第十九話 自覚 5
一方、祥子はククルの部屋から出てユルの部屋の前で彼を呼んだ。
『ユルくーん。ちょっと話があるの。入っていいかしら』
「……いいけど」
『ではでは』
扉をすり抜けて入ると、ユルは机に向かって何か書き物をしているところだった。
祥子はユルの隣に行って、目線を合わせるべく、高度を下げる。
「なんだよ、話って」
『うーん、直球の話よ。ユルくん、ククルちゃんに言ってる以上に調子よくないんでしょう?』
「……戦えないだけだ。日常生活には問題ない」
『けど?』
祥子が問いただすと、ユルは舌打ちしていた。
「霊力が削がれているのが、進行してる。日に日に、自分が弱っていくのがわかる」
『やっぱりね。どこか、無理してる感じだったもの。それでね、ユルくん。ユルくんは、ククルちゃんのこと好きでしょ? 私、ククルちゃんもユルくんが好きでしょ、行動しないといけないわ――って、はっぱをかけたわ。でも、まだ迷っているみたいなの。ここはやっぱり、ユルくんから言ってあげたほうがいいんじゃない? ククルちゃんって古風っていうか、昔の子なんだし。昔だと、女の子から告白なんて、ほとんどなかったでしょ』
祥子がつらつら言っていると、ユルはおもむろに札を取り出し、祥子に投げた。
びしり、と音がして札は祥子の首に張りつき、姿を消す。
『なっ……何をしたの、ユルくん』
「口止めだ。弓削に、言霊封じの符を作ってもらった。お前――祥子は、オレの気持ちをククルに言うことはできない」
後半部分で、呪がかかったのが、わかった。
『どうして、そんなことをするの。あなた、自分が弱っているってわかってるんでしょう? なら、なおさら――』
「別に諦めるつもりはないが、オレは元々短命かもしれない。それだとククルにも、どうしようもできない。オレは、もう長くないかもしれないんだ。そんな状態で、ククルとの関係を変えたくはない」
『時間がないなら、どうして!』
「わからないのか? 今の関係のままオレが死んでも、ククルは哀しんでくれるとは思う。だけど、もし関係を進めて――そういう仲になったあと、オレが死んだとする。ククルは深く傷つくだろう」
『今のままなら、傷は浅くて済むっていうの? 間違ってるわ。ククルちゃんの気持ちを無視してるわ』
「間違ってるとしても、オレは迷わない。オレなりに、大切にしていたんだ……。だから、最後まで、オレなりの方法で大切にしたいんだ」
ユルに黒々とした目で見すえられて、祥子は深い哀しみを覚えた。
(これは、ユルくんの哀しみが伝わってくるの……? ああ、どうしよう。言葉を封じられてしまった。私は、ろくに干渉できない。このまま、気持ちに気づかないククルちゃんと、それでよしとしてなんでもないように振る舞うユルくんを、傍観していないといけないの?)
また、札が飛ばされて祥子の首に張りついた。
「今のことも他言無用だ、祥子」
落ち込んだ様子で出ていった祥子を見送ってから、ユルは書きかけの漢文に向き直った。
課題はあと少しだが、やる気がなくなってシャーペンを転がし、まじまじと自分の両手を見下ろす。
清夜王子と倫先生の血に染まった手。
自分で手を下したわけではないが、彼らはユルのせいで死んだ。
短命なのかもしれないと思ったとき、どこかホッとした面がある。
(オレには、幸せになる資格がない)
ふたりの死を、未だに償っていないのだから。
未練があるといえば、ククルだ。やっぱりククルをここに、連れてくるべきではなかった。短命なら、なおさら。
淋しがり屋のククルを、ひとりにしてしまう。
(でも――きっと、大丈夫だろう)
弓削には頼んでおいた。ティンの魂のかけらを持つ弓削なら、ククルを支えてくれるだろう。
大学卒業後は琉球に帰るだろうが、そこには高良家がいる。
ククルは神の島のノロとして、静かに生活していくだろう。
律儀なククルのことだから、ユルのこともきっちり弔ってくれるだろう。
(そうだ、頼んでおくか。墓は神の島に作ってくれと。オレは墓なんていらないが、ククルはそういうことは大切にするだろうから)
つらつら考えていると、いきなりぐっと胸に痛みが走った。
胸を押さえて、ユルは荒い息をついた。
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