第十五話 行楽 2



 かくして、日曜日。


 一行は、トリプルサンダーマウンテン、という乗り物の列に並んでいた。


 当然のようにエルザはユルの隣を確保し、腕に腕を巻きつけている。ユルが何度振り払おうとしても、がっしりつかんでいる。力の強さもさることながら、執念が凄まじい。


 そういうわけで、ククルは河東の隣だった。


「和田津さん、ごめんね。雨見くんの隣がよかっただろうに」


 河東は暑いのか、ひっきりなしにハンカチで汗を拭いていた。今日は天気がよく、五月にしては気温が高かった。ククルも河東ほどではないが、たまにタオルで顔や首をあおいでいた。


「ううん。ああなるって、わかってたし。それに私、河東さんとも話してみたかったもの。あの電話以来だよね」


「どきっ! ああ、三次元に耐性のない僕には刺激の強い言葉! ……まあでも、わかってるよ。和田津さんには、こわーい保護者がいるからね。わかってるから、時々殺気をこめて振り返るの止めてくれないかな、雨見くーん!」


 途中で、河東は後ろを向いたユルに必死に語りかけていた。


「なかなか乗れないんだね……」


 つい、ククルはぼやく。


 かなり混むと聞いていたので、朝早くに出て開園と共に入園し、一番人気だというこのアトラクションに並んだのだが、さっきからわずかに進むだけで、アトラクションの建物にも入れないでいる。


「まあね。でも一時間待ちだから、まだマシなほうだよ。ひどいと、二時間とか三時間とか……」


「三時間!?」


 河東の話を聞いて、ククルは仰天した。そんなに待っていたら倒れてしまう。


「次に乗ろうとしてるスプラッシュリバーは、ファストパス取ったから、こんなに並ばずに乗れるよ」


「そうなの?」


「うん。優先券みたいなもんだから」


 河東は嫌がるでもなく、親切に教えてくれた。


 また、列が少し進む。


 相変わらず、前方ではエルザがユルにべったりくっついて何事かを早口で喋っていた。


 聞き取れないと思ったら、英語だ。ククルは、ぽかんと口を開けた。


「あれ、英語だよね? すごーい。ユル、英語喋ってる」


「ほぼ相づちだけだけどね……。よく、あんな早口聞き取れるよね。雨見くんって、語学センスあるよね」


 河東も感心していた。


「そうだね……」


 そういえば、ユルは神の島に流れ着いたとき、ちゃんと八重山の方言を喋っていた。ククルが、ユルが八重山のひとではないと気づかないぐらい、違和感がなかった。今はそれほど違わないが、昔は琉球の本島の言葉と八重山方言はかなり違っていたのに。ククルは本島に行く際、カジに苦労しながら習ったものだ。


 そんなことを考えながら、ククルはぼんやり前方を見る。


 エルザとユルがくっついているのを見ると、妙な気持ちになってしまう。


(なんだか、嫌だな……って思っちゃう。だめだなあ)


 ティンとトゥチが婚約を発表したときも、拗ねた記憶がある。自分は心が狭いのだろうか。


 気を紛らわすためにも、ククルは河東に顔を向けた。


 この調子では、エルザはずっとユルに引っついていて友達になるどころではないだろう。河東となら、友達になれそうな気がした。


「そうだ、河東さん。連絡先教えて」


「おお、女子と連絡交換イベントキタコレ! 喜んでー。和田津さんも、スマホ出して」


 にこにこ笑って、河東は携帯を取り出した。


「スマホ?」


「スマートフォンだよ。持ってるよね?」


「あ、携帯電話のことだね」


 ククルは鞄から携帯電話を取り出して、固まった。


「どうやって、連絡交換すればいいの? 私、今までずっと誰かにやってもらってたから」


「世間知らずな女の子、萌ポイント高し! ロック外して、貸して。電話帳に登録するから。あ、ライソの方がいい?」


「ライソって?」


「メッセージアプリだよ。なんだ、入ってるじゃん。これで僕を検索して……。はい、おしまい。電話帳にも入れたし、ライソの連絡先にも追加したよ」


 ククルの携帯を受け取った河東は、素早く操作して返してくれた。


「ライソ……」


 そういえば、薫がこの前会ったときにククルの携帯に入れてくれた気がする。


「ちょっとびっくりしたんだけど、ライソに雨見くん入ってないじゃん」


「え? ユルも、ライソ持ってるの?」


「サークルでグループライソ使うからね。そんなに連絡取り合う必要ないとか?」


「うーん……そうかも。一緒に住んでるし」


 ククルがぽろりと呟くと、河東は愕然としていた。


「なっ……はああ!? ど、同棲してるの!?」


「うん。知らなかった?」


「知らないよ! 幼なじみ通り越して、もう妻じゃん!」


「つ、妻じゃないよ」


 ふたりが大きめの声で言い合っていると、不審そうにエルザが振り返った。


 河東は声をひそめ、ククルに忠告した。


「間違っても、彼女には知られないほうがいいと思うよ。怒り狂うのが目に浮かぶ」


「……そうなのかな。ユル、言ってないのかな?」


「少なくとも僕は初耳だよ。なんだか和田津さんって、ちょっとズレてないか? 同棲って、普通は恋人同士がすることだよ」


「……こい、びと!? ち、違うよ!」


 ククルは驚き、河東を見上げた。


「私とユルは、高校に通ってるとき下宿先も一緒だったから……。一緒に住むのに、抵抗ないの」


「抵抗あるとかないとかの問題なのか!? 近すぎて意識できないのか? 三次元には滅法弱い僕、君たちが恐ろしくなってきたよ!」


「私とユルって、おかしいの?」


「おかしいというか……そこまで近しいなら、さっさと爆発しろ……じゃなかった、結婚しろって思うけど。雨見くんは、ああして独逸人の美女にくっつかれて、家に帰ったら幼なじみの妹系巫女さんが待ってるとか……。ギャルゲーの主人公かよ! やっぱりイケメンは有罪だ!」


