第十四話 古都 2
かくして、ククルとユルと弓削はキョウト行きの新幹線に乗っていた。
ククルとユルが隣り合わせ。ククルが窓側で、正面に弓削が座っている。
三人はちょうど、駅弁をつついているところだった。
駅弁も初体験のククルは、夢中になってシュウマイ弁当を食べていた。その傍らで、ゆったりと食事を進めるユルと弓削が、会話を交わしている。
「まさか、夜もついてくるなんてね」
「まさか、と言いたいのはこっちだ。よりによってククルに、代理彼女なんて頼みやがって」
「別にいいだろう。ククルちゃんには彼氏はいないと聞いていたし」
「そういう問題じゃねえんだよ」
「やれやれ。めんどくさい保護者だ」
保護者と言われて、ユルは不機嫌そうにそっぽを向いた。
「大体、お前なら昔の彼女がいっぱいいるんだろ。そいつらの誰かに声をかけりゃよかっただろ」
「それ、一番気まずいやつだから……。まだまだ青いな、君は」
「なら、エルザは?」
「エルザは君にぞっこんだし、引き受けてくれるように思えなくてね」
「それで、都合のよさそうなククルに声をかけたってか」
「語弊があるね。ククルちゃんが、キョウトに行きたいと言っていたことを思い出したんだよ。代理彼女といっても、親に挨拶して、家でくつろいでキョウトを観光してもらうだけだし。結婚相手じゃないから、そう堅苦しくないんだよ。ただ、今の僕に彼女がいるという事実が、親にわかればいいだけだから」
ふたりの会話をなんとなしに聞きながら、パートナーだというのに仲がいまいち良くないのはどうしてだろう、とククルは思う。
(兄様)
また、弓削の顔を見ると思い出してしまった。いけないとわかっているのに。
それは、カジの生まれ変わりと思しき青年を見てから、痛いほど実感したことだった。
彼はカジの魂を持っていても、別人だ。彼の記憶に、ククルやユルはいない。それは正しいことだ。
だからもし、弓削がティンの生まれ変わりでも……
(違うってば、私)
魂が削れていたため、今の時代でのティンの転生は無茶だ。わかっているのに、どうしても彼がティンの生まれ変わりだと思いたいようだ。
(弓削さんにも、失礼だよ)
ため息をついて、ククルは最後のシュウマイを口に放り込んだ。
「ククルちゃん、どうかした?」
めざとく弓削に問われて、ククルは首を横に振ってペットボトルのお茶を流し込む。
「早く食い過ぎだろ。駅弁初めてだからって……」
そういうユルは、修学旅行で食べていたらしい。
「え、えへへ」
照れ笑いをして、お茶を一口含む。
考え事をしていたことは悟られなかったらしい。ユルはまた、弓削と喧々諤々の会話を交わしている。よほど、代理彼女が気に食わないようだ。
(意外だなあ)
自分のことはさっさと決めてしまうくせに、ククルのことになるとこれほどまでに過保護心を発揮するとは。
少し嬉しいような、むずかゆい気分だった。
(悪い気がしないの、どうしてだろ?)
大事にされているように、思えるからだろうか。気のせいだとしても。ただの弓削への反抗心から、ユルが怒っているのだとしても。
「まあまあ、夜。君も早く駅弁食べなよ。僕も食べるからさ」
「…………」
弓削になだめられて、むすっとしながら、ユルは駅弁に目を落としていた。
そうして辿り着いたキョウト駅は、巨大な駅だった。
「ふああ。大きな駅……」
ククルがきょろきょろしていると、弓削が苦笑する。
「大和で一番の観光地だからね。夜は来たことあるんだっけ」
「ああ。修学旅行でな」
「修学旅行? あれ、それならククルちゃんも……」
「こいつは熱出して、修学旅行に行けなかったんだよ」
思わず涙ぐみそうになったククルの代わりに、ユルが答えてくれた。
「あれれ。それは残念。ま、その分、今回の観光を楽しんだらいいさ」
弓削の爽やかな笑顔で、少し心が軽くなる。
(兄様)
また、その言葉が胸をかすめてしまった。
「坊ちゃま」
と声をかけられて一同が振り向くと、そこにはロマンスグレーの紳士が立っていた。
「ああ、斉藤。迎えにきてくれたのか。ありがとう」
「当然のことにございます」
弓削が当たり前のように対応しているのを見て、ククルは目をぱちくりさせた。
「はじめまして。代々弓削家に仕えている、斉藤と申します」
折り目正しくお辞儀をされて、ククルもユルも頭を下げた。
「は、はじめまして。私は……」
「僕の彼女の和田津ククルさん。……と、彼女の兄だよ」
弓削がククルの肩を抱いて紹介したので、ククルは驚きすぎて声も出なかった。
(でも、これでいいんだ。私、代理彼女だもの)
思った以上に気恥ずかしい上に、ユルがどことなく不機嫌なのが気になった。
「どうぞ、よろしくお願いいたします。それでは皆様、参りましょうか」
斉藤に促されるまま、一同は歩き始めた。
そして長細い車に乗って、辿り着いた先は――
「ひ、広い……」
広大な、大和家屋だった。玄関の前で、ククルは思わずきょろきょろしてしまう。
「はは。ま、広いは広いね。古いけど。さあ、ククルちゃん、夜。入って入って」
玄関の戸を開き、足を踏み入れるなり、家の奥から品のある和服の老婦人が、足音を立てずに歩いてきた。
「春貴。おかえり」
「ただいま、母さん。予告通り、連れてきたよ。彼女の和田津ククルさんと、その兄の夜」
すると、弓削の母はククルを見て目を細めた。
「……今回は随分、幼げな子やね。おこしやす。ゆっくりしてっておくれやす」
笑いかけられ、ククルはぎこちなく笑顔を返す。
(何だろう? 弓削さんのお母さん、私を見て何か気づいたみたい?)
逆に、ククルが気づいたこともあった。
弓削の母には、霊力があるようだと……。
「斉藤、案内は任せますえ」
そう言い残して、弓削の母は家の奥に行ってしまった。
「あの、弓削さん」
弓削に声をかけると、彼は「うん?」と応じた。
「弓削さんのお母さんも、陰陽師なんですか? 霊力が、あるような気がして」
「母? 母は違うよ。でも、キョウトの古い神社の出身だからか、霊感はあるらしいよ」
なるほど、とククルは納得した。
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