第二十三話 正体 2
ククルはひとりで、ナハの町を歩いていた。
高良のおじさんに電話して、急遽ナハにいる高良家の親戚である
今晩は、そこに泊まらせてもらうことになり、ククルは挨拶に行って新垣の奥さんに荷物を預かってもらった。
トウキョウとは比べものにならないほど、気温が高い。風が冷たくないのが、不思議だった。
ククルが一心不乱に目指していたのは、シュリ――
門の前で、ククルは声を出す。
「出てきて」
本質をつかんだ上で呼びかけると、あらがえなかったのか白い影が現れた。
観光客と思しき集団が、ククルをうろんげに見て門をくぐっていく。
「ウイ」
彼女の姿は普通のひとには見えないはずだ。
誰に向かってしゃべっているのか、と思われているのだろう。
ウイは微笑んで、『何か用ですか?』と応じる。
「悪趣味な擬態は止めなよ。――あなたは」
告げる前に、ウイが背を向けて駆け出す。
「待って!」
ククルは彼女を追いかけた。
人通りの少ない裏道で、ウイがようやく足を止める。
『……どうぞ。ここでなら、誰にも見られないでしょう。あなたが奇異の目で見られるのは、嫌でしょうから』
ウイ――いや、ウイの偽者の意図はよくわからなかったが、ククルはウイを見すえて声を発した。
「あなたは、ユルだね」
『…………』
「正確に言えば、ユルの影だ。
ウイは否定も肯定もしなかった。
だが、その姿が解けて、違う姿になりかわっていく。
高貴な琉装に身を包んだ青年――ユルがそこに、たたずんでいた。
ククルの命薬のことを知っていて、当然だ。ユルだから、知っていたのだ。
「ユル。元に戻って。分離していたら、元のユルが死んじゃう。あなたも、いずれは消えるよ。あなたは影でしかないんだから」
『それが、どうしたんだよ』
ユルの影は、酷薄な笑みを浮かべた。
『オレは今も、どこかで死にたがっている。だからこそ、オレが生まれたんだ。オレは、オレの憎しみや悪意が
「私だからこそ、あなたをなんとかできるんだよ。ユルには、できないんだもの。だって、自分を自分でどうこうできないでしょう」
ククルは一歩近づいて、ユルに手を伸ばした。
「ユル。ごめんね。私のせいだよ。私が使命を忘れているせいで、歪みが生じたんだよね。だから、あなたが生まれてしまった」
ククルは腕を広げて、彼を抱きしめた。
「帰ろう。今のままじゃ、辛いよ。死にたいユルがいることもたしかなんだね。そんなあなたも、私は受け入れるから……」
『お前は、何もわかっていない。オレが一番憎んでいるのは誰だ?』
その問いに違和感を覚えたとき、ククルの腹部に激痛が走った。
ユルは刀を手にしており、その刀がククルの腹に刺さっていたのだ。
「ぐっ……ううっ……」
口から血が零れたとき、刀が引き抜かれた。
白刃は、真っ赤に染まっている。
ククルが倒れたとき、彼は笑って見下ろしてきた。
『オレが一番憎いのは、オレだ。だから、一番大切にしているものを殺してやりたかったんだ』
そのとき、声が響いた。
「ククル!」
ユルは目の前の光景が信じられなかった。
なぜ、琉装に身を包んだ自分がいるのか。どうして、ククルが腹から血を流して倒れているのか。
“自分”は、刀を構えていた。その刀が血に濡れているのを見て、ユルはぎりりと歯ぎしりする。
(まさか、ショウの生まれ変わりじゃないだろうな!?)
いや、違う。ショウはあんな顔つきはしない。
「夜! ひとまず、僕が足止めする! ククルちゃんを!」
弓削が札を飛ばして結界を張ってくれる。
「ああ! ククル、しっかりしろ!」
倒れた彼女を助け起こす。
ククルの顔は真っ白だった。
「ユル、ごめん……」
「馬鹿、喋るな!」
「ううん、伝えないといけないの。私のせいで、彼が生まれたの。私が使命を果たしていなかったせいだと、思う……。あのひとは、ユルの影なの……」
「オレの、影? ――待て。弓削、救急車を頼む!」
「了解!」
弓削が電話している間も、自分によく似た何かは動かずこちらを見てうっすらと笑うだけだった。薄気味が悪い。
ククルはなおも、話そうとした。
「彼は、ユルには倒せないと思った。だから、私がなんとかしようと思ったの。馬鹿だよね……。私も、間違えた、の……。私だけじゃ、だめだったんだ」
「ククル、止めろ。お前は出血しすぎてる。これ以上喋ったら、危ない」
「……話させて。ユル、あのね、私の力をあげる。……だから、それで彼を倒して。……そうしたら、あなたは助かる」
ククルはユルの胸元に手を伸ばし、弱々しい手つきで天河の首飾りの宝石を握り込んだ。
「ごめんね……」
そう呟いて、ククルはがくりと頭を垂れる。
「ククル! おい!」
「夜、救急車がもうすぐ来る! サイレンが近づいてきた!」
「……弓削。ククルを頼む。一緒に病院に行ってやってくれ」
「もちろん、いいけど――ひとりで大丈夫か? 夜、君は弱っているのに」
「大丈夫だ。ククルが、力をくれた」
ユルは首飾りの宝石を見下ろす。満天の星の夜空のような宝石は、半分が琉球の海のような青に染まっていた。
ククルの海神の力が、託されたのだ。
救急車が着いて、救急隊員がククルを運んでいき、弓削が救急車に乗り込む。
彼らを見送ったあと、ユルは彼と向き合った。
彼が刀を振ると、弓削の結界が壊れた。
『――さて』
彼はユルにそっくりな顔で、優雅に微笑んだ。
『殺し合おうか、
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