴールデンウイークの晴れ晴れとした青い空を眺めていた。

 そんな彼女を眺めて午前中を過ごした。


 正午、昼休憩をお見舞いに使ったおっさんが来た。

 可愛い死神が見えるようになったので、ホールケーキを買ってきてくれないかと三枚の英夫を渡すと、おっさんが困るな言っていた。

 おっさんが困る一番の原因は轢いた僕が死んでしまうという事だろう。

 それでもおっさんは夕焼けのチャイムが鳴るころに、ホールケーキを買ってきてくれた。

 ホールケーキと引き換えに診断結果を手渡した。

 おっさんは安堵の表情を浮かべると帰って行った。

 少しだけ申し訳ない気がした。

 そんな思いを胸の内に秘めていると、6時間くらい口を閉じていた彼女が口を開いた。

 6時間前に開いたのは、デザートのカットオレンジを食べる為だ。


「貴方が死ぬとき、この世界から消えるようにしましょうか?」


 彼女の言った事がよく分からなかった。


「普通は貴方が死んだ後に残ったエネルギーを私が吸うのですが、昨日みたいに直接吸えば、貴方は元から存在していなかったことになりますよ」


 悪魔の誘い。きっと普通の人間ならばそう思うだろう。だけれど誰も辛くならない、悲しくならないなら、僕はそれを選択する。


「ならそれでお願いするよ」

「消えたい予定日とかありますか?」

「退院した後の晴れた日が、青空が広がっている時がいいな」

「分かりました、覚えておきます」


「誕生日おめでとう」と彼女の誕生を祝福した。


 ホールケーキの4分の1を僕が、4分の3を彼女が食べた。


「初めて食べましたが美味しいものですね」


 彼女は当たり前の事を言ったのだけれど、それが何故か不憫に思えて僕が消える前に彼女と美味しいものを食べたいなと思った。


 また僕が眠っている時に手を握っていて欲しいとお願いした。

 どうなろうと握っていてくれるだけで、彼女の体温を感じるだけで安心して眠りにつけるのだから。


4、気分転換


 朝目が覚めると握っている彼女の手が真っ黒になっていた。

 これが自身のエネルギーだと思うとゾッとする。

 朝食に付いていたデザートはプリンだった。

 これも彼女は美味しく食べる。正確には美味しそうに食べている。そう見て感じているだけ。

 実際に美味しいかなんて食べている本人にしか分からない。人には好き嫌いがあるのだから。


 担当医の健診があった。健診を終えると彼は、無理をしないように散歩してみるといい、と気分転換を進めてきた。

 退屈さが顔に出ていたのだろうか。それとも看護士さんの誰かが僕が彼女と喋っているのを聞いていたのかもしれない。

 幻覚を見ていると思われていてもいい、彼女の言葉が本当なら僕は彼女達の記憶から消えるのだから。


 ゆっくりと館内を歩く。

 病院といえば白をイメージするが、廊下は薄緑、受付は薄橙と白以外の色で溢れていた。

 それでも普通の人は薄い色を全てまとめて白と称するのだろう。

 売店では彼女が惹かれて凝視していた苺のショートケーキとガトーショコラ、自分用に鮭おにぎりとお茶、パジャマを2着、適当な漫画雑誌を購入した。

 このまま病室に戻るのは癪な気がしたので、売店横のエレベーターを使い屋上に出る。

 エレベーターに入る時、ベットシーツを運ぶおばちゃんと入れ違いになった。


 空は鮮やかな青色に染まっており、轢かれた時も空はこんな青い色だったなと思った。

 屋上にあったベンチに2人腰を掛ける。

 彼女は晴天の事など気にも留めずショートケーキを食べ始めた。

 そんな彼女を横目に僕も鮭のおにぎりを食べる。

 あっという間にケーキ2つを平らげた彼女は暇そうにしていたので、お茶を手渡すと半分だけ飲んで返してきた。

 無言のまま、彼女とひなたぼっこを1時間ほどした後、病室へと戻った。


 何を話していいか分からないまま、昼食、夕食と時間だけが過ぎていった。

 もちろんデザートは彼女が食べた。

 そしてまた目をつむる前に手を繋いで貰った。



5、使い捨てフィルムカメラ


 出会った時は真っ白い色だった死神は今はもう灰色になっている。

 ただ死神も死神で器用なもので、身に纏っている衣服だけを灰色にしている。

 肌はまだ白いままだ。

 トーキョーの街並みを歩いていそうだ。

 真っ黒い死神らしさ溢れる彼女も出来る事なら見てみたいものだ。


「今日は何する?」


 隣で僕の朝食のデザートを食べている彼女に問いかける。小学生同士が長期に渡る休暇を遊び尽くす時、出会ってから考えるように。


「ケーキが食べたい」

「じゃ、売店行きますか」

「ん」


 売店で栗が乗っているモンブランとチョコティラミス、バスクチーズケーキ、温かいお茶と鮭おにぎりを買った。

 会計をしてくれた店員さんは流石に昨日とは違う人だった。同じ人だったら何か思われているのかと思いはしたが、それはきっと今も同じことなので思考を止めた。


