第二十四話 対決



 ユルは、相手を睨みつけて天河ティンガーラを召喚した。


(オレの影なら、魔物マジムンみたいなもんだ。天河で斬れるはず)


 影は、微笑みながら待ち構えている。


 隙だらけなことを怪訝に思いながらも、ユルは疾駆し、剣を振るった。


 袈裟斬りが決まり、影から血が噴き出す――と、


「ごふっ」


 ユルの胸から腹にかけても傷が走り、血が流れた。


 思わず、膝をついてしまう。


 道理で、相手が余裕を見せているわけだ。


(あいつはオレの影だから、傷ついたらオレも傷つくのか!)


 見上げて唇を噛むと、血を流しながらも影は笑った。


『気づいたようだな』


 影は刀を、ユルに振り下ろす。


 間一髪のところで避けたが、先ほどの傷が尾を引いている。


(オレじゃ、こいつを倒せない。でも、待てよ)


 ――彼は、ユルには倒せないと思った。だから、私がなんとかしようと思ったの。馬鹿だよね……。私も、間違えた、の……。私だけじゃ、だめだったんだ。


 ククルの言葉を思い返す。


 ククルはユルに何も言わずに、ここに来た。


 ユルには倒せないと思って、自分ならなんとかできると思ったからだ。


 だが、ククルも間違えた。


(正解は――)


 ユルは首飾りの宝石を、握りしめた。


 ――私の力をあげる。だから、それで彼を倒して。


 今までと違う力が、体を駆け巡る。


 青白い霊剣・天河を、深い青の燐光が包んだ。


(オレの力だけじゃ、倒せない。ククルの力はそもそも、倒す力じゃない。だから、無理だったんだ)


 ユルは天河を構えて、影の心臓を貫こうとした。


 だが、刀で阻まれる。


 相手も、ユルの力が変わったことに気づいたらしい。


 ユルは霊力が削れて弱っていた。削れた霊力は、この影にいってしまっている。


 それに、元は同じ存在だったのだ。太刀筋が読まれている。次々と防御され、ユルは舌打ちする。


 どくどくと流れる血も、確実に体力を奪っていく。


 一方、影の傷はいつの間にかふさがっていた。


 ユルは刀を天に掲げて、叫んだ。


「頼む。空の神よ、海の神よ。今だけでいい。オレに、力を貸してくれ――!」


 なりふり構っていられず、祈った。


 神々なんて、大嫌いだった。特に、父親である空の神は。


『浅ましい野郎だ。あんな奴らに祈るなんて。諦めろよ。オレはお前のくらい願望が、こごったもの。オレはお前を殺してやるって言ってるんだから、素直に受けろよ』


 影は笑って、刀を振るう。


 その剣を受け、つばぜり合いになる。


 ぎり、とユルは歯を食いしばる。


 そうだ。間違いない。自分はずっと、死にたがっていた。


 時を超えて、現代に来て馴染んだ振りをしていても。またショウや倫先生のように誰かを不幸にするのかと思えば、いなくなりたくて。


 だけど――


 突き放しても突き放しても、ユルを追ってきた少女がいた。


 ひどい言葉を投げつけた。身勝手な目的のために、利用した。


 それでも、ククルはユルをいつも追ってくれた。


 人前でみっともなく泣いたとき、抱きしめてくれた。


(なあ、ククル)


 心の中で、呼びかける。


(オレはまだ、死にたがっているのかもしれない。だから、こいつが強いのかもしれない)


 ――それで彼を倒して。そうしたら、あなたは助かる。


 たったひとりで本島まで来て、ククルはウイに化けていた影の正体を当てた。


 ユルを助けるために。


(お前が助けたいって、思ってくれた命だ。オレひとりの命じゃないんだよな)


 そんなことを考えたとき、太陽の光がユルを強く照らした。


 天河の光が、強さを増す。


 まばゆさに目がくらんだのか、影は目を細めて一歩下がった。


 その隙を見逃さず、ユルは大きく刀を振りかぶって一閃した。


 影の首から胸にかけて大きな傷がついて、血が溢れる。


『なぜ……だ』


 影は、目を見はっていた。


 ユルの体に傷が表れなかったからだ。


 答えず、ユルはもう一度刀を振るう。


 今度は斜め下から斬り上げ、相手が怯んだ隙に心臓に天河を刺す。


「オレひとりの力じゃないからだ」


 囁いたときにはもう、影の姿が薄らいで――かき消えた。


 ユルは膝をついて、肩で息をする。


 今の天河は、空の神の力だけでなく海神の力もまとっている。だからこそ、影を倒せたのだ。


 ユルは、ふと首飾りを見下ろした。


 夜空の濃紺と蒼海の青色は、大極図のような形で混じり合っている。


 この状態なら――と思って、ユルは自分に天河を突き刺した。


 思った通り、傷が消えていく。


 ククルは癒しの力も、くれたのだ。


 あんな状態で、ユルに自分の霊力を渡したなんて。一体、どうなったのだろう。


 焦り、ユルは携帯で弓削に電話をかけた。


『――夜、無事か?』


「ああ。あいつは、倒した。詳しいことは、あとで話す。ククルは、どうなった?」


『傷が深かった。今、手術中だよ』


 それを聞いて、思わず舌打ちしそうになる。


「すぐに行く。どこの病院だ?」


 病院の名を聞き出してから、ユルは電話を切った。


 携帯の地図で、病院を検索する。幸い、ここからそう遠くなかった。


 タクシーを呼ぶほどでもないだろう。それに、この格好では載せてくれないかもしれない。


 ユルは、血にまみれた服を見下ろし、天河を消してから走り出した。

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