第十四話 古都 3
それぞれの部屋に通されて、ククルは鞄を部屋の隅っこに置いた。
旅館もかくや、というほどに立派な部屋だった。
(嘘ついてるのに、いいのかな)
胸が痛まないと言えば、嘘になる。
夕食の時間になれば呼びに来るのでゆっくりしておいて、と弓削に言われたので、お言葉に甘えることにしてククルは座布団の上に座って足を伸ばした。
そのままぼんやりしていると、「失礼します」と声が響いた。
「は、はい!」
弓削の母の声だった。
「和田津さん。入ってもええですか」
「どうぞ!」
促すと、すぐに襖が開いて弓削の母が入ってきた。
「……何やら、気になることがありまして」
襖を閉めながら、彼女は呟いた。
「春貴から聞きましたが、琉球出身やそうですね。しかも、八重山の」
彼女が正座したので、ククルも崩していた足を正座にする。
彼女の大和語は標準語よりも、やわらかく響いた。キョウト方言なのだろう。
「はい」
「縁というのは、不思議なもんですな。……和田津さん、大した霊力をお持ちで」
見抜かれていたらしい。ククルはゆっくりと頷いた。
「私は、ノロです。大和でいう巫女さんに近い存在です」
「せやろと思いました」
「でも、縁ってどういうことですか?」
「…………春貴は、家族旅行で八重山に行ったことがあります」
「八重山に? でも、弓削さんはこの前、琉球に来たとき――琉球すら初めてだって言ってましたよ……?」
混乱して、ククルは早口でまくしたてた。
「忘れてるんです。春貴には、その頃の記憶がありません。何が起こったか、私にもわからへんかった。だから、協力してほしいんです。あの頃の春貴に何があったか、突き止めるのに――」
「私でよければ……。でも、弓削さんが記憶をなくしているのはどうしてなんですか?」
「春貴は八重山の海で泳いでて、溺れたんです。すぐに助かったのに、何日も意識が戻らんと、目覚めても夢うつつ。キョウトに戻ったら、琉球に行った前後の記憶がなくなっとった」
彼女の話を聞いて、ククルは考え込んだ。
(八重山の、海)
琉球の海は、ククルの祖先である海神の領域。ならば、弓削は何らかの形で海神に関わったのか。それで、ティンに近いものを感じるのだろうか。
「弓削さんには、それを話したことあるんですか?」
ククルの問いに、弓削の母は首を横に振った。
「……何せ、記憶がなくなっとったから。溺れたとき苦しかったやろし、辛い思いを思い出させるのも気が引けて……。でも、目覚めたあと、あの子は少し感じが変わりはった。何かあったことは、たしかなんです。琉球の巫女さんなら、何かわかるか思て、こうして聞いたんです」
「ごめんなさい。私にも、わかりません……。でも、弓削さんは私の身内に近いものを感じるんです」
「身内?」
「私の祖先は、琉球の海神なんです」
恐る恐るククルが明かすと、彼女は真剣に受け止めて頷いた。
「神さんが絡んでるのなら、納得もいきます。あの子の霊力は、あのときを境にかなり上がったんです。私は、臨死体験のせいかと思てたんやけど」
琉球でも、一度死に近づく体験をすると霊力が上がると言われている。密林の島で出逢ったヤナは、正にそうだった。
「それだけじゃ、ないかもしれないですね……」
「どうやったら、あの子に起こったことが突き止められるんです?」
「うーん。弓削さんに、八重山に来てもらえば……もしかしたら、何かがわかるかもしれません。私の故郷、神の島は神気で満ちていますし、海神を祀ってますから。私の霊力も、琉球にいた方が発揮できるんです」
一度、弓削は神の島に来たことがある。だが、あのときは弱ったユルを介抱するのに手一杯だったし、弓削もすぐ発っていった。
ククルが悩みながら説明すると、弓削の母は「わかりました。春貴に、伝えます」と言って、一礼して出ていってしまった。
しばらくして、弓削の声が響いた。
「ククルちゃん。入っていい? 夜も一緒」
「あ、はい。どうぞ」
応えを返すと、弓削とユルが入ってきた。
ユルはいつも通り、ひょうひょうとした態度だが、弓削は少し不安そうな顔をしていた。
「さっき、母さんに聞いたんだ。僕が琉球に行った記憶をなくしてて、その記憶をククルちゃんに手伝ってもらって取り返したらどうか……って」
弓削は畳の上に座り、ククルを見据えた。
「そんなことが、できるのかい?」
「……現段階では、できるとは言い切れません。弓削さん、何にも覚えていないんですよね? 前のときに、思い出したりもしなかったんですよね?」
ククルが質問を重ねると、弓削は顎に手を当てた。
「それが……この前、君たちについて琉球に行ったときに奇妙な経験をしたんだ。
弓削の体験談に、ククルの皮膚が粟立った。
(あに、様?)
「琉球の幽霊にでも取り憑かれたかな、と思ったんだけどね……。ククルちゃん?」
知らないうちに、涙が出ていたらしい。ククルはポケットからハンカチを取り出して、涙を拭った。
「ごめんなさい。もしかしたら、と思って。兄様は三線の名手だったから……」
「ククル。もしかしたら、があるわけないだろ。言っただろ。ティンに転生は無理だったはずなんだ」
ユルは冷静に諭したが、ククルは期待を捨てられずにいた。
海神が手を貸して、ティンの転生を早めてくれたのかもしれない。いや、しかしそれだとどうして弓削は溺れて、その前後の記憶をなくしているのだろう……。
それに、とククルは思い返す。
カジの生まれ変わりと思しき青年に会ったとき、ククルにはすぐわかった。弓削と初めて会ったとき、あんな感覚はなかった。
なら、違うのだろうか。
「夜。ティンって誰なんだい? 転生とか……。ククルちゃんの先祖?」
「ティンは、こいつの兄だったやつだ。正確に言えば義兄だが……まあ、それはどうでもいい。お前になら、明かしてもいいだろう。オレとククルは、何百年も前に生まれて時を超えてきたんた。理由は割愛する」
ユルの説明に弓削は相当驚いたらしく、あんぐり口を開けていた。
「何百年も前? それなら、ククルちゃんのお兄さんが転生して、僕になった可能性はあるんじゃないのか?」
「それが、ないんだ。ティンは一度死んで幽霊になってからも、神と契約してこの世に干渉を続けた。色々やったせいで、ティンの魂は削れていた。転生できるほど回復していないはずなんだ。それに、ティンなら琉球に生まれるはずだ。琉球の神との縁が深いから。琉球系の大和人ならありえるかもしれないが……お前は、そうじゃないだろう」
「ははあ……。わかったような、わからないような。じゃあ、僕は一体何なんだい?」
「それがわからないから、こうやって顔をつきあわせて考えてるんだろ」
弓削とユルのやりとりに耳を傾けながら、ククルはもどかしい思いを抱えていた。
(わかりそうで、わからない。悔しい)
でも、とククルはハンカチを握りしめて、弓削を見つめた。
「弓削さん。八重山に、もう一度来てください。何か、わかるかもしれません。絶対わかるって、断言はできないですけど……」
「わかった。君たちが帰省するときに、行くよ。今度帰るのは、夏休みだっけ?」
「はい。お祭りもあるから、観光していってください」
「いいね。所長にも、事情を話せば休みをくれるだろう。もやもやしてたのが晴れるなら、嬉しいな」
弓削は屈託なく笑っていた。彼も奇妙な体験が引っかかっていたのだろう。
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