 今日も空は青々としていて、今日は中庭のベンチで食べようと思ったが、人がいたので昨日と同じく屋上に出た。

 呑み込むようにケーキを食べている彼女を眺めていると目が合った。それでも恥じらうことはなく彼女はケーキを食べる手を止めなかった。

 彼女の瞳は、人間の瞳を光沢紙にモノクロームで焼きつけられたように、白と黒に分かれていた。

 まるで白と黒しか色のない世界の住人のようだ。

 彼女を被写体に写真を取ればきっと良い写真が撮れるだろう。撮れるのならば。


「帰りまた売店寄っていい?」


 彼女は唇に付いていたチョコクリームを手で拭って答えた。


「またケーキを買ってくれますか?」



 1時間後、日向ぼっこを楽しんだ後、売店にいた。燃費の悪い死神は笑顔でケーキを選んでいた。

 僕は彼女にバレないように先に使い捨てのフィルムカメラを買った。


 彼女が選んだのは昨日も食べた苺のショートケーキとミルクレープ、チーズタルト。

 段々と燃費が悪くなってきている気がする。

 病室の椅子に座ったと同時に彼女はケーキを食べ始めた。

 すかさず僕はフィルムカメラで彼女の写真を撮る。

 現像はするつもりはないのでこのカメラのフィルムに彼女が映っているかは誰も知らない。


 今日も昼食、夕食のデザートは彼女が食べた。

 夕食を終えるといつの間にか彼女はパジャマ姿になっていた。パジャマの色も灰色だ。そしてそれは昨日売店で買った奴であった。

 今日も手を繋いでいてもらおうと思っていたら、彼女はベットに乗っかってきて僕の脇に挟まる位置で掛け布団を被さった。

 彼女の思惑は読めないが、彼女の鼓動と体温が伝わってきて心は段々と安心していった。



6、ふたりぼっち


 朝目が覚めると隣で横になっている死神の服装の色は、全ての光を吸収するか如く、真っ黒な色に変化していた。それでも色が変化している場所は装いだけ。きっとまだ、もう少しくらい時間はあるだろう。

 今までしてきたように伸びをする。背中に痛みを感じる事はなかった。

 朝食を運んできてくれた看護士さんに痛みがないことを告げると、驚いた顔をした後、仮眠をしていたと思われる髪の毛がぼさぼさになっている担当医を連れてきてくれた。

 触診をしてもらった後、午前中にレントゲンを撮ってくれることとなった。

 いざ冷めた朝食を食べようとすると、もうデザートのゼリーはなくなっていた。


 レントゲンで写し出された僕の背骨は完治していた。医者曰く早すぎるらしい。

 健康人を寝かせておくベットはないらしくすぐさま退院の手続きに入った。

 おっさんに連絡すると親のように喜んでくれた。


 解放されたのは16時、ちょっとだけ速く終わるかと期待していたがそんなことはなかった。

 退院祝いと称して僕は一人でザギンに高級な焼き肉を食べに行くことにした。正確にはふたりで。

 受付で2名でと言ったら怪訝そうな顔で後から合流予定ですかと尋ねられた。そう言う事にしてもらい、2名用の個室に通してもらった。

 スタートセットと称された肉や野菜が運ばれてきた。

 追加で注文をするにはこれらを食べきらないといけないらしい。

 彼女もその旨を理解したのか、肉を手際よく焼き始めた。追加注文にはデザートが含まれている。

 それでも彼女は肉や野菜は食べたくはないらしく、僕に食べることを強要するかの如く、僕の皿に乗っけてきた。

 20分くらい彼女が焼き僕が食べるを繰り返すと、それらは無くなった。

 すぐさま彼女は注文用の端末巧みに操り、僕の分の肉とデザートを注文した。

 肉とデザートを運んできた店員さんの僕を見る瞳は光が灯っていなかった気がした。


 2時間、僕は肉を食べ彼女はデザートを食べた。

 料金は1人分となっていたので諭吉を払った僕に返還された野口3枚はレジ横の募金箱に入れておいた。


 2人でカンダ川を歩いていると、彼女は僕に向けて「時間です」と言った。


「そっか、楽しかったよ」


 彼女の目を見てそう言うと意外な返事がきた。


「私もです」


 詰まんないかと思っていたけれど、それは良かった。

 手を差し伸べて見ると彼女は僕に抱き着いてきた。

 僕の体が光の粒へと変わっていく。きっと今僕は普通の人がしない体験をしているのだろう。

 目を瞑り、彼女の耳元で囁いた。


「またね」


 彼女は僕の耳元で意外な言葉を発した。


「またはないんですよ」


 瞑った目を開けると彼女の体も光へと変化していっている。

 彼女は涙を零していた。

 でもそれは僕には拭く事さえできない涙だった。


「私は貴方だけの死神なのですよ」


 その言葉を最後にして僕たちは完全に光へと変わり大気へと溶けた。


 周囲の人間は人1人が消えたことに気付く様子はない、ただ夜空を映すカンダ川が星空へと昇る光の粒を映していた。


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