第十五話 行楽 3
次いで、ホーンテッドタウンというお化け屋敷要素のある乗り物に乗ることになった。
今度はユルが隣で、ククルはホッとする。
やはりエルザの隣は緊張した。
「あのね、エルザさんと連絡先交換できたよ。河東さんも」
「ふうん。よかったな」
ユルは、さして感動した様子も見せなかった。
「人見知りの私にしては、頑張ったんだよ。これで少し連絡先が増えた。あ、ユルもライソとやら、やってたんだね。河東さんがユルを追加してくれたよ」
「ライソなんて、オレとお前の間で使わないと思うんだが……」
「いいの!」
ククルが言い切り、前に向き直ると……河東とエルザの背が見えた。実に静かだ。全く会話がない。
「あのふたりって、今日が初対面じゃないよね?」
ひそひそとユルに尋ねると、ユルは「違う」と答えた。
「でも、話したことなかったかもな……。エルザがオレを迎えに、部室に来たりするぐらいだったから。しかもあのふたり、共通の話題ないんじゃねえか? 河東は派手な女は苦手だからな」
「そうなんだ……」
河東やエルザは、この組み合わせが一番嫌なのかもしれない。
「河東さんって、いいひとだね。それわかってて、順番に組み合わせ変えようって言ってくれたんだもの」
ククルはしみじみ呟いたが、ユルからの返答はなかった。
「ホーンテッドタウンって、お化け屋敷が舞台なんだってね。でも、私もユルもお化け怖くないよね」
何せ地縛霊と一緒に住んでいるのだ。怖いはずもなかった。
「というか、ホーンテッドタウン自体、別にそんなに怖くないからな」
「あー、そっか。ユル、修学旅行で一回ここ来たんだもんね。これに乗ったの?」
「ああ」
「いいなー」
会話を交わしていると、河東が振り返ってきた。
「どうしたんだ、河東」
「どうしたんだ、じゃないよっ」
河東は素早くユルに身を寄せて、囁く。
「この気まずい空気、どうしたらいいんだよっ!」
「どうしたらって言われても……」
河東の訴えに、ユルも困っているようだった。
「何か、話すきっかけをくれよ! そうだ、彼女の好きなものって何だい?」
「エルザが好きなもの……パーティとか言ってたな」
「正にパリピ! 僕の一番苦手な人種! ああ、もういいよ。四十分、耐えてみせる」
悲壮な面持ちで、河東は元の位置に戻っていった。
「なんだか気の毒だよね……」
「ああ……。河東はオレが巻き込んだ形だしな」
ユルも多少は責任を感じているらしかった。
待ち時間を経て、椅子のような乗り物に乗り、幽霊――という設定の人形やホログラムのうろつく洋館を見て回った。
ユルの言っていた通り、怖くはなかった。ククルは、幻想的で楽しいという印象を持った。
そのあと、レストランで昼食を取り、また別の乗り物に乗る。
相変わらず並びは順番に変えていくことになり、河東はエルザの隣にいるときが最も辛そうだった。
ククルも、エルザとはぽつぽつ喋るだけだったが。
「エルザさん。河東さんとも喋ってあげてよ」
「だって、何も話題がないんだもの。あなたもだけど」
「……うー。エルザさんって、人見知り?」
「興味のないひととは話さないだけ」
人見知りよりたちが悪い、と思ってククルは苦笑した。
「このアトラクションで、今日は終わりみたいね」
エルザは呟き、空を仰いだ。たしかに、もう日が暮れているから、帰らなければならないだろう。
「エルザさん。私、魔女がどういう感じなのか興味あるよ」
「魔女の詳しいことはシークレットなの。ごめんなさいね」
思い切って言ってみたのに、すげなくはねつけられてククルはしょんぼり肩を落とした。
最後の乗り物は、地底冒険といって、車を模した乗り物に乗って地底を巡るものだった。
少し怖かったが楽しくて、降りたときククルは飛び跳ねてしまった。
「楽しかった! ミッチーランド楽しかったね。また来ようね!」
ククルが後ろを振り返って言うと、河東が「次は二人きりで行きなよね……」と疲れた顔でぼやいていた。
花火があがり、それを見上げながら、一行は出場ゲートへと向かった。
河東とエルザとは途中の駅で別れ、ククルとユルは無事、家に帰ってきた。
『おっかえりー。どうだった? ミッチーランド』
祥子が飛んできて、玄関で出迎えてくれる。
「楽しかったよ! ね、ユル」
「……まあな」
ユルは、先に家にあがって、さっさと奥に行ってしまった。
ククルは靴を脱いで、思わず廊下で尻餅をついてしまう。
『大丈夫? ククルちゃん』
「たくさん歩いたし、待つときは立ちっぱなしだったから……足が痛い」
『あー、ああいうところ行くと、そうなるわよね。でも、楽しかったならよかったじゃない』
「うん。それに、一緒に行った河東さんとエルザさんと連絡先交換できたの。ふふー、二人も連絡先が増えちゃった!」
素直に喜んでいると、祥子が『不憫だわ』と涙を浮かべていた。
りろん、と鞄に入れていた携帯から着信音が鳴る。
ククルは携帯を取り出した。
河東からライソのメッセージが来て、表示されていた。
「ん? こ、これどうするの? 祥子さん」
『これをタップ……指で触るの。そしたらロック画面が出るから、ロック外して。自動的にライソ画面にいくわよ』
祥子のおかげで、ライソを開くことができた。
『今日はお疲れですぞー。拙者(侍か・笑)、疲れましたぞ。でも和田津氏と連絡先交換できたのはニヤニヤものですな。雨見くんに嫉妬しないよう、言っておいてネ(汗)これからも、よ・ろ・し・くですぞ!』
というメッセージの次に、『ドゥフフ』と笑うウサギの絵が添えられていた。
「この絵、何? かわいいね」
『スタンプって言うのよ。私も、このスタンプ持ってたわ……』
やはり、祥子と河東は気が合いそうだった。
「おい、ククル。廊下に座り込んで何してるんだ」
見かねたのか、ユルがこちらに来た。
「河東さんからライソ来たから、見てたの。お返事は、どうすればいいの?」
「返事は、居間か自室でやれよ」
「だって、立てないんだもの……。もう少し休憩したら、立てると思うから放っておいて――」
と言ったところで、ユルが舌打ちした。
「……しょうがねえな」
いきなり抱きかかえられて、ククルは仰天する。
「うわわ! ユル、下ろして! 大丈夫だから!」
「うるさい」
ぴしゃりと言われて、ククルは黙り込む。結局、そのまま自室に運ばれることになった。
ベッドの上に下ろされたところで、『さっすがユルくん。いざとなると、行動に出る男ね。萌えー』と祥子が賛美する。
「祥子。黙らないと浄霊するぞ」
『ごめんなさいっ!』
ユルに脅されて、祥子はククルの後ろに隠れていた。
鼻を鳴らして、ユルは部屋を出ていってしまう。
彼を見送ってからも、ククルはぼんやりしていた。
(変なの……。ユルにはおんぶされたこともあるのに。どうして抱っこされただけで、あんなにドキドキしたんだろう?)
ぎゅうっと、左手で首飾りの宝石部分を握り込む。
『ククルちゃん、どうかしたの?』
「う、ううん! あ、河東さんにお返事しなくちゃ。祥子さん、手伝ってくれる?」
『お安いご用よ」
ククルは右手に持っていた携帯のロックを外し、河東への返信を打っていった。
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