 途中で河東が理不尽に怒っていたが、ククルは「結婚」という言葉に気を取られていた。


「……河東さん。違うよ。私とユルは、兄妹みたいなものなの。だから、ユルが結婚するとしたら違うひととだと思う」


「え? そうなの? 和田津さんは、雨見くんのことどう思ってるのさ。ここまで来たら、詳細希望!」


「どう……って」


 どう思っているのだろう。いざ言葉にしようと思うと、詰まってしまって、どう言えばいいかわからない。


「わからない……」


「はあ、さいですか。僕も三次元には疎いからなあ。まあいいや、この話は止めよう」


「え?」


「和田津さん、すごく暗い顔になってたよ。せっかくミッチーランドに来たんだから、楽しもうよ」


 河東は笑って、ポケットから入り口で取っていたパンフレットを取り出していた。


 


 一時間後、ようやくトリプルサンダーマウンテンに乗ることができた。


 速度と激しい動きに驚き、ククルは叫びすぎてしまったが、降り立つと「楽しかった」という感想が湧いてきた。


「どうだった? 和田津さん」


「うん、楽しかったよ。ごめん。私、隣でうるさかったよね」


「ほんっとに。わーわー叫んで、女子力アピールかしら」


 河東ではなくエルザが文句を言ってきたが、ユルが睨むと黙り込んでいた。


「絶叫系大丈夫なら、次はファストパスで取ったスプラッシュリバーに行くか」


 ユルが提案したところで、河東が手を挙げた。


「はーい、提案です。せっかく四人で来たんだから、並ぶときの二人組をローテーションしない?」


「ちっ。余計なこと言わないでよ、カトウ」


「そうだな」


 エルザは舌打ちし、ユルは賛同していた。ククルも、「それがいいと思う!」と応じる。


 エルザと並ぶのが少々怖いが、このままの並びはなんとなく嫌だった。もちろん河東が嫌なわけではない。


(何でだろ。ユルとエルザさんがべったりくっついてるの、モヤモヤする……)


 三対一だったので、エルザは「わかったわよ」と折れた。


 


 次いでククルの隣になったのは、エルザだった。


 彼女は不機嫌そうに腕を組んでいるので、取りつく島もない。


 前方にいるユルと河東は、何やら話して盛り上がっているようだ。河東が十喋ればユルが一喋る、ぐらいの割合だが。


「あのー、エルザさん。私のこと嫌い?」


 思い切って問いかけると、エルザは「ふん。恋のライバルが好きなやつがいたら見てみたいわね」と毒を吐いた。


「恋のライバル!? わ、私……兄妹みたいなものって言ったよね?」


「そう聞いて安心したけど、ナハトの過保護っぷりを見てると怪しく思えてきたの。まーさーか、ナハトの片想いとかじゃないでしょうね?」


「違うよ!」


 否定しながら、思わず赤面してしまった。


「本当に違うのね? これで付き合い始めましたーとか言ったら、ワタシはあなたを殴ってもいいかしら」


「ど、どうぞ」


「ふうん」


 ククルの覚悟に安心したのか、少しエルザの表情が和らいだ。


「じゃあ、ワタシとナハトの仲を取り持ってちょうだい」


「それは嫌」


「はい? なぜ、嫌なの?」


「そういうのは、ユルが決めることでしょう。私が口を出すのは、違うと思う」


 高校のとき、クラスの女子にユルとの仲を取り持ってくれと言われて一旦承知し――結局、断ったことを思い出す。


「……あなた、結構頑固ね」


「そうかな。それより、エルザさん。私は、あなたと仲良くなりたいと思ってるの。お友達に、ならない?」


 にっこり笑って語りかけると、エルザは大げさに肩をすくめていた。


「これだけ敵意を向けている相手に、友達にならない? ……って。肩の力抜ける。あなた、大物ね。仕方ない。なってあげなくもない」


 微妙な返答だったが、拒絶ではなかったので、ククルは携帯を取り出した。


「連絡先、交換しよう? あ、私やり方わからないから任せてもいい?」


「はいはい」


 面倒そうだったが、エルザはククルの携帯に連絡先を登録してくれた。


「ライソで、ナハトの隠し撮りとか送ってくれてもいいのよ?」


「隠し撮り? 何それ。私、カメラ持ってないよ」


「あなた馬鹿? スマホという立派なカメラがあるでしょ」


 エルザはククルの携帯を操作して、カメラを起動させてユルと河東の後ろ姿を撮っていた。


「ほら、簡単でしょう」


「……そんな機能あったんだ」


 そういえば、薫と一緒に食事をしたとき彼女は食べ物に携帯を向けていたっけ、とククルは思い返す。あれは写真を撮っていたのだと、ようやくわかった。


「あなた、どこまで世間知らずなの? 何にスマホ使ってたの?」


「電話とか、メールとか」


「それだけ?」


「いんたあねっとは、よくわからない」


「…………変な子」


 エルザはククルを不審そうに見ていた。

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