第28話 遅咲きのライラック
茉莉達の待つ喫茶店に戻ると、彼女は隣に立つ圭と談笑していた。こちらはこちらで良い雰囲気に見えるのだが、これで何もないと言い張るのだ。
結衣が帰ってきたことに気づいた圭は、「あ、そのままこっち来ていいぜ」と店員らしからぬ手招きで結衣を呼ぶ。フレンドリーな彼だからこそ、許される行為だろう。
(たくさんお世話になったし、今度は、この二人を応援したいな)
伊澄とのことでも色々と協力してもらったのだ。結衣も二人のために力になりたい。
そう思いつつ、二人の待つボックス席へと歩み寄った。
「お帰りーって、何その箱?」
席に近づくと、茉莉は結衣が持っていた箱を見て興味津々といった様子で訊ねてきた。
結衣は伊澄に課題の完成品を渡しに行ったのだ。何かを持っていれば、気にもなるだろう。
渡しただけでなく進展があったことを告げれば、二人はどんな顔をするだろうかと思いつつ、手短に伝えた。
「色々あって、その……伊澄さんと……お、お付き合い……させて、いただく、ことに、なりました」
「急展開ね」
寝耳に水とはこのことか。圭に至っては唖然として言葉を失っている。
茉莉の向かいに座りながら、まだ顔が赤い結衣は貰った箱をテーブルの中央に置いた。
「それで、伊澄さんから貰ったの」
「また? ホント、あの人ってあげるの好きだなぁ」
猫のキーホルダーに始まり、事ある毎にプレゼントをしている気がした。それだけ結衣のことを気に入っているからだろうが、重く感じられないか心配になってくる。
「圭さんがいる所で開けてと言われたので……開けても良いですか?」
「おー、ちょっと待って。カメラ用意するから」
以前、仕事中だからとスマホを触らなかった彼はどこへやら。
結衣に確認を取られた圭は、いそいそとエプロンからスマホを取り出し、カメラを起動した。
「仕事中にスマホ触っていいの?」
「失敬な。決定的瞬間を写真に収めて拡散するのも、この商店街の話題の発信源の仕事なんですぅ」
「……拡散する物は考えてよ」
淡々とした茉莉の指摘に、圭は口を尖らせて反論する。
ただし、今回のプレゼントについては個人的なものが多分に含まれるのだ。そう安易に拡散していい物ではない可能性が高い。
釘を刺してくれた茉莉に礼を言いつつ、結衣は青いリボンを解いて蓋を開けた。
ふわりと、優しい花の香りが広がる。
「ああ、なるほど。フラワーボックスか。それ、生花じゃなくって石鹸で出来たソープフラワーだから、結構長持ちするぜ」
「……こういうの、母の日とかに見た事あります」
「そうそう。伊澄さんお手製だからさ、母の日は毎年すげぇ忙しいんだよ」
箱の中身は、ほぼ隙間なく詰め込まれた花々だった。夏の空のような青いカーネーションが目を引くが、その合間を埋めるのはカスミソウと四枚の花弁を持つ薄紫の花だ。
涼しげな色合いで、残暑の続く今の時期にはちょうどいい。
ただ、これを結衣に渡した意味は何なのか。
結衣と茉莉が揃って首を傾げる傍らで、伊澄と付き合いが長い圭は自然と覚えていた意味を思い出す。
「……『ライラック』か。なるほど、意味もぴったりだ」
「ライラックの意味?」
「花言葉。検索してみたら分かるよ」
残念ながら、結衣も茉莉も花言葉には疎いほうだ。バラなどの有名なものならばともかく、ライラックの花言葉は聞いたことがない。
しかし、圭は何故かにやにやとしており、結衣達が意味を知るのを待っている。
花の名前が分かっただけでもいいか、と結衣はスマホを取り出して検索した。ただし、茉莉は検索する気がないのか、圭を小突いて「教えなさいよ」と言っている。
「カーネーションは?」
「青は『永遠の幸福』」
「へぇー。さすが花屋さん」
主に母の日に目にすることの多いカーネーションだが、まさか青い色があるとは思わなかった。
圭は、「告白ならオレンジとかピンクとかにすればいいのに」とぼやいていたが、相手を思いやる伊澄らしいと言えば伊澄らしい選び方だ。茉莉は色の違いで花言葉が変わることに驚いているが。
そんな二人をよそに、ライラックの花言葉を知った瞬間、結衣は赤面してテーブルに額をぶつけた。
「……っ!」
「え、ちょっと、結衣?」
「ははっ。初々しいなぁ」
突然の奇行に、さすがの茉莉も慌てて結衣を案じる。
唯一、ライラックの花言葉を知る圭だけが、微笑ましそうに結衣を見ていた。
結衣の手に握りしめられたスマホ。
その画面には、検索結果が表示されている。
ライラックの花言葉――「初恋」。
「ま、遅咲きにも程があるけどな」
そう言いながら、圭はフラワーボックスの写真を撮って伊澄に送信した。
枯らすんじゃないぞ、とメッセージを添えて。
~終~
遅咲きのライラック 村瀬香 @k_m12
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