第十一話 治癒 3



 そうして、辿り着いた高良家。高良夫人も、ミエも濡れ鼠になっている二人を見て、たいそう驚いていた。


 先にユルに風呂を使うように言って、ククルはしばらく外で体を渇かす。


 琉球の灼熱の太陽も、沈みいく夕日は少しだけ優しい。


 目を細めて、ククルはハッとした。手鞄を持ったまま、海に沈んでしまったのだった。慌てて、鞄の中を漁る。携帯電話を取りだし、恐る恐るロックを外す。すると、水滴のついた画面はいつも通りのデフォルト画面を示してきた。一切異変などありませんよ、と言ってるかのようだった。さすがは防水仕様だ。


 念のため、メールや電話帳を開いてみる。特におかしいところはないようで、ククルはホッとした。


 パスポートは、ユルのものと一緒にビニールのポーチに入れていたので無事だった。あとは、濡れても大したことのないものばかりなので、ククルは安堵のあまり地面に座りこみそうになってしまった。


「ククルちゃーん。ユルくん出たわよ」


 高良夫人の声が響いたので、ククルは「はあい」と返事をした。




 シャワーを浴びて、浴衣を身にまとうとククルはようやく人心地ついた。


(…………帰ってきたんだ)


 あっという間の大和滞在だったのに、数ヶ月ぐらいあそこにいた気がする。


 ククルは髪を乾かした後、二階に上がった。


 ユルの部屋の前で、「入っていい?」と尋ねると「勝手に入れ」と素っ気ない声が返ってきた。


「お邪魔します」


 一応断って襖を開く。ユルは窓の傍に座っていた。半端に濡れた髪が、肩にかかっている。


「どう? 体調」


「ああ……驚くほど、スッキリしてる」


「実はね、私も思い出したの」


 そこでククルはユルに、思い出したことをまくしたてた。


「お前が交渉して、浄化と治療の力を持った、か。道理で力が分離しているはずだ」


「そう。私、ユルが怪我しているわけじゃないから命薬をユルに刺さなかったでしょう? あれが、だめだったの。命薬は、刺さないと効力を発揮しないの。もし刺していたら、トウキョウでももう少し浄化できたと思う」


「ふうん。でも、お前は妖怪の妖気を吸って浄化できなかっただろ。どうして、さっきはオレのケガレを吸っても浄化できたんだ?」


「琉球の海でこそ、私の力が強くなるから。あそこであれだけの妖気は、浄化できない。あと多分、本当は命薬だけでもある程度トウキョウでも浄化はできるんだと思う。でも、ユルにはケガレが溜まりすぎていた。私はユルの怪我を治していたけど、浄化はしていなかったでしょう?」


「そうか。琉球でも、魔物退治をしていたから」


「うん。少しずつ、溜まっていたの。容量を大幅に上回って、ユルはああなってしまった」


 ククルはそこで、一息ついて頭を下げた。


「ごめんね」


「どうして、謝るんだ」


「だって、これが私の使命だったのに」


 ユルが大和に行って、魔物を狩る使命があるように。ククルには、彼を治癒して浄化する使命があった。それも自分から言い出したことだ。


「…………」


 ユルは黙り込んで、下を向いていた。彼もどう言っていいか、わからないのだろう。


「私、ユルを一人で戦わせたくなかったんだよ。でも」


 そのせいで、ユルは圧倒的に戦いにくくなってしまったのだ。


 必要としてほしい。自分ひとりで完結しないでほしい。


 そんなわがままで、力を分離させてしまった。


「……ごめん」


 もう一度謝ると、居心地が悪そうにユルはため息をついた。


「もういい。過ぎたことは、しょうがねえだろ」


「…………あの」


「悪いが、一人にしてくれ。少し眠りたい」


 そう言われては、ククルは黙って出ていくことしかできなかった。




 ククルは自分の部屋に戻り、荷物を整理した。


「あ、そうだ。お土産買ってきたんだった」


 トウキョウの空港で、比嘉薫への土産――トウキョウイチゴを買ったことを思い出して、スーツケースからそれを取り出す。


(薫ちゃん、夏休みは地元に帰るって言ってたし……会えるかな)


 ククルは、携帯電話を取りだして薫に電話をかけた。


『はい! ククルちゃん?』


「はい、ククルです」


『あはは。相変わらず、電話の応答が変だね。久しぶり! こっちからも連絡しようと思ってたの。今、信覚島しがきじまに帰ってるからさ』


 どうやら、ククルの予想通り薫は帰ってきているようだ。


「実はねえ、私さっきトウキョウから帰ってきたところなの」


『は!? トウキョウって、大和のトウキョウ!?』


「そうだよー」


『トウキョウって、琉球のナハの何倍も都会なんだよ!? 誰と行ったの?』


「一人で」


『ククルちゃん一人で――――!?』


 薫は異常に驚いていた。二年間の付き合いでククルの性格をよく知っているからこそ、だろう。


『ま、まさか雨見くんを追いかけていったの!?』


「うーんとまあ、そんな感じ」


 当たらずとも遠からず、だろう。


『さすが! 愛しい人のためなら、一人でだって行っちゃうんだね……。はーっ、ドラマチック。まるで少女漫画のようだよ』


 何やら、盛大に勘違いされている気がする。


「だから、薫ちゃん。ユルと私は兄妹みたいなものだってば」


『はいはい。わかってるって。意地っ張りなんだから』


 全く感情のこもっていない〝はいはい〟だった。


「あ、それでね。お土産買ってきたから、渡そうと思って」


『お土産買ってくれたんだ! ありがとー、嬉しい。私もナハ土産あるから渡すね! いつ会える? ククルちゃん、これから忙しくなるんだよね』


「それもそうだね……」


 祭りが近づくと、ククルはどうしても時間が取れなくなる。早いほうがいいだろう。


『急だけど、明日とかどう?』


 薫の提案には驚いたが、相談したいこともあるしとククルは了承したのだった。

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