第十四話 古都 5
翌日、三人は昼前に新幹線に乗り込んだ。
往路と同様、駅弁を買っておいた。
新幹線が走り出し、キョウトの町が遠のいていく。
しばらくしてククルの隣、通路側に座っていたユルが寝息を立てて眠り始めた。
ククルの正面に座る弓削は、見るともなしに窓の外を見ている。
彼は当然だが、ティンには似ていない。
(また兄様のこと考えちゃってる。八重山に帰るまでは、忘れておかないと)
ククルにとって、ティンの存在は大きすぎて。残滓があるだけで、すがりつきそうになってしまう。
「ククルちゃん、楽しかった?」
突如、こちらを向いた弓削に問われてハッとし、ククルは「はいっ!」と勢いよく返事をした。ユルが眠っていることを思い出して口を両手で覆ったが、幸いユルは起きずに眠り続けていた。
「ずっと行きたいと思ってたので、嬉しかったです。ありがとうございました」
声をひそめて頭を下げると、弓削は苦笑していた。
「いやいや、こっちが無理言って頼んだ話だからね」
「キョウト、素敵な町でしたね」
「観光客には優しい町だよね」
「観光客には……?」
「いけずの町、とも言われるからねえ。ま、住むのでもない限りは気にしなくていいよ。戦争でも焼けなかった、古い町だからね。三代住まないと住人と見なさない、とかいう噂もあるよ」
弓削も声の音量を落としていたが、ユルのことを気にしてというよりは周りの乗客に聞こえないようにしているかのようだった。
「へええ。でも、弓削さんのおうちはずっと、キョウトにあるんでしょう? そんな目には遭ったことないんじゃ?」
「そりゃ、僕はないよ。でも、トウキョウに出てくるとキョウトって閉鎖的なところもあったなあ……って思うんだよね。ククルちゃんのところは? 神の島なんて、村社会の極みじゃない?」
「はあ……。閉鎖的……なのかも」
ククルからしたら、現代は昔に比べたらどこも開放的に見えた。
そう考えたことが伝わったのだろう。弓削が「昔は、もっとだろうね」と呟いた。
「そういえば、弓削さんは……いつかはキョウトに帰るんですよね?」
「まあね。跡継ぎだから。今の退魔事務所での仕事は、勉強に近いな。今度は、個人でああした仕事を請けるわけだから」
「なるほど。弓削さんが帰ったら、ユルとのペアは解消になるんですね。残念です」
「はは。夜の攻撃の力は凄まじいから、僕以外のひととも上手くやれるさ」
「…………そうでしょうか」
ククルは、ユルの寝顔を見やる。
なんとなく、ユルと弓削は相性がいいように思えた。すごく仲良し、というわけでもないが。
「あっ、そうだ。弓削さん。ミッチーランドに行ったことあります?」
「ミッチーランド? 何回か、あるけど」
照れくさそうなところを見るに、デートで行ったんだな……と鈍いククルにもわかった。
「私、トウキョウに来てからまだ行ってないんです。ユルが忙しそうで、頼むに頼めなくて……」
「うーん。連休はこれで終わりだしね。でもミッチーランドなら、君たちの住まいからそこまで遠くないし、一日空けてもらえば行けるんじゃない?」
「でも、ユルってば勉強にサークルに仕事にって忙しくて……。休日潰すのも申し訳なくて」
「なるほど。それなら、僕が連れていってあげようか?」
弓削の提案に、ククルは飛びつきかけたが……
「……と言いたいところだけど、そうすると夜が怒ると思うよ?」
弓削は、おかしそうに笑っていた。
「怒るかなあ……」
「怒るよ。男心がわからないね、ククルちゃん。僕は空いている日なら、いつでも君を連れていってあげたいところなんだけど……。君のやかましい保護者に怒られるのは、本意じゃないんだよね。いいから、夜に一度話してみなよ」
「はい……」
ククルが頷いたところで、弓削は駅弁を取り出した。
「お腹空いたから、食べようか。夜は寝かしておこう」
「はい」
ククルも弓削にならって、テーブルを出してその上に駅弁を置いた。
ユルは深く眠っていて、しばらく起きそうになかった。
弓削とはトウキョウ駅で別れ、ククルとユルは電車に乗り換えた。
電車内はほどほどに混んでいたが、少し空席があった。横長の座席の真ん中に座っていた優しそうな中年女性が、にこっと笑って詰めてくれたので、ふたりは並んで座ることができた。
「疲れたねー。でも楽しかった、キョウト! 修学旅行で行けなくて悔しかったから、本当に嬉しかった」
ククルがつらつら話しかけると、ユルは軽く頷いていた。
(修学旅行で行けなかった……といえば)
ユルの横顔を見てから、ぎゅっと握った拳を見下ろす。
今なら、言える気がした。
「わ、私……ミッチーランドにも行きたい……な」
緊張して返答を待つと、ユルがこちらに顔を向けていた。
「そういや、行ってなかったな。本当は去年行ってるはずだったのに」
去年は行く日も決めていたのに、魔物退治でユルが倒れてしまったので、急遽、琉球に帰ることになったのだ。
「行きたいのか?」
「いいいい、行きたいっ!」
「……お前の予備校が休みで、オレも空いてる日……となると、次の日曜日か?」
「…………」
「おい。何で固まってるんだよ」
嬉しさのあまり、返事をするのも忘れていた。ハッとして、ククルは咳払いをする。
「うん! 日曜日、行こう! やったー! ミッチーランドだあ!」
思わず万歳してしまい、車内の視線を集めてしまったククルであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます