第十一話 治癒 6
ククルは海辺でしばらく座りこんでいたが、声をかけられて顔をあげた。
「おー、コスプレ巫女さんじゃん」
見れば、水着を着た男性二人に囲まれている。
「これ、何かのサービス? 飲み物とかくれんの?」
二人はにやにや笑って、ククルを見下ろす。
「これは、ただの琉装ですけど」
ムッとして立ち上がると、「まあまあ」となれなれしく肩に手を置かれた。
「止めとけばー、ケンジ。野暮ったい地元の子なんてさ」
「こういう素朴な子が、たまにはいいんだよ」
早口の大和語だったが、大和から帰ってすぐだったせいか、ククルには容易に聞き取れた。
「どいてくださいっ!」
ククルが強引に二人から逃れようとすると、腕を取られた。
観光客が増える期間はたちの悪いのも増える、という法則を忘れていた。
「ごはん、おごってあげるからさー。行こうぜ」
ククルは腕を取って引きずられ、もがいた。
こんな時、毅然とはねつけられなくてどうする、とククルは息を巻く。
もう、ユルにも甘えられないのだ。
「放して……!」
そこまで言ったところで、いきなり力が抜けた。急激に襲ってきたのは、疲労感だ。
ずっと気を張っていたからなのか。一昨日の浄化で、霊力を使いすぎたのに気づかなかった。
「あれ? 急におとなしくなった。まあいっか」
男たちは笑って、ククルを担ぎ上げる。
抵抗したくても、目の前が真っ暗になって指を動かすこともできなかった。
次に、ククルが聞いたのは喚き声だった。
「いてええ! てめえ、何するんだ!」
ククルは地面に倒れていたことに気づき、顔を声がする方に向ける。
そこには、男二人と対峙するユルがいた。手に、木刀を持っている。
「うるせえな。お前らこそ、あいつを担いでどこに行くつもりだったんだよ。回答によっちゃ、腕の一本か二本へし折るぞ」
「物騒な奴だな!」
男は悲鳴をあげてから、もう一人に話しかける。
「どうする?」
「どうするって言っても、こいつやべーっしょ。さっき、打たれた足がまだ痺れてるし。逃げるしかないっしょ」
「ちっ。そうだな……」
二人はじりじりとユルから距離を取って、走り去っていった。
ため息をついて、ユルはククルの傍にやって来て、かがみ込む。
「何やってんだよ」
「…………よくわからないけど、動けないの。絡まれて、逃げようとしたんだけど急に動けなくなって」
「しょうがねえなあ」
彼は木刀を投げ捨てた後、大仰なため息をついてククルを抱き上げた。
「木刀、いいの?」
「木刀? あれは木の枝だ。近くに落ちてたから使っただけ」
説明を受けて見下ろすと、たしかにそれは長くて太い木の枝だった。ユルの構えがしっかりしていたせいか、木刀に見えてしまった。
「何でユル、来てくれたの?」
眠りに落ちそうになりながら、ククルは問う。
「お前が連れ去られるの見た観光客が、島の人に声をかけてくれたんだとさ。それで、うちに知らせが入ったわけ」
「そっか……。ごめんね。私、よくわからないけど、疲れていたみたい」
どうして、こんな時差を経てククルの体に負担が押し寄せたのだろう。考えても、よくわからなかった。
そうして、またククルはことんと眠りに落ちてしまった。
次いで目を覚ましたのは、ベッドの上でだった。
高良ミエがベッドの傍に座り、ククルを優しく見下ろす。
「ミエさん。私――どうしてか、急に動けなくなって。なぜだか、わからなくて」
「そう悩むことはありません。霊力を使いすぎたのに、気力で持たせていたのでしょう。ホッとしたせいですよ」
「ホッとした?」
「あなたは、ユル様が復活したのを見届けたでしょう。それで、緊張の糸が切れたのです。そも、見知らぬ異邦の地で色々あったのでしょう。トウキョウは特に、溜まるところだといいますし。人が多いとそれだけ、感受性の高い私たちシャーマンは当てられてしまうものですよ」
ミエは理路整然と、説明してくれた。
「そっかあ……」
「ええ。あなたほど霊力が強いと、普段は枯渇することないでしょう。それだけ、ユル様の浄化に使ってしまったのでしょうね。回復しない内に動き回って、体が限界に達したのでしょう」
ミエはにっこり笑って、傍らに置いていたペットボトルをククルに差し出した。
常温なので、少しぬるい水が染み入るようにククルの喉を潤していく。
「夕方のお祈りは、私が代わりにやっておきます。明日の朝は、体調を見てから」
ミエの提案にククルは素直に甘えることにして、また横たわった。今は眠くて、仕方がなかった。
ククルはその次の朝まで眠ったことで、回復した。
朝の祈りも、ククルが行った。むしろ祈りの行程をこなしていくことによって、頭も冴え渡っていった。
神々に祈り、
「うん。今日もいい天気だね」
早く流れる雲にと青い空を仰いで、ククルは息をついた。
そして、そこでククルは「あっ!」と叫んだ。
「弓削さんに連絡しないといけないんだった!」
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