命どぅ宝 編 (後日談集)

二度目のクリスマスイヴ



 冬休みになって、ユルが戻ってきた。


 空港で待っていたククルは、彼を認めて飛び跳ねる。


「ユル、ここー! ここだよー!」


 大きく手を振ると、ひとの合間を縫ってユルが歩いてきた。


「おおげさなんだよ、お前は」


「へへー」


 にこにこ笑うと、ユルはため息をついてククルの横を通りすぎる。


「待って待って」


 慌てて追いかけると、ぱしっと手を握られた。


 ククルの右手を握る左手には、白金の指輪がある。


 手に触れる指輪の固い感触すら嬉しくて、またまた溶けるように笑ってしまう。


(夫婦……なんだなあ)


「何をニヤニヤしてるんだよ」


 仏頂面で振り返って指摘されたので、ククルは左手で口元を隠してごまかしておいた。




 連絡船に乗って神の島に行き、ユルが荷物を置いている間にククルは料理の支度にかかる。


 ふと気がつけば、ユルが隣に立っていた。


「どうかした?」


 野菜を切る手を止めて、見上げて首を傾げる。


「……別に」


 素っ気ない口調の割に、彼の手は優しくククルの顎にかかり、更に上を向かせてきた。


 なに、と言う間もなく、ユルはかがんで唇を重ねてくる。


(……!? ……!!!?)


 ユルが離れたときには、ククルはゆでだこのように真っ赤になってしまった。


「な、何か言ってよ!?」


「オレは行動で示すほうだからな」


 からかうように笑われ、ククルはひとりで照れているのが馬鹿みたいだと、ますます恥ずかしくなる。


「大体、いつまで照れるんだよ。半年前に結婚したのに」


「……そ、そうだけど……でも……」


 ユルは夏休みの間は、神の島に二週間ぐらいいてくれた。


 しかし、使命と仕事がある以上、彼はずっといられない。


 だから、今日帰ってくるまで、接触はメールと電話だけで。


 半年経ったといっても、実際の夫婦生活はひどく短いのだ。


「――なあ、ククル」


「うん?」


「淋しいか?」


 問われて、胸が痛む。


(淋しいに、決まってる)


 でも、それを言ってもどうにもならない。


「淋しくないよっ。ミエさんもいるし、高良さん一家には相変わらずお世話になってるし、島のひとたちは優しいし、薫ちゃんにもたまに会えるし」


 そう言って、ククルは次いでタマネギを切る。


 タマネギを切れば、ごまかせると思ったから。どうしようもなく滲んだ涙を。


「それなら――いいけどさ」


 そう呟いたものの、ユルの視線はやわらいでいない。騙されてくれていないのだろうか。


「も、もう! ユルは座っててよ! 移動で疲れてるでしょ? 頑張って、ご馳走作るんだから!」


「お前、怒ってるのか心配してるのか、どっちなんだよ……」


「両方――」


 目が痛くて、涙が出てくる。


 拳で涙を拭ったところで、ユルがため息をついた。


「オレも手伝う。失敗されちゃ、かなわないからな」


「失敗しないし……」


「いいから。ふたりでやったほうが早いだろ。別に疲れてねえよ。飛行機で寝てたし」


 押し切られて、結局、ふたりで料理を作ることになった。


 なんやかや話しながら料理を作るのは楽しい。


 ユルのほうが手際がいいのが、少し悔しかったが。




 今日のメインメニューは、骨付き鶏の唐揚げだ。


 クリスマスイヴなので、このメニューにした。


「なんか、去年のこと思い出すな」


 配膳しながら、ユルが呟く。


 ククルも、うなずきながら思い出していた。


 失恋したと思い込んでいた、淋しくて切なかったクリスマスを。


 あれから一年経った――とは信じられない。


 準備が終わったところで、さて食べよう、とふたりは座ったが――


「ああ、そうだ。所長からみやげもらったんだった」


 ユルは立ち上がり、居間を出ていく。


 すぐに、彼は酒瓶を手に戻ってきた。


「なあに、それ?」


「上等のワイン」


「わー、飲みたい!」


「――お前、下戸だろ。やめとけ」


「一杯ぐらい飲みたいのっ」


 言い張ると、ため息をつきながらも、ユルはワインボトルの栓を開け、ククルのグラスにワインを注いでくれた。


「め、めりーくりす……ます?」


 疑問形でグラスをかかげると、ユルは苦笑してグラスを合わせてくれた。


 きん、とガラスの触れ合う澄んだ音が鳴る。


 ククルはワインを飲み、驚いた。


 どのお酒も、喉に引っかかる感じがして苦手なのだが――このワインは、全くそんなことがないのだ。


 ごくごくごくごく……。


 勢いよく飲んでいると、ユルが青ざめた。


「おい、やめとけ。これ、飲みやすいけど度数高いんだぞ」


「……え? そうなの?」


 既に、半分も飲んでしまった。


「とりあえず、なにか腹に入れろ」


 促され、「いただきます」とふたりで手を合わせて食事に手をつける。


 五分もしないうちに、カーッと体が熱くなってきた。


 片手で顔をあおぎ。喉がかわいたものだから、またワインをごくごく飲んでしまう。


「だから! お前は! 一気に飲むな! 酔うぞ!」


「はやー? よってにゃい……よ?」


「馬鹿……」


 ユルが頭を抱えるのをよそに、ククルはご機嫌になってしまい、ジングルベルらしき歌まで口ずさみはじめたのだった。







 酔ったククルは厄介だった。


 歌うし、いきなり踊るし、しまいには倒れ込むし。


 結局、料理は半分も残っている。


(まあ、明日食えばいいか)


 ユルは眠ったククルを抱き上げ、寝室に運んでやった。


 まだ布団は敷かれていなかったので、畳の上に彼女を下ろしてから布団を敷く。


(……このまま寝かせていいのか? 寝間着に着替えさせるか?)


 布団の上に横たえてやったところで、ふと手を止める。


 別に夫婦なのだから脱がせてもいいのだろうが。


 しかし、着替えさせる自信がない。色んな意味で。


(――やめとくか)


 ククルは洋服ではなく琉装なので寝苦しすぎる、ということもないだろう。


 ため息をついて、ククルにかけ布団をかけてやり、ユルは寝室を出た。




 食事を容器に移し替えて常温でいいものはそのままにし、冷蔵庫に入れるべきものは入れる。


 それを終えてから、風呂に入った。


 寝支度を終えて寝室に入ると、ククルがかけ布団を蹴飛ばして眠っていた。暑いのだろう。


「だから、飲むなって言ったのに」


 呆れて思わず呟き、ユルはククルの隣に座って布団を一緒にかぶった。


 肘をついて頭を支え、横臥の姿勢でククルを見下ろす。


 彼女の頬に、涙が伝っていた。


(淋しいなら、淋しいって言って思い切り泣けばいいのに)


 そうすれば、抱きしめて慰めてやれるのに。


 変なところで、ククルは強がりだ。


 タマネギを切りながら涙をごまかすなんて。


「馬鹿ククル。オレを騙そうなんて、百年早いんだよ」


 憎まれ口を叩きながら、彼女の額に口づける。


 自分たちはとことん、クリスマスイヴに甘い夜を過ごせない運命らしい――と苦笑しながら、ユルはククルを片腕で抱いて目を閉じた。



(了)